黒に咲く〜第2話 第2話:君を起こす手
まぶたがわずかに揺れた。
それを確認すると、玲司はほんの僅かに唇の端を持ち上げた。笑ったというにはあまりに淡く、それでも彼の表情に宿る微かな色が、確かにそこにあった。
寝台の上、蒼一の呼吸が変わる。
寝息は浅くなり、眉間がほんの少し寄る。起きる寸前――いや、まだ夢の中にいるのかもしれない。
玲司は、静かに囁いた。
「……蒼一。お前がこれ以上寝てたら……」
一拍、間を置く。
その低い声音が、部下としてではなく“ただの黒瀬玲司”としての感情を孕んでいく。
「……俺が、困る」
言い終えて、玲司は手を伸ばした。
躊躇いがちな指先で、蒼一の頬に触れる。まだ寝起きのぬくもりが残る肌。指の腹に伝わるその柔らかさに、一瞬だけ玲司は目を伏せた。
「いつまで“若”の仮面を被ってんですか。……お前だって、ちゃんと人間だろ」
囁くように、嘆くように。
玲司の指が、頬から額へと撫で上げられる。その手つきは、まるで起こすのではなく、守るためのものだった。
その時だった。
「……ん……れい、じ……?」
掠れるような声が、唇の隙間から漏れた。
玲司の瞳が瞬く。
「――ようやく、目が覚めましたか。蒼一」
その声は、すぐにいつもの調子に戻っていた。
少し低く、張りつめた糸のように整った声音。だが、今この距離でそれを聞く蒼一には、微かな揺らぎが確かに聞こえた。
「……何時……だ」
「あと二十五分で会議です。お起きください、若」
玲司は立ち上がり、ベッドサイドのスーツジャケットを手に取った。それをハンガーから外し、ためらうことなく蒼一の側に差し出す。
「俺が遅刻したことにされても、いいんですよ。……ただ、それで誰かが舐めてくるなら……先に締めるのは、俺の役目です」
冗談めいたその言い方には、明確な殺気は含まれていなかった。
だが、笑ってもいなかった。
玲司はただ、任務を語るかのように真顔のまま言い切る。
蒼一は目を細め、ゆっくりと身体を起こす。
首筋にかかる寝癖まじりの髪を手ぐしで整えながら、玲司の方を見た。
「……お前は相変わらずだな」
「ありがとうございます。変わらないのが、俺の役目ですので」
その声に、一瞬、ほんの一瞬だけ、微笑みの気配が差した。
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