Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    PN_810

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 8

    PN_810

    ☆quiet follow

    冬の、子尊と雑の看病期間の話。
    ほんのり雑→諸。
    尊奈門のことを坊と呼んでいます。
    尊奈門は光なんだろうな、という気持ちで書きました。

    #雑諸
    miscellaneousThings

    雑諸④朝、窓を開けると、一面の銀世界が広がっていた。
    庵の屋根にも木の枝にも、厚く積もった雪がしんと音もなく降り続けている。

    雑渡昆奈門は、湯呑を手にしながら、その静けさを見つめていた。
    立ち上がる足は、もう震えない。
    かつて焼けただれた皮膚も、今では服を着ていれば目立たぬほどになった。

    ――ここで過ごした、三年。
    そのすべてが、胸の内にあたたかく積もっていた。

    「…おはようございます、こんなもんさま」

    奥の部屋から坊が現れた。
    まだ幼さの残る顔に、羽織の袖が少し長すぎる。
    けれどその足取りは、誰よりもしっかりとしたものだった。

    「おはよう、坊。…いや、もう“坊”とは、呼べぬかもしれんな」
    「…でも、もう少しだけ。そう呼んでいてください」

    雑渡は、優しく頷いた。

    ふたりは囲炉裏を囲んで、いつも通りの朝を過ごす。
    けれど今日は、荷造りを終えた風呂敷が部屋の隅にあった。

    「いよいよ、今日ですか」
    「ああ…私は、元の場所へ戻る。坊も…新たな名と役目を得て、歩き出すのだな」
    「はい。でも、私はこんなもんさまについていきます!」

    はっきりとしたその声に、雑渡は少しだけ目を細めた。

    「…そうか。ついてくるのか、私に」
    「はい。今度は看病じゃなくて、おそばに仕えるつもりです」
    「それは、心強い」

    ふたりは並んで、庵の外に出た。
    雪は止みかけ、雲の切れ間から冬の陽が射していた。

    「…あのとき、燃えさかる屋敷でお前の父を助けたことが、こんなにも先へ続いていたとはな」
    「私も思っていませんでした。でも、こんなもんさまのおそばにいられて、よかったと思っています。」
    「私もだよ、坊」

    雪を踏む音が、ふたりの足跡をつくっていく。
    雑渡はその足跡を見つめて、ふと足を止めた。

    「坊。…あの日、お前が来てくれなければ、私は生きていなかった」
    「…そんなこと、ありません。こんなもんさまは、生きようとしてくださったから、生き延びたんです」
    「それでも…坊がいてくれたから、私は前を向けた。感謝している。心から」

    坊は、黙ってうなずいた。
    風が吹き、舞い上がる雪がふたりの頬をかすめる。

    「…じゃあ、これからは、こんなもんさまの前を歩きます!」
    「前を、か?」
    「はい。道を作ります。こんなもんさまが、もう傷つかないように」

    雑渡は、目を細めて笑った。

    「頼もしいな。…ならば、私はその背を支えよう」

    雪の坂を、ふたりは一歩ずつ下りていく。
    庵を振り返る坊に、雑渡は言った。

    「そろそろ行こうか。私たちの、新しい場所へ」
    「はい!」

    春はまだ遠い。
    けれどふたりの胸の内には、もう陽だまりのようなあたたかさが灯っていた。

    ――そしてそれは、どんな寒さよりも、強い光だった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works