雑諸③山の木々が色づきはじめ、庵の庭にも赤や黄の葉が舞い降りる。
風は少し冷たくなってきていたが、陽だまりはまだ暖かい。
雑渡昆奈門は、小さな囲炉裏の前で、そっと湯呑を置いた。
番茶の香ばしさが立ちのぼり、秋の空気にとけていく。
「こんなもんさま、お外、行きませんか?栗が落ちてきてるかもしれません」
「ほう…坊は栗が好きだったな」
「はい。でも今日は、拾ったら、こんなもんさまにも食べてもらおうと思って」
「うん、ありがとう。それじゃあ、付き合おう」
もう歩くのにも慣れてきた足取りで、雑渡は坊の後を追う。
ふたりで拾い集めた栗は、小さな布袋にいくつも溜まっていく。
「ほら、見てください。この大きいの」
「ふふ…坊の手の中にあると、なおさら大きく見えるな」
「えーっ。もう私、手、大きくなったんですよ? ほら」
ふいに、坊が自分の掌を雑渡にぴたりと重ねた。
小さかった手は、いつの間にか少し骨ばって、細長くなってきている。
「…本当だな。坊は、少しずつ大人に近づいている」
その言葉に、坊は一瞬だけ、何か言いたげな顔をした。
だがすぐに、いつもの笑顔に戻って、笑いながら栗を一つ手渡す。
「はい、こんなもんさま。焼いたら半分こです」
「いや、坊が食べなさい。私はそれを見ているだけで――」
「――ダメです」
珍しく、坊の声がぴしゃりと強くなった。
驚いて雑渡が顔を見ると、少し頬を膨らませていた。
「いつも私ばっかりに食べさせて…ずるいです。こんなもんさまも、ちゃんと美味しいって言ってください」
「…ああ。そうだね。では…ふたりで一緒に、いただこう」
頷くと、坊の顔が嬉しそうにほどける。
その笑顔を見て、雑渡はまた一つ、自分の中に何かが戻ってきたような気がした。
夕暮れには、庵の灯がともる。
その橙の灯りの中で、ふたりは並んで栗を焼く。
「こんなもんさま、今日は…歌、いりますか?」
「ふむ…いや、今日は…坊の笑い声を聞いていたい。よく笑うんだよ」
「…それなら、こんなもんさまが、先に笑ってください」
「それは、難題だな」
そう言いながら、自然と漏れる笑みがあった。
坊が、それを見てさらにくすくすと笑う。
秋の夜は静かで、長い。
けれどその中で、ふたりの灯は確かに、やさしく揺れていた。