雑諸①春の昼下がり。
山奥の庵に、鶯の声がこだまする。静けさの中に命の息吹を感じるこの地で、雑渡昆奈門は縁側に身を横たえていた。身体のあちこちがいまだ焼け爛れてはいるものの、季節が暖かくなるたびに、その痛みは幾分やわらいでいくように思えた。
「こんなもんさま、お背中、また痛みますか?」
声をかけてきたのは、いつもの坊だ。
十二歳の小さな少年。己を看病するために父に代わってここまで来て、もう二年になる。
「いや…今日はずいぶん調子が良い。坊のおかげだな」
「えへへ…」
照れたように笑う坊の笑顔を見ると、どうしてだろうか、胸の奥がふっと温かくなる。
あの日、坊の父を庇って業火に巻かれ、すべてが変わった。
生きるも地獄かと思ったが、この小さな看護人の笑顔が、どれほど己を救ってくれたか。
「こんなもんさま、またお菓子もらいましたよ。これ、なんて名前か知りませんが、柔らかくて…」
差し出されたのは、部下の一人が置いていったという饅頭だった。
坊が器用に半分に割り、その片方を差し出してくれる。
「坊が食べなさい。私は見ているだけで満ち足りる」
「それじゃ、お味の感想が言えませんよ」
くすくすと笑いながら、それでも坊は先に一口食べて、ふわりと目を細める。
その姿が、なんとも愛おしい。
「…本当に、よくここまで付き合ってくれたな、坊」
「当たり前です。こんなもんさまは、私の大切な人ですから」
まだ小さいくせに、時々大人びたことを言う。
けれど、そんな坊の言葉の一つ一つが、雑渡の胸に染みわたっていく。
「そういえば…坊」
「はい?」
「この間の子守唄…あれを、また聞かせてくれないかな」
「また、ですか?」
「…あれを聞くと、よく眠れるんだよ。眠ってしまえば、痛みも忘れられる」
「…しょうがないですねぇ。」
そう言いながら、坊は膝をぽんぽんと叩いて見せる。
その合図に従い、雑渡はゆっくりとその膝に頭を乗せる。すっかり癖になってしまった、彼だけの特等席だ。
「♪〜」
静かな子守唄が、春の風に乗って庵の中を包む。
その音に、雑渡は目を閉じる。子供の細く、けれどまっすぐな声が、心の奥の冷たさを溶かしていくようだった。
――もし、全てを失ってこの子一人を得たのだとしたら、それでいい。
そんなふうに思えてしまうのは、やはり少し、己が弱っているからだろうか。
「坊…」
「はい?」
「…また明日も、膝を貸してくれるか」
「もちろんです。こんなもんさまが、喜んでくれるなら」
「うん…」
まどろみの中、雑渡はそっと目を閉じた。
坊の手が、そっと髪を撫でる。その優しさに包まれながら、春の夢の中へと落ちていく。
庵の外では、もうすぐ山桜が咲くだろう。
それを一緒に見られる日が、近づいている気がした。