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    レグリ初書きのもの。🟥が🏔️を降りて1年くらい経った頃の話。ナチュラルに半同棲のようなことをしています。

    外の風が、少しだけ涼しくなってきた。窓を開けておいたせいで、薄いカーテンがふわりと膨らみまた静かに元に戻る。その柔らかな揺れが、今日のアパートで聞こえる数少ない「動き」だった。テレビもつけていないし、音楽も流れていない。キッチンの蛇口はきちんと閉まっていて、時計の針はどこかの誰かの鼓動みたいに淡々と回っている。
    グリーンはソファの端に浅く腰かけて、手元の資料をぼんやりと眺めていた。視線だけは文字を追っているが、内容なんてひとつも入ってきちゃいない。暇潰し、手慰めのようなものだ。
    ちら、と斜めの位置に目を向ければ、ピカチュウを撫でるレッドが視界に入る。粗雑に物事を片付けるようでいて、その手付きが存外優しい事をオレは知っていた。どうせポケモンの事しか考えていないだろう男だが、その存在感はいつだって言葉にならない。静かで、重たくなくて、けれど確かにそこに在る。……変わってねえな、と思う。昔も今も、余計なことは言わないし、聞いてもこない。マサラにいたとき――旅に出る前から、そういうところは変わっていなかった。なぜか、自分の言葉はレッドの前では特別よくこぼれる。

    「なあ、お前さ。山から降りてきたと思ったらいつもオレの家来るけど、実家には顔見せに行ってるのかよ。」

    唐突に投げかけると、レッドはぴたりと手の動きを止めた。けれど顔を上げはせずに、ぽつりと一言。

    「……この前、一回。」

    「おまえ、それオレと一緒マサラ戻ったときのヤツカウントしてねえだろうな?おばさん泣くぞ。」

    「…………」

    途端に黙ってしまったレッドを見て、思わずふっと笑う。どうやら図星だったらしい男は視線だけを横に流した。反応がないでも、ああちゃんと聞いてんだなってわかるあたりがずるい。

    (……なんでだろうなぁ。)

    こんな静かな時間、たぶん他の誰かとじゃ落ち着かない。けど、レッドとは平気だ。むしろ、こいつがいることで沈黙が成り立ってるような感じがする。自分だけが喋ってて、なんだか馬鹿みたいだなと思うこともあるのに、それでも口が止まらないのは、たぶん、ずっと前からそうだからだ。

    沈黙が続く。
    窓の外で音がかすかに走り、風がまたカーテンを揺らした。部屋はぬるくて、静かで、そしてなにより、心臓の音が聞こえそうなほどに“何も起きない”。けれど、その“何もなさ”が心地いいと思ってしまうのは、少しだけ罪悪感に似ていた。
    いつからこんなふうに、帰ってくるようになったのか。
    いつからだろう――レッドが、自分の部屋の鍵を持っている。
    「ただいま」とも言わず、でも確かに“帰ってきた”顔でドアを開けて、靴を脱いで、カバンを置く。何も言わないのに、空気がレッドを迎え入れる。

    最初は正直、気まずかった。けれど、あいつの無言は不思議と苛立ちを生まない。まるで、存在そのものが“会話”みたいに、こちらの言葉を引き出してしまうからだ。
    「お前さ、帰ってくる時、もうちょっと音立てろって。たまにマジで気づかないんだからな。」
    そう言っても、レッドはやっぱり何も言わない。薄く笑ったような気がして、そちらを見たけど、あいつはもう背中を向けて外着を脱いでいた。今夜も、たぶん泊まっていく。特に決めたわけでもないのに、なんとなく、そんな空気になっている。
    ふたりして、眠くもないのにベットへ潜り込み、ただ部屋の明かりだけを落とす。

    ぼんやりとした灯りの中で、グリーンは横になりながら天井を見つめた。そのすぐ隣、ほとんど距離のない場所にレッドがいる。
    腕が触れるか触れないか――そんな微妙な隙間。手を伸ばせば届くのに、なぜだか今夜はその距離が、やたらと遠く思えた。

    「……なあ、レッド」
    ぽつりと声をかけた。

    「お前さ、シロガネ山にいたとき、何考えてた?」

    しばらく返事はなかった。
    その沈黙の中で、グリーンは「やっぱ聞くべきじゃなかったか」と軽く息をつく。けれど数秒後、レッドが小さく呟いた。

    「……いろいろ」

    その一言が、あまりにも“レッドらしい”と思ってしまって、なんだか笑いそうになった。

    「……そっか。まあ、いろいろあるよな。俺もさ、いろいろあったぜ。」

    本当はもっと言いたいことがある。
    「俺は、お前がいない間、ライバルって言葉に勝手に縛られてた」とか。
    「お前がもう、俺をライバルとは呼んでくれないんじゃないかって、思ってた」とか。

    でも、それを言ったら、きっと今のこの“なんでもない距離感”が崩れてしまう気がして、グリーンは黙ってしまった。そのかわり、腕をほんの少しだけ動かした。
    わざとらしくない程度に、すこしだけ近づく。触れないまま、でも空気を分け合うように。
    レッドは――気づいていたのかもしれない。でも何も言わず、何も動かず、そのまま同じ姿勢で息をしていた。
    (……俺たち、なんなんだろうな)
    呼び方も、名前も、関係も、全部あやふやで。
    だけど、そこにいるだけで安心するのは、たぶん本当なんだ。

    夜が深くなっていくのが、呼吸の中でわかる。外の音は消えて、聞こえるのは隣にいる誰かの寝息か、あるいは心臓の音か。グリーンは、寝返りを打つふりをして、レッドの方へ身体を向けた。まぶたは閉じているけれど、眠ってはいない。
    目が合えば、きっと“何か”が始まってしまいそうで、けれどこのままでは終われない気がした。

    「……お前さ、」

    声は出していない。唇が動いただけ。
    でも、それでもレッドには聞こえているような気がした。

    「俺が……もしさ、もう一度戦いたいって言ったら、戦ってくれる?」

    本当はずっと怖かった。
    あの時、負けた自分が、またライバルを名乗っていいのかどうか。
    今こうして肩を並べていても、それが“対等”だとはどうしても思えなくて。

    けれど――

    レッドは、ゆっくりとまぶたを開いた。
    闇の中に、目だけがじっと浮かび上がるようだった。

    「……戦うよ。」

    短く、それだけ。でも、その声には躊躇いも嘘もなかった。
    それが、ずっと欲しかった答えだったのだと、自分でも分かっている。かっと、喉の奥が熱くなった。ほんの一言で、容易にペースを乱されるのだからオレは大概レッドに弱い。

    (……ずるいよな、ホント。)

    滅多に言葉を返してくる事はないというのに、こういうときだけ一番欲しい答えをくれる。思うように言葉が見つからなくて、代わりに手が動いた。
    隣にいるレッドの手を、そっと取る。驚いたようにレッドがまばたきをして、けれど手を引かないのがわかった。

    「……キス、してもいいか?」

    ようやく、声が出た。言葉にしたら、なぜだか情けないほど震えていたけど、それでも隠さずにぶつけた。レッドは――頷きも、返事もせず。代わりに、こちらへ身体を寄せてきた。そのまま、額が軽くぶつかる。

    息がかかる距離。
    吐息が混じり、静かな夜の空気にふたり分の体温が滲んでいく。唇が触れたのは、ほんの一瞬だった。けれど、たしかに“そこにいた”という証のように、それは熱を残す。
    もう一度、名前を呼ばなくても。
    もう一度、関係を決めなくても。
    こうして、触れ合うことだけでわかる夜が、たしかにある。

    「……あのさ、」
    グリーンが呟くと、レッドが目を閉じたまま、小さく口元をゆるめた。
    「なぁに?」
    「明日、ジムが休みなんだ。ふたりで里帰りでもしようぜ、ケーキでも買ってさ。」

    おばさんも姉ちゃんも、それからじいさんもきっと喜ぶだろう。


    何かを決めたわけじゃない。でも、何かが始まった気がした。
    夜は静かに深まり、ふたりの間には、名もないままのやさしさが降りている。
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    2BH

    MOURNINGレグリ初書きのもの。🟥が🏔️を降りて1年くらい経った頃の話。ナチュラルに半同棲のようなことをしています。
    外の風が、少しだけ涼しくなってきた。窓を開けておいたせいで、薄いカーテンがふわりと膨らみまた静かに元に戻る。その柔らかな揺れが、今日のアパートで聞こえる数少ない「動き」だった。テレビもつけていないし、音楽も流れていない。キッチンの蛇口はきちんと閉まっていて、時計の針はどこかの誰かの鼓動みたいに淡々と回っている。
    グリーンはソファの端に浅く腰かけて、手元の資料をぼんやりと眺めていた。視線だけは文字を追っているが、内容なんてひとつも入ってきちゃいない。暇潰し、手慰めのようなものだ。
    ちら、と斜めの位置に目を向ければ、ピカチュウを撫でるレッドが視界に入る。粗雑に物事を片付けるようでいて、その手付きが存外優しい事をオレは知っていた。どうせポケモンの事しか考えていないだろう男だが、その存在感はいつだって言葉にならない。静かで、重たくなくて、けれど確かにそこに在る。……変わってねえな、と思う。昔も今も、余計なことは言わないし、聞いてもこない。マサラにいたとき――旅に出る前から、そういうところは変わっていなかった。なぜか、自分の言葉はレッドの前では特別よくこぼれる。
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    2BH

    TRAININGレグリ習作 アローラのすがた
    湿度を孕んだ風は昼よりも穏やかに、一定のリズムで耳を撫でていく。手に持った冷たいグラスは小さく汗をかき、琥珀色の液体が溶け始めた氷のぶつかる音と共に少し甘い香りを放った。波の音だけが遠くに聞こえるバルコニーで、夜の帳が降りた向う側の景色をぼんやりと眺める。すっかりあかるさを忘れた海は水平線と空の境目が曖昧で、見慣れたカントーの風景とはまるで違う。そう嘆息しては、琥珀をまた飲み下した。

    「……グリーン、お酒弱いのに。」
    「弱かねぇよ、ちょっと酔いやすいだけ。」
    「同じじゃん。」

    背後からふいに、咎めるような声色が飛んできた事に少し笑いそうになった。おまえはそういう事を指摘するタイプじゃないだろ、なんて。振り向くよりも先に、言葉数の少ない恋人はぴったりと隣に陣取ってきたので仕方なし、此方はじっと顔を見つめてやる事とする。いつもの無表情が、アローラの陽気に当てられてほんの少しだけ緩んでいた。目の前の男がいつもよりも僅かに饒舌で、浮かれているように見えるのは恐らく気の所為ではない。観光客達の例に違わず常夏の陽射しに灼かれていた所為――なんてのは、レッドが浮かれて見えるひとつの要因としてあるかもしれないが。
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