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    死ネタ(室町)くさいな、と思ってここに隔離。歳の差、転生、現パロです。
    あまり細かな設定は考えてなかったりする(コラコラ)
    個人的には、このあと実は助かっていてもいいと思う。

    #もんけま
    #文食満
    manjoman

    ワンドロ「香水」 放火だ。と誰かが叫んでいる。忍びだ、忍びの仕業だ、と。
     無数の、伸びる手、手、手。髪を掴まれ、腕を捻られ、足を折られ。怒声、罵声、敵意。
     終いには固く冷たい牢の中、土床に転がされた留三郎はただ暗闇を見つめていた。
     
     ――帰るもののなくなった家を見て、アレはどう思うだろうか。
     ――きっと、いつものごとく。酒と肴をもって来るだろう、同期の男。
     ――たくさんの土産話を持って。語り、聞き、未来の話をするために。
     
     「許せ、文次郎」

     そこにはもう、俺はいないのだ。
     鼻の奥で、つんっと白檀の香りをかいだ。



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


     浅いまどろみから、留三郎は浮上した。
     真っ白なキングサイズのベッドに、今は留三郎の姿しかない。隣にあったぬくもりはとうになく、枕元の時計が無慈悲な現実だけをつきつける。
     ただ昨夜の熱の残滓だけが、留三郎の胎に残っている。

     一人寝の朝ほど、寒々しく寂しいものはない。白いシーツを巻き上げて、肺いっぱいに朝の空気を吸った。どこまでも清涼で、寒い。
     隣の、一人分開いたスペースにすり寄って、もう一度肺いっぱいに空気を吸う。微かに残る香りは、多分ムスク系。――洒落ていやがる。と留三郎の頭の奥で誰かが悪態をついた。

     食満留三郎。
     高校一年生。両親と兄二人を含めた五人家族。成績は中の上、陸上部所属。
     留三郎はつらつらと己という者を再確認し、こめかみを抑えた。自分を認識すればするほど、己の中にズレを感じる。それは、あの男に会ってからずっと留三郎を苛むものだった。

     あの男。
     潮江文次郎。 
     留三郎より十は年上だろうアレは突然己の前に現れて、鋭く射抜くような目で己を請うた。その手を取ったのは、なぜだったのか。
     いまだもって、留三郎にはわからない。おかげで週末のたびにアレに攫われて、爛れた性生活だ。社会的にかなり信頼厚い立場にあるらしいのは、アレが挨拶に現れたときの両親の様からもわかる。
     それ以上は知らない。留三郎は名前しかしらない男と、週末限定の肉体関係を結んでいる。

    ――アレをもう、残してはいけない。
    「うるせぇよ」

     脳の奥で、ダレかが囁く。それは、たとえば文次郎に初めて会った時、あるいは文次郎に抱かれるたびに留三郎の中で悦ぶ何者かだ。
     バカバカしい。己は知らずして精神疾患患者にでもなったのだろうか。留三郎は己の眉間を二、三回たたいてなんとか正気づけようとする。
     囁きはもう聞こえない。何者かの気配もない。ならば、いい。

     留三郎はベッドサイドのチェストの引き出しを引く。その中には、無数の香水の瓶。それをいくつか見繕って、一つに定めた。

     本日の香りは「OSMONTUS」。金木犀。
     最初に脳につんとダイレクトに来て、そのあと甘い香りがのびやかに続く。女性的な香りだが、男性人気のムスクに飽きてくるとちょっと変わり種が欲しくなるのだ。とくにガツンと来るタイプ。

     香水の瓶を手に取り、まずは手首に一吹き。次いで首の後ろにも軽く。仕上げは頭上に向けてふきつけ、全身に香りを浴びる。
     香りを纏う場所なんて、人それぞれだろうけれども。留三郎は己で楽しむタイプなので、この纏い方で十分だった。
     ちょっと首を振った時、何気ない手の所作、ふわりと己で感じる香りが、留三郎は嫌いじゃなかった。

     朝っぱらから贅沢な様だ。まるで映画の世界だ。
     ここがどこの、どんなホテルか留三郎は知らない。週末に文次郎が留三郎を浚っていくこの部屋。道中車で見る標識は、知らぬ名前ばかりが並んでいた。
     きっと、調べればわかるのだろうけれども。まるで夢から覚めるようで、留三郎はしたことがない。文次郎と過ごすときは、携帯にも触らない。
     部屋の中を見回せば、ただっ広い寝室。この部屋を出れば、ゲストルームやら、キッチンやら、ダイニングやら。マンションのワンフロア一戸、それがそのままホテルの宿泊部屋として提供されているようなものである。
     テレビは見放題。映画だって楽しめる。食事は自分でつくってもいい。ありとあらゆる素材が冷蔵庫に常備されている。ルームサービスだって自由だ。ゲストルームには遊技台だってある。
     なにを頼もうが、なにをしようが文次郎が留三郎を叱りつけたことはない。
     勝手に部屋の外に出ようとすれば、話は別だが…。二度とやるまい、と誓った記憶はまだ近しい。

     「女だったら、喜ぶところなのか?」

     留三郎は首を捻った。留三郎は男だ。男に抱かれているけれども、ちゃんと女の子の体が好きで、周りからの留三郎の性格評は「男前」だ。
     なのにこの状況を甘んじて受けているのが、心底不思議である。

     もういちど、文次郎が寝ていた場所に顔を寄せる。ムスクの香りはだいぶんに薄くなっていた。
     留三郎とて、文次郎に出会う前は香水になどまったく興味はなかったのだ。ただ、あの男は留三郎が香りを纏うと喜ぶ。だからついつい、香水を纏う習慣がついてしまったのだ。無論、週末限定で。

     アレの今日の気分は何だろう。疲れて帰って来るなら、LAVENDER。まだ仕事に集中したいなら、EUCALYPTUS。
     柑橘系の香りは苦手だと言っていた。ORANGE、LEMON BALM、GRAPEFRUIT。
     甘い香りならSAKURAもいい。ROSE、HONEY、それから、それから…。

     「もんじろ」

     今度は己の手首に鼻を寄せて、金木犀の香りを感じる。オードトワレの持続時間は3~4時間。アレが帰ってくる頃合いには、また別の香りを見繕わなければならない。
     留三郎が一番好きなのは、文次郎の香りだ。WOODY MUSK、ORIENTAL、アレはその辺りの香りを好む。
     潮江文次郎は、精悍な男らしい顔立ちだ。そんな文次郎に、彼の纏う香りはよく似合っていた。
     そして、まだ高校生の留三郎には似合わないだろう大人の香りだ。
     
     「大人、か」

     己の細い手足を見下ろす。けっして、筋肉がないわけではない。それでも文次郎の鍛え抜かれたというよりないそれを思い起こせば、留三郎のものは子供の域を出ない。そのことががひどく情けなく、後ろめたいことのように思えた。

     あの腕で抱かれ、あの脚が己の脚に絡む。力強い筋力で抱き寄せられれば、留三郎に拒絶する意思はわかない。
     最初の夜から、ずっと。留三郎は文次郎の望むままにその腕の中にあった。

    「突然現れて、浚って。普通、不審者とか思うだろう…」
    ――アレの顔だ、さもありなんだな。

     また、脳の裏で誰かが囁く。せっかく消えたと思ったのに、ふとした拍子に顔を出すのだ。

    ――アレが欲しいと望むなら、俺は逆らえんさ。
    ――アレを置いていった。
    ――しかしまぁ、なんだな。香りか。その執着はなんなんだろうなぁ。

     そんな趣味はなかったはずなんだが。そう、誰かが頭の中で首を傾げる。知るか。と留三郎はその誰かに向けて言った。

    ――むしろ俺たちは、匂いを残せない立場だったんだが。
    「ちっと黙れ。俺は腹が減ったんだ。朝食ぐらい静かに食わせろ」

     寝室からリビングへ続く扉に手をかけて…。

     「留三郎、起きたのか?」

     そのリビングの方から声がかかった。慌てて扉を開けて中に入れば、テーブルの上にノートバソコンを開き、黒縁眼鏡の向こうで隈の浮いた目をしばたたかせる潮江文次郎の姿がある。

     「いつもより早いんじゃないか?――来い」

     その、声。その、目。ふら、と留三郎の脚は吸い寄せられて、気が付けば文次郎の膝の上に収まってしまう。

     「金木犀か。またキツめのを選んだな」
     「嫌いだったか?」
     「いや、みつけやすい」

     てっきり仕事に行ったのだと思った男は、今日は在宅ワークに勤しむらしい。在宅、ではなくホテルだが、ここは。
     週末までご苦労極まりない。留三郎は、仕事をしない文次郎をほぼベッドのうえでしか知らない。重ね重ね、爛れた関係である。

     「朝飯がまだだな。ルームサービス? それとも作るか?」
     「文次郎、作ってくれないか?」
     「かまわんが、文句は聞かんぞ?」
     「お前の料理、美味いから」

     おためごかしではない。滅多にふるってはもらえないが、この男の料理は一級品だ。留三郎は文次郎の仕事を知らないが、一時期シェフかその辺りを疑ったぐらいである。
     文次郎の正体を、知ろうとは思わない。それを知れば、同時に己の中の、この声の主のことも目を背けることが許されなさそうで。
     それはきっと、留三郎にとっても大きな転機になりそうで。

    ――料理か。…昔から、変なところで変な才能を発揮する男だったよ。
    「……」
    ――器用じゃねえが、小器用なんだ。なにごともそつなくこなす。腹立つよなぁ。
    「文次郎、卵がいい。ふわっふわのオムレツのやつ」
    「わかったわかった。じゃあ一旦降りろ」
    ――離れていいのか?
    「香りがあるからな。見えずとも、そこに居るとわかる」
    ――そうかよ。
    「……」

     頭の中の声と、文次郎が会話した。いや、頭の中のこの声は、留三郎自身の口から洩れているのだ。

    「留」
    ――応。
    「そこにいろ。もうどこにも行くな」
    ――いるさ。

     留三郎は、静かに目を閉じる。瞼の裏に、炎が見える。轟々、轟々、立ち上る炎は、なにかを燃やしている。ただ、煙が多い。香りのある煙だ。
     ただものを燃やすだけでは起きないなにかが、起きている。ああ、この香りは。

    「SANDAL WOOD」

    ーーーーーーーーーーーー

     冷たい冷たい牢獄の中。鉄格子の向こうに誰かが立っている。漆黒の忍び装束は、いまアレが所属している忍び部隊のものだ。
     酷く、焦っている。
     酷い、顔だ。
     なんだ、来てくれたのか。
     すまなかったな、ありがとうな。

     『白檀の香りを、追ってきた』
     そうか、あの煙の正体は香木か。だからあんなに、煙が出たんだな。俺の体にも、染みついていたか。
     『留、留三郎……』
     うん、悪い。もう声も出ないんだ。
     
     ーーーーーーーーーーーーーーー
     
    「留三郎」

     意識は唐突に、現代に戻される。脳の裏の気配は、また遠くなっていた。

    「皿を出してくれ。二人で食べよう」
    「文次郎は、食べたんじゃないのか?」
    「果物だけで済ませた。が、せっかくお前が起きてきたのなら、ちゃんと二人で食べたい」
    「……おう」

     なにやら気恥ずかしくなって、留三郎は慌てて食器棚の戸を開く。プレート皿、コーヒーマグ、スープ皿、それから、それから…。
     ふと、棚に突っ込んだ手首から、香水の香りが鼻についた。

    「あのさ、文次郎」
    「なんだ?」
    「今度、SANDAL WOOD(白檀)の香水が欲しい。あれだけ、無いだろ」

     文次郎はきょとんと目を瞬かせて、そうして破顔した。

    「お前が“帰って来た”なら、その時に是非送らせてくれ」

     脳の奥で、牢獄の記憶がゆらりと揺れた。朧に霞むその向こう。ついぞ帰れなかった家が見える。

     ――きっと、いつものごとく。酒と肴をもって。
     ――たくさんの土産話を持って。語り、聞き、未来の話をするために。
     二人で、語らった家は、もう目の前に。
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