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    なんちゃってホラー。
    久々にホラーなんて書いた。そして言い訳します。
    ――こんなつもりじゃなかったんです、本当に。(土下座)

    このあと金楽寺の和尚様に、文次郎共々(名前知られちゃったので)お祓いしてもらって、事なきを得たと思います。

    #もんけま
    #文食満
    manjoman

    夜干しは赤子がなく ――夜に洗濯物を干してはいけない。



     とっぷり暮れて、月と星ばかりが支配する時間。
     夜は虫と獣たちの世ともいうけれども、しぃんと静まり返った世界ではそれらの気配すら感じ取れない。
     深夜の学園は、静寂が耳が痛いほど。
     月明りだけを頼りに長屋の敷地を進むのは、六年生でも緊張する。
     ほんの時折遠くで灯が揺れるのは、当直の教師だろうか。アレに見つかったら一発退場。決して、見つかってはならない。
     ただでさえ現在、食満留三郎は荷物を運んでいるのだから。動きも鈍くなる。

     ――えっちら、おっちら。
     まったく、布団というやつは本当に重たくてしかたがない。とくに梅雨時は湿気を含んで固くもなる。じとじとした布団の寝心地もよろしくないのだ。
     まったく、まったく。と留三郎はぶつくさ文句を垂れ流しながら、布団を運ぶ。運ぶ布団は空き部屋の押し入れに仕舞われた、予備のソレである。
     
     この時期、布団の仕舞いっぱなしはまずい。虫が集る、カビが生える、キノコまでも顔をだし、終いにはとても直視に絶えない有様になる。
     予備の布団が、予備役をできなくなるなどと。

    「お前、なんのための布団だよ」

     用具委員会委員長として、見過ごすことなどできない。
     とはいえ、昼間はそれなりに忙しい身だ。委員会の仕事を終えてから作業は開始された。布団の綿は丁寧にたたいて、量を足して。外側の布は洗濯して。そんなことをしていれば、すっかり夜だ。
     まあ、なにもしないよりはましだろうと、この暗い中を物干し台のある場所まで忍んでいる。本来物干し台の場所は洗い場…、というよりは井戸からそう遠い場所にあるわけではない。だというのにこんなに苦労して運んでいるのは、わざわざ場所を移動して洗濯していたからだ。

    「他の連中に見つかったら、どうせ俺のも私のもと言ってくるに決まっている」

     用具委員会は何でも屋ではない。便利屋でもない。自分のものは自分でやれというものだ。
     うんうん。留三郎はずれ落ちそうになった布団を抱え直して頷く。――ちょっとわざとらしい言い分だったな、と自覚して咳払い。

    「別に、他意はない」

     聞いている者はいない。
     それでも言い訳がましく留三郎は呟いた。――そうだ、他意などない。
     空き部屋の布団。放っておけば使い物にならなくなるそれを、用具委員会委員長の留三郎が手入れをすることのなにがおかしい。
     所用時間の読み間違いを行ったことか?
     たいして乾きもしないだろう夜に干すことか?
     いやいや、なにもおかしくはない。

    「おかしくなんか」

     一旦、足を止める。空を見上げれば十六夜月。満月が過ぎて、わずかに欠けたそれは、貴人がみたならば風流を感じるだろう。留三郎にしてみれば、月の満ち欠けは明確に月日を感じられて、痛い。
     新月から数えて十六日目。十六夜月の、十六日。次は欠けていって、再度の新月を迎えるのだ。朔望月。二十九日。巡って巡って、けれどもいくど新月を迎えようとも、きっと留三郎の中では零日目には戻るまい。

    「あ~、ばかばかしい」

     首を振る。そうだ、馬鹿馬鹿しい。ちょっと感傷的になっていたようだ。さっさとこの布団を運んでしまわねば。
     運んで、干して、そして。

    「本当は、アイツの布団を干すのがいいんだろうが」

     目の前に、ようやく六年長屋とその前の内庭。物干し台が見えて来た。よっこらしょっと腕の中の布団をもう一度抱え直して、あとひと踏ん張り。
     同期の者たちを、起こさないようにしないと。物干し台にかかった竿に布団をかけて。それで終わり。
     留三郎のやることはこれ以上ない。あとは明日の朝にでも、この布団が乾いていたなら元の場所に戻してやればいいのだ。

     だが、留三郎は動かない。自室に戻ろうともしない。

    「――夜に、洗濯物を干してはいけない」

     まだじっとりと濡れているその表面に。留三郎は触れた。布団を干すのならば、そもそも綿は抜くものだ。だが、この布団の中には綿が満ちている。
     膨らんだ布団は重い。――まるで、人ひとり抱えているかのようだった。抱え込んだときの、独特な硬さと柔さ。それはいっそ人の体。
     顔を寄せて吸い込めば、濃い水の臭いがするけれども。
     
     ――この布団で、何度愛を囁かれただろう。何度愛を囁いただろう。何度、抱かれただろう。

     そう思えば、アレの汗の臭いを感じた。
     長屋の片隅にある空き部屋は、上級生ご用達の逢引部屋だ。だから空き部屋でも布団が仕舞われているし、定期的に誰かが使っている。自分たち…留三郎と、文次郎だって。
     請い請われ、願い願われ、望み望まれ。その切っ掛けや、いつからだったかの記憶は定かではない。
     ただ体を繋げるようになったのは五年の終わりか六年の初めごろからだったと思う。
     日中は血と土にまみれて喧嘩するばかりの自分たちが、閨では甘く熱い時間を重ねてきた。思い返すたびに顔に火がつきそうな話だが、それでも、自分たちは昼も夜も、同じ時間を紡いできたのだ。

     潮江文次郎が忍務から帰らない。
     新月の日に出かけたきり、音沙汰すらない。

     任務の詳細を、留三郎は知らない。文次郎の同室である仙蔵も知らぬと言う。それが普通だ。たとえ誰であっても、己で受けた忍務は他人には漏らせない。
     教師たちなら知っていそうだが、それとなく伺いをたてればけんもほろろ。ただそのときの、気難しい顔ばかりが脳裏にこびりついたままだ。

     「夜中に洗濯物を干してはいけない」

     ぎゅうっと、布団を抱きしめた。

     「死者を、呼んでしまうから」

     死んでなどいないはずだ。生きているはずだ。帰ってくるはずだ。証明するものはなにもないけれど。アレが己の元に帰らぬなどと。そんなことは…。

     布団の中で、ナニかがもぞりと蠢いた。







     「……ここは?」

     留三郎は、辺りを見回す。長屋の一室だ。誰も住まう者のいない、空き部屋。今は夜であるはずなのに、行灯はみあたらないのに…。確かに薄暗くはあるけれども部屋の中がよく見えた。
     その中心には、ぽつりとひとつ、布団。
     留三郎が洗ったはずの布団である。敷布団だけがそこにあった。

     文次郎と留三郎が夜の約束をするとき、先に居るのは大抵文次郎の方だ。彼は部屋の支度をととのえていて。目の前の様は、まさにそのときのような…。

     留三郎は拳を額に打ち付けた。
     おかしい。己はついさきほどまで物干し台の前にいたはずだ。布団の手入れをして、夜になってから干して。そうだ、それだけの話なのだ。

     「…あいつは、死んでいない」

     それを、証明したかった。
     洗濯物を夜に干してはいけない。死者が寄ってくるから。
     死者の着物は、夜に北向きに干したものを着せる。そこからくる由来だろうか。夜干しは縁起が悪いとされている。
     留三郎とて、普段はそんなことはしない。洗濯の時間を読み間違えることもない。だいたいあの部屋の布団は、前日に使った者が手入れする決まりがある。
     留三郎がわざわざやる必要などなかったのだ。

     それを、色々言い訳をして。自ら手入れをし、夜干しをしたのは――。

     なにも、来ないはずだ。
     なにも、出ないはずだ。
     だってあの布団を使った者は、みんな生きているのだから。文次郎とて。

     目の前に、布団がある。
     部屋の中央に、ぽつんと一つ。白々(しらじら)とした布が、この薄暗い部屋の中で浮かび上がっている。

     布団が、呼吸をしていた。
     内側から表面の布を押し上げて…上へ、下へ、上へ、下へ。一定の間隔を刻んで上下運動を繰り返している。
     息遣いの気配を感じた。…布団の中に、何かが居る。

     思い出すのはここに来る前――その表現もおかしいのだけれども――、確かに感じた、布団の中の蠢き。ナニか、が居た。ダレか、居た。
     
     留三郎の脳は、警鐘を鳴らしていた。
     そもそも敷布団の内側に人が入っているはずもない。中に在るのは綿だけだ。留三郎が昼間、叩いて、詰めて、膨らませた木綿わた。それだけであるはずだ。
     あの隙間に、人は入れない。布との余白を考えても、人が入れる隙間はない。

     なのに、――上へ、下へ、上へ、下へ。
     ――は、あぁぁああああ。
     ソレが、ため息をついた。長く深いそれは、よく知ったものと似ている。例えば会計の計算が合わないとき、例えば下級生の騒動に巻き込まれたとき、例えば留三郎が忍びらしくない選択をしたとき。
     ――はあぁぁ…。
     聞けば聞くほど、その声もまた文次郎に似ている気がする。

     「文次郎?」

     よせばいいのに呼びかけて。そうすれば一瞬だけ上下する呼吸が止まった。しかしすぐに、上へ、下へ、上へ、下へ。

     「文次郎?」

     一歩、布団に近づく。もう一歩。呼吸の音が聞こえてくる。寝息だ。吸って、吐いて、吸って、吐いて。
     一歩、さらに一歩。真っ白い布団が、呼んでいた。一歩。
     留三郎が布団を見下ろせる位置まできたとき、布団の中身はこんもりと膨らんでいた。ダレか、居る。ナニか、居る。布一枚隔てたその中に。
     確かに、そこに。
     寝息は止まっていた。布団の中のソレが、呼吸を繰り返しつつも緊張しているのを感じる。こちらを伺っている。

     「文次郎?」

     幾度目かの呼びかけ。

     ――もん、じ、ろ。

     応えがあった。

     「文次郎、か?」

     ――か?

     「文次郎」
     
     ――うん、ぼくもんじろ。
     ――ここ、開けて。

     留三郎は、背後に向けて飛び退った。違う、違う、違う。これは文次郎じゃない。背後には、部屋の戸。後ろ手に開けようとするけれども、なぜか開かない。
     ばたんっ、ばたんっ。
     目の前で布団が暴れている。両手両足突っ張って、頭をふり乱しているかのように。ばたんっ、ばたんっ。

     ――じろ。

     はずみで布団の縫い目の糸が引きちぎられた。すると布団は暴れるのを止める。

     ――ぼく、もんじろ。

     その奥には、綿があるはずだ。ただそれだけが。
     ナニか、がその淵に“指”をかけた。指が、ぴりぴりと縫い目の穴を開いていく。――ぴり、ぴり。

     ――開けて。

     指が布を裂くように。まるで大きな繭から得体のしれないモノが這い出て来るかのように。

     ――ここ、開けて。

     見た。
     見えた。
     穴の向こう。真っ黒なその中の真っ黒なナニかを、留三郎は見た。

     ――開いた。

     目が、合った。


    「起きんかっ、バカタレっ‼」


     背後の戸が、ようやく開いて。そうして後ろへと思いっきり引っ張り出される。腰に回る腕は、よく知った力強さで。――ああ。
     外に出されると同時に、目の前で戸が閉まる。部屋の中の布団もその中に閉じ込められるように。

     ――ここ、開けて。

     かりかりかり。戸の向こうでなおも音が聞こえたけれども。
     留三郎の意識はどんどんとその場から遠のいていった。






     留三郎が目覚めたのは、六年長屋の内庭。物干し台の前。
     朝焼けの空のもと己を覗き込むのは、伊作、仙蔵、小平太、長次。――それに、文次郎。

    「もん、じろ?」
    「ああ。まったく帰ってきて早々、庭に倒れるお前を見つけるとかどういうことだ?」

     忍務とは別の意味で肝が冷えた。などと宣う彼の顔色は青く、悪い。頬がややこけているところを見ても、そうとう過酷な忍務だったのだろう。

    「まったく、文次郎が僕らの部屋に飛び込んできた時はなにごとかと思ったよ。留三郎、大丈夫かい? というかそれは、どういう状況だったのさ?」
    「どう、いう?」

     己を見下ろす彼らの顔は、心配のそれだけとは言い難い。なんとも言えぬ、なにごとかといぶかしむ、そんな顔。それに、体が重い。
     留三郎は、己の体を見下ろした。――息が、止まるかと思った。

     留三郎の胸から下には、布団がのしかかっていた。一枚だけではない、四枚か、五枚。だから文次郎は留三郎を、倒れていた庭から長屋の部屋へ運べなかったのだ。
     布団は、まるで留三郎を足から喰らうように。そのまま喰いつくすかのように。あと少しで頭までも…。

     「とりあえず、コレどけるか?」
     「もそ」

     ろ組の二人が、一枚ずつ布団を留三郎の上からどかしていく。「重いな」「洗ったあと、か?」「綿までもかっ」「……もそ」。そんな会話が頭上から降ってくる。
     最後の一つが除けられ時、文次郎が留三郎の脇に腕をさしいれ、引き起こす。しかし留三郎は足に力が入らなくて、文次郎はため息を吐いた。深く、長く。
     それは確かにあの部屋で聞いたものと似ていたけれども、しかし違う。

     「文次郎?」
     「おう」
     「文次郎だな」
     「俺以外のなにに見えるってんだ、留三郎」
     「お前が、あそこから俺を助けてくれたのか…?」
     「はぁ?」

     その首に手を回して、しがみつく。汗と脂の臭いがしたけれども、かまわない。これが、己の男の臭いだ。なぜこの臭いが、布団からするなどと思ったのか。

     「ったく、俺がいなくてさびしかったか?」

     多分それは、からかいの言葉であったのだろうけれども。

     「ああ、さびしかった」

     素直にこたえてやれば、瞠目した気配が伝わって来る。

     「やれやれ、朝っぱらから。事情は後で聞くとして、とりあえず文次郎、お前は報告と風呂だ。伊作は留三郎を診てやれ」
     「あ、うん。文次郎も診るからね。お風呂が終ったらちゃんと来るんだよ」

     仙蔵が肩をすくめ、伊作が文次郎から留三郎を受け取ろうと腕を伸ばす。それに留三郎も応じようとして、ふと、己の上から除けられた布団の山が視界の端に映った。

     すべて、糸がちぎれていた。

     ――ここ。

     裂けた布の中身が、こちらを見ている。すべて。

     ――来て。

     



     留三郎に、その後の記憶はない。
     ただ文次郎にしがみついて、気絶したらしい。気絶したままでも腕の力は強く、離れなくもあったらしい。
     仕方がないので文次郎は、報告は紙にしたため小平太に繋ぎをたのみ、風呂は留三郎を抱えたまま入り、診療時も同様。
     再度留三郎が目覚めたときは保健室。文次郎の腕の中だった。

     「ここに、いろ。いてくれ文次郎」

     留三郎の懇願を、なにを勘違いしたのか文次郎は嬉しそうに、やや照れ臭そうに頬をかいた。

     「まったく。悪かったな、忍務が遅くなって」
     「いい。今お前が居てくれるなら」

     保健室には、布団がひとつ。それはちょうど文次郎の後ろから留三郎を、じいっと見つめていた。
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    koto

    DOODLEモブ視点の語りによる文食満、卒業後、女装ケマ 全3話
    怪我、欠損(左腕)描写ありのため、ご注意ください。

    あと傷口焼くのは不正解らしいですね。感染リスク高まる。
    戦国時代は灰なり止血剤塗って布で傷口縛るとか、縫ったとか。
    海外だと卵の黄身だか白身だかと油。16世紀までは焼灼止血法使われてたとか。
    知識が足りていない。

    追記:びっくりして本当に人間が飛ぶの? →飛びます。ソースは自分(ガチ)
    死者の妄言、生者の真言(前) おや、旅の方。あそこの屋敷を気になさる。
     屋敷、というのもおかしいですな。あれはただの焼け跡。長く風雨にさらされて、崩れた塀の向こうでは黒々とした柱が数本立つばかり。昔は立派な竹林に囲まれてもいたのですがね、須らく燃え失せましたさ。
     さて、最後の住民はいつだったか。もう何十年も前の話ですよ。

     村の人間でも、あの家の主が何者であったかわからず仕舞い。いつだって気が付いたら使用人含めて出入りの人間が変わっている。なんなら誰も住んでいないときの方が多かった。 
     私のばば様、かか様、みな屋敷の詳しいところは知らぬと言う。また村では、屋敷には触れるなという不文律のようなものがありましたからナァ。

     ――ほ、ほ、ほ。
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