だってまるで夫婦みたいじゃないか「真田って、俺のことを名前で呼ばないよね」
「なんだ、藪から棒に」
真田は、祖父に借りた本に目を落としながら、幸村の唐突な話に耳を傾けた。
「俺は真田のこと、ゲンイチローくんって呼んでいたことがあるのに、お前は俺のことを名前で呼ばないなと思って」
そう言うと、幸村は身を乗り出して真田に迫る。そして真田の読んでいた本を取り上げ、「ねえ。俺のこと、名前で呼んでみてよ」と言った。
「たわけたことを……」
返せ、と本を幸村から奪い返そうとすると、あれよあれよという間に幸村に押し倒される形になる。
「……幸村」
目で退くように訴えるが、好奇心でキラキラとした目をした幸村を前に、抵抗は無駄なことだと悟る。
「……」
「ただ『精市』って、呼んでくれたらいいんだ。真田」
幸村は、真田の手をとってキスをした。最初は手の甲にキスをしたくらいで真っ赤になって「何をするか!」と叫んでいた真田も、10年近く経てばこういった行為に慣れてくるものだ。幸村をフン、と一瞥すると、大きく息を吸って……ため息をつく。そして、茹でタコのように真っ赤になりながら、幸村をまっすぐ見据えてひねり出すような声で言った。
「精市……さん」
「どうした、幸村。お前の望み通り下の名で呼んだ……ぞ……。幸村、お前」
そう言うと、真田はくく、と笑い始める。
「どうして笑うんだい」
「幸村、顔が真っ赤だ」
いや、精市さん……だったか? そう真田が言うと、幸村は観念したような顔で笑った。