無題消毒液の匂いと無数の人々が静かに、けれど忙しなく行き交う気配を扉の向こうから感じながら処置を終えて病室のベッドに横たわる道長を見下ろす。
点滴と投薬で紙のように白かった顔に血の気が戻ってきたようだ。
穏やかな寝顔にいつの間にこしらえたのかわからない隈を発見して無責任に心配した。
従兄弟同士ではあるが親しかったのは政治も何もわからなかった子供の頃の話。
父同士の不仲のあおりを受けて、いまでは往来は途絶えている。ほとんど他人だ。
「ストレスですね」
「ストレス…ですか?」
医師の発言を鸚鵡返しに聞き返す。
政治家を輩出してきた藤原一族の中でも特に優秀な叔父一家の輝ける末っ子、勉強もスポーツも卒なくこなす藤原道長に一体どんなストレスが?
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