烏の子足元で首を不規則に揺らすその姿が、なんだか楽しげで。つい、俯きかけていた気持ちを忘れそうになる。
しょっぱい顔をしながらじっとり、奴ら睨み付けていた友人が頭の隅をよぎった。
せめて体だけでも腑に落ちませんと主張してみせるように僕は一人唇を突き出しながら、大げさにソーセージやパン屑を跳ね散らかす鳩の群れを眺めていた。
全く。これが天性の才能とでも誇るべきなのか、それとも「不運だ」と声をあげて嘆くべきなのか。
気分転換にと公園の空気を吸いながら
胸を膨らませてくれるほど、どでかいソーセージに、チーズとケチャップをたっぷりまとったとっておきの惣菜パンといざご対面、と袋から取り出そうとした途端の事故だった。
どうやらこのパンは、僕の口よりも地べたの方へ先に飛び込みたかったらしい。
そうして、今か今かと足元をひょこりひょこりと頭を振らせていた数匹の鳩が気づけば大きな水溜まりほどの規模で群がり、僕のおやつをぴょんぴょんと他勢に無惨にぶちまけていた。
…心なしか僕に食べられるよりも、活き活きしているのではないか。つい、そう考えてしまうくらいの躍りっぷりに逆に感心してしまう。
すると、どこからかやってきた一羽のカラスが嬉々として鳩の群れに飛び込んできた。大きくて、艶のある真っ黒なその図体を見ながら
僕は誰かを思い出していた。
綺麗な友人の髪だったか、
それとも別の何かだったか
思考が彼方に逸れかける悪癖が出る前に、別の方に意識を向けようとした時だ。
忙しなく鳩と夕食を巡ってだるま遊びをしていたカラスが慌てた様子で掻き集めたパン屑達を放り出す。それから遅れて、鳩たちも釣られるように羽音をたてながら消え去ってしまった。
大きな、
大きな影が僕と僕の視界をすっぽり塗り潰す。
すでに日は傾いていて、よい子の数もまばらになった公園では、なおさらその影は深かった。
「どうしたの、なにか面白いものでも
見つけた?」
まるで今、自分がそうだと言わんばかりの楽しげな声色なものだからこの人が言うと、どうしても白々しさが滲み出てしまうのはどうしてだろう。
別に僕が荒んだ気分だからではないはずだ、断じて。
「今の僕、そんなに面白そうに見えますか」
と不貞腐れた頬だけでも見せつけるようにして、背後の影へと目を向ける。
思っていた以上に、その身体は影なんかよりもずっと暗くて大きかった。
「あらら、今日も一段とぷっくりもちもちしてるね」
美味しそう、とじゃれるように指を伸ばす気配を感じたものだから逃げるように頭を逸らす。仮にも年頃の男子に向かってぷっくりだのもちもちだの言うのは、後にも先にもこの人くらいだろう。
いや、さらにひどくなっている気がする。今の雑渡さんは、明らかに以前よりも距離が近いのだ。
しかし美味しそうと言えば。
カラス達が残した、ソーセージロールだった残骸に自然と意識が向いた
くぅ。
思い出してからは駄目だった、まるで無惨に散らばった惣菜パンの残骸に本日の僕とテロップがつきそうなほどの惨敗っぷりだ。
僕の視線の先を見てああ、とやはり何を考えているのかわからない声が、上から降ってきた。
濡れ雑巾を顔面でキャッチして、サッカーボールにお尻を蹴飛ばされた辺りから、綺麗にドミノが倒れはじめたのだと思う。あまりのやられっぷりに、数人のクラスメイトが揃って口にしていたことを思い出した。
以前からちらほらと聞いてきた言葉を本気にしたことなんてなかったが、先ほどの出来事があってから少し無視できなくなっていた。
「僕って鳥に見えますかね」
とり?と僕の呟きを繰り返す雑渡さんが続ける。
伊作くんは鳥よりも
「猫じゃない?」
縁側から保健室に吹き抜けていた、あの頃の風がふいに通り抜けた気がした。
でも黒猫ってほど強く無さそうだし、とまるで女子高生のように頬を抑え、片目だけをくるりと回す雑渡さんに懐かしさが込み上げる。
まるで、ここだけあの頃の保健室に戻ってしまったみたいだった。
「うんうん子猫」
背後から聞こえたはずの声が、いつの間に真横から聞こえて少し驚いた
どっちが猫かわかったもんじゃない。
しかし子猫。
どうやら今の雑渡さんに、僕は昔よりも幼稚に見られているらしい。なんてことだ。
どうりで、一年生の子たちに接するような距離感を時々感じるわけだ。
「伊作くんはどちらかと言うと猫の方だよね」
今ではもう遠い昔。
課題先で出会った人懐っこい番犬を見て。あまりの警戒心の無さに、まるで伊作のようだと同級が声に出してから、口々にみんなが同意するものだから、そんなに僕って警戒心が無さそうに見えますかね、と何気なく聞いた事がある
事あるごとに「忍者に向いていないんじゃないか」と言ってくる雑渡さんの事だから、何かしら思うところがあるだろうかと振った話題だったので、対照的な猫に例えられるのが意外で、驚いた記憶がある。
「犬ってほど忠実でもないでしょ、お前」
そんなことは、
と反論したかったがそういえば任務以外でそれらしい自分が思い当たらなかったから、すっとそのまま口を噤んでしまった。
それを言われたら、いつも僕を助けてくれる同室やみんなの方がよっぽどらしいな。
それに、と雑渡さんは続ける
「猫って、どこまでも自由で、愛らしいからね」
そう言って、ほとんどの感情を覆い隠してしまったわずかなすきまから
撫でられた猫のように目を細める雑渡さんの視線を見つめて、僕は、
どんな顔をしていたんだっけ。
無意識に、懐かしいやりとりを胸でなぞり、今の雑渡さんの言葉を思い出す。
……こねこ、こねこ。愛玩動物。
それはつまり
以前の“自由な猫”とは、もう別物に見えているのだろうか。
「猫なんて言うのは貴方くらいですよ」
期待で膨れかけた胸を叱咤する。
馬鹿みたいに跳ね散らかしていたパン屑に、
今更いらついた。