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    PN_810

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    PN_810

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    春の、子尊と雑の看病期間の話。
    ほんのり雑→諸。
    尊奈門のことを坊と呼んでいます。

    #雑諸
    miscellaneousThings

    雑諸①春の昼下がり。
    山奥の庵に、鶯の声がこだまする。静けさの中に命の息吹を感じるこの地で、雑渡昆奈門は縁側に身を横たえていた。身体のあちこちがいまだ焼け爛れてはいるものの、季節が暖かくなるたびに、その痛みは幾分やわらいでいくように思えた。

    「こんなもんさま、お背中、また痛みますか?」

    声をかけてきたのは、いつもの坊だ。
    十二歳の小さな少年。己を看病するために父に代わってここまで来て、もう二年になる。

    「いや…今日はずいぶん調子が良い。坊のおかげだな」
    「えへへ…」

    照れたように笑う坊の笑顔を見ると、どうしてだろうか、胸の奥がふっと温かくなる。
    あの日、坊の父を庇って業火に巻かれ、すべてが変わった。
    生きるも地獄かと思ったが、この小さな看護人の笑顔が、どれほど己を救ってくれたか。

    「こんなもんさま、またお菓子もらいましたよ。これ、なんて名前か知りませんが、柔らかくて…」

    差し出されたのは、部下の一人が置いていったという饅頭だった。
    坊が器用に半分に割り、その片方を差し出してくれる。

    「坊が食べなさい。私は見ているだけで満ち足りる」
    「それじゃ、お味の感想が言えませんよ」

    くすくすと笑いながら、それでも坊は先に一口食べて、ふわりと目を細める。
    その姿が、なんとも愛おしい。

    「…本当に、よくここまで付き合ってくれたな、坊」
    「当たり前です。こんなもんさまは、私の大切な人ですから」

    まだ小さいくせに、時々大人びたことを言う。
    けれど、そんな坊の言葉の一つ一つが、雑渡の胸に染みわたっていく。

    「そういえば…坊」
    「はい?」
    「この間の子守唄…あれを、また聞かせてくれないかな」
    「また、ですか?」
    「…あれを聞くと、よく眠れるんだよ。眠ってしまえば、痛みも忘れられる」
    「…しょうがないですねぇ。」

    そう言いながら、坊は膝をぽんぽんと叩いて見せる。
    その合図に従い、雑渡はゆっくりとその膝に頭を乗せる。すっかり癖になってしまった、彼だけの特等席だ。

    「♪〜」

    静かな子守唄が、春の風に乗って庵の中を包む。
    その音に、雑渡は目を閉じる。子供の細く、けれどまっすぐな声が、心の奥の冷たさを溶かしていくようだった。

    ――もし、全てを失ってこの子一人を得たのだとしたら、それでいい。
    そんなふうに思えてしまうのは、やはり少し、己が弱っているからだろうか。

    「坊…」
    「はい?」
    「…また明日も、膝を貸してくれるか」
    「もちろんです。こんなもんさまが、喜んでくれるなら」
    「うん…」

    まどろみの中、雑渡はそっと目を閉じた。
    坊の手が、そっと髪を撫でる。その優しさに包まれながら、春の夢の中へと落ちていく。

    庵の外では、もうすぐ山桜が咲くだろう。
    それを一緒に見られる日が、近づいている気がした。
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