眠らぬ獅子が眠るとき「なあ、じっちゃん。眠るってどんな感じなんだ?」
邸に帰ってきた頼政を出迎えた獅子王が、二人で居室に入るなり投げかけた問いに、頼政は少し間を置いて静かに返した。
「眠り、か。心身を休める為には必要不可欠なことだ。身体だけでなく心を休め、しばし浮世の些事から離れる」
「夢ってのをみることもあるんだよな?」
「ああ。眠りについた後は意識はなくなるが、夢をみることもある」
ふうん、とだけ呟いてしばらく難しい顔をしている少年に、老将が何かあったのかと問うてみると、考え考えといった様子で少しずつ言葉が返ってきた。
「寝るときの人間ってどんなこと考えてんのかなって、気になってさ」
金の髪を持つ少年は、自らの傍らに佇んでいた相棒の背を撫でながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「鵺の鳴き声で、眠れなくなったんだろ」
「怖いと眠れなくなるってことは、人間が眠るのは安心してるとき……なんだよな、きっと」
「俺は寝たことないからよくわかんねーけど……」
ううん、と首を捻っていた子どもは、そうだ、と不意に何かを思いついたようにぱっと顔を上げると、きらきらとその瞳を輝かせて
「俺もじっちゃんと一緒に寝てみたい!」
と、名案が浮かんだといった様子で勢いづいてしゃべり始めた。
「人間って一緒に眠ることもあるんだろ?」
「それに、一人で横になるよりは人間の気持ちが分かる気がするんだ。だって、一人でいるよりじっちゃんといた方が安心するし」
「うたにもあるよな」
よし、決まり! 今夜は初めてじっちゃんと寝るんだ、とはしゃいで鵺を抱きかかえる少年を、頼政は目を細めて見つめていた。
夜は深まり、雲の合間から顔を覗かせる満月の柔らかな光が室内を照らす中、獅子王は傍らで眠る老将の寝顔を見つめていた。
規則正しい静かな寝息と、僅かに上下する胸。
穏やかな寝顔だった。
今、夢というのをみているのだろうか。獅子王には夢というのがどんなものかよく分からなかったが、恐ろしいものも、愉快なものもあるらしいということは知っていた。
(じっちゃん、一人のときより安心して眠れてるのかな)
(そうだといいな)
(楽しい夢を見てますように)
衾の中の掌にそっと触れてみると、いつもよりも少し温かかった。それがなんだか獅子王には嬉しくて、掌をそっと撫でてみてから、自分も目を瞑ってみたのだった。