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    止黒 墨

    @sikurosumi
    悪趣味系

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    止黒 墨

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    荒赤練習文詰め。
    数千文字以内の話を詰める。
    時々増える。

    5作品(2021/10/7更新)『正しい死体』『無題』『無題2』『心酔における絶対条件』『月曜日』『正しい死体』(vnvデザインイメージ、ゲーマー後。暗闇での対話)


    「蘇ったね。おはよう荒井くん」

     彼の声で瞼を開く。
     もう存在しないはずの男の声で。
    「僕はずっと生きているよ、赤川くん」
     いつからだっただろうか。
    「眠りは死だよ、僕からすれば」
     周りは暗い。全くもって朝ではない。起きてしまったと言った方がきっと正しい時間だろう。
    「眠れないくせに」
     彼に小さく呟く。首を斜めに向けると鈍い痛みが走った。
     暗闇で彼の姿は見えない。いや、もとより存在しないのだ。彼は僕の言葉を気にせず続ける。
    「君は屍蝋でも、ビスクドールでもなくただの服を着た死体なんだ。僕はそんな君をじっと見つめる。それしかできないからね」
     僕は苦笑いする。
    「見つめることすらできないだろう」
     彼の目は脳につながっていない。瞳孔も存在せず…ただ鈍く光を放つなだらかな蛋白石…。黒の存在しない。何も映さない瞳…そうだった筈だ。
    「そりゃあそうだね。君は目を閉じているし、僕は存在しないんだから」
     それが濁りきってしまうことを、僕は望んでいない。今ですら、そう思っている。
    「君は存在しなくてよかったんだよ」
     その瞳が永遠でいられるのなら。その瞳に、僕も、誰も映らないのならば、それでよかった。
    「ひどいな」
    「そうなったんだから仕方がないよ」
     彼は僕の妄想だ。僕だけが知っている男、それが妄想や幻影でなくてなんだというのか。
    「君と僕が逆だったら?」
     彼はきっと歪な笑みを浮かべながら僕に問う。
    「きっと君の中に僕はいないだろうね」
     それを僕は望みたいのだ。
    「へえ」
    「君は僕だけが知っているんだよ。それを気にするのが僕で、気にしないのは君さ」
     彼は僕よりもずっと冷たい人間だ。僕はそう思う。
    「……」
     彼は何も言わない。僕が言わさないのか。それとも彼が本当にそこに存在していて、意志を持って黙っているのか、この会話すら夢の中なのか。僕は確かめるすべを持たない。

    「僕は、僕が瞼を閉じて眠るのが気に入らないよ」
    「そう」
    「君を目に映しながら死ねないだなんてさ」
    「見えないのに?」
    「君は僕を見つめてくれるんだろう」
    「うん。ずっと」
    「その限り、僕は生きて君を支配しなきゃいけないんだ。そう、決まっているのさ。だから忌々しい」
     君が存在しようがしまいがそんなことは関係なく。僕が認識しないと彼は存在できないという証拠が欲しくて仕方がないのだ。
     夜の足音が遠のいていく中、僕は彼を瞳に移す方法を考え続ける。
    「僕は起きてない君の方が好きだよ」
     彼は時折何かを呟く。僕はそれを無視しつつ、じっと宙を見つめる。
     

     朝の光が登る頃に、僕はまた微睡みに沈み始める。
     彼の姿は見えない中。声は未だ鮮明に響く。
    「荒井くん。君が地獄の夢を見ることを願っているよ。僕は行けないからさ」
     ああ、最低な気分だ。
     それでも僕の目が醒める気配は無く、僕の意識は沈んでいった。







    『無題』(告白させたら付き合うかと思ったら全く付き合わなかった荒赤)

     手を出したい。と、思っていた。彼の輝く目が自分に注がれたのならば、それはどれほどの幸福か、それを思い浮かべるたびに僕は自らに吐き気がしていた。
     一方的な関係を求めていたのだ。僕が彼を支配する。そんな関係を。
    「ねえ、どうしよう。僕、荒井くんが好きだ」
     その想像が崩れ落ちたのは、目の前の男に先手を打たれてしまった時だ。
     この昼休みの教室で、ただの世間話のように突き刺された言葉を、僕は無表情で受け入れようとした。が、意識するまでも無く。言葉は僕の口から出ていた。
    「僕は、嫌かも」
     そうでは無い。僕は受け入れるフリをしたかった。
     彼は傷つくだろう。僕は後悔する。  
    「そっか、ごめん」
     僕は言葉を探したかった。が、できるはずも無く。彼の言葉が突き刺さり、不愉快な感情が僕の体を汚していく。
     それを口にすることは出来ない。
     目の前に血塗られた快楽が転がろうが、僕には関係無い。それを我慢して、そして、自らを清く保ったまま、彼をひたすらに縛り付けたかった。
     彼の告白、夢にまで見た彼の瞳が僕を見つめる瞬間、僕は彼に支配されてしまうと思ってしまった。そして、ほんの少し、対等になりたいなどと思ってしまったのだ。
    「じゃあ忘れて」
     彼は呟いた。彼の目はそれでも僕を見つめている。なんて傲慢な奴だろうか。彼は一切忘れられることを望んじゃいない。
    「いいよ、赤川くん」
     僕は笑った。







    『無題2』(告白させたら付き合うかと思ったら全く付き合わなかった荒→赤2)

     友人に好きだと言われてしまった。
    「えっと…荒井くん。それは、どういう意味で、かな」
    「言わなきゃわからないのかい?」
     その通りではある、今彼は片手で僕の手を握り締め、もう片方の手を僕の頬に当て、僕の顔を覗き込んでいる。ほとんど僕と彼の間に空間は無い。この状況で友人として好きだと言うのは明らかに間違っていることだろう。
     ここは僕の部屋で、先ほどまで、僕と彼はパソコンに向かっていた筈だ。それが唐突に、僕は彼に振り向かされ、彼の足は僕の椅子に乗せられて、逃げることのできない状況に追いやられている。僕の意識は飛びそうになっていて、全く体の感覚がない。
    「僕には、その……あまりにも荒井くんが唐突にいうものだから、びっくりしちゃって……」
     僕の声は震えている。がこの中に含まれる感情は決して恋とやらでドキドキした感情などではなく、むしろ恐怖の震えに近いものであった。
     僕と彼は精々、趣味が合う程度の付き合いだったはずだ。僕には今のクラスでは他に話し相手がいないから、必然的に彼と過ごしていただけなのだ。彼との付き合いは、もし来年、クラス替えで同じ教室にならなければ精々一年程度に収まるはずだろうという、その程度の友人関係だと思っていた。
    「そう……赤川くんなら気づいていると思っていたんだけど」
     そのまま幻滅してくれないだろうかと彼の細まった物憂げで陰険な眼差しを見つめながら思う。だが、彼がこのように僕の状態が優れない時に僕の思うように動いてくれた試しなどはない。
    「あ、あのさ、考えさせてくれないかな……」
    「嫌だよ」
     緩やかにきっぱりと言葉を放つ
    「嫌って、そんな」
    「だって、君絶対断るでしょ、どうやって断るかを今の内からいくつも考えているだろう。気づいていないってことは今からそうするんだよ君ってやつは」
     彼の手に力がこもる。
     僕は虚勢を張り、広角を引き上げながらも唇を開く。喉元に鈴が入っているような感覚。喉を駆け抜ける空気が不定形に放たれるのをどうにか抑えようと、乾いた舌をどうにかして口中に浮かせようとする。
    「……そうだよ、じゃあ、わかっているだろ」
     歯の隙間から発せられるような、震える声で僕は告げる。彼への目線は外せない。それをした瞬間。僕は彼を受け入れたことにされてしまうだろう。そのような確信が僕にはあった。
     彼の陰険な眼差しは変わらず。表情一つ変化させることなく、僕の目をまっすぐと見つめ、僕の頬を撫でながら言葉を吐く。爪が当たったところだけが妙に冷たく感ずるのは恐怖故か。
    「嫌だよ、ねえ、付き合おう。このままでいいからさ、さっきまでみたいに一緒にゲームをして、即売会へ行って、日々を過ごす。それでいいじゃない」
     良くない。それは僕と君が絶対に本心では思っていることだ。
    「ほだされるのを待つつもり?」
     彼は僕の髪で遊びながら微笑んだ。
    「ああ、流石にそれはわかるんだ……まあ、わからなければ、わからなかったら、流石に、僕は、ね。告白するときの言葉じゃあないけど。100年の恋も冷めただろうね」
    「嘘吐き。受け入れたっていうでしょ」
     勝手な男だ。彼は。
     僕が受け入れたら、そんな男じゃないって、自分が勝手に幻滅したことにも気付かず、ひたすらに僕を下に見るのだ、こんな男は。どうしようか、僕は絶対この男を好きになってはいけなくなってしまったのだ。吐き気がする。無音の中、口の端が痙攣する音が頬から脳へと響く。これはきっと幻聴だ。
    「そうかもしれない」
     彼は僕を嗤う。
     僕は引き伸ばしの言葉を探す。
    「僕みたいな血の詰まった袋に一体何を感じているのやら」
    「そんな言葉は似合わないよ。君は実に魅力的なんだから」
     ああ、彼は狂っている。陰険で醜悪なその瞳で、顔で一体何を口ずさむのやら。
     仕方ない。本当に嫌で仕方がない。が如何しようも無い。この男から逃れるためだ。自らを手放さない程度に捨て去ることをしなければならない。大胆の意味を知るときだ。
    「僕に似合わない言葉を吐くって決めたんだよ、僕は」
     僕は彼に微笑む。胸のざわめきを押さえつけながら。
    「それは、愚かだ。僕が治してあげなければ」
     彼の瞳の黒が一段と濃くなる。いや、彼の顔にかかる影が濃くなったのだ。それに気づいた瞬間僕は彼と口づけを交わしていた。

     直後、僕は嘔吐した。






    『心酔における絶対条件』(付き合ってる荒赤のイチャラブを目指した文。曽我くんについて語った荒井さんとそれを聞いた赤川くんの話。)



     僕は彼の語る話を聞いていた。ほんの数ヶ月前、僕と彼が出会う前の話だ。
     とある美という怪物を生み出す天才が、神を目指し、宿命の女に出会い、人の道を離れ消えていく話であった。
     僕の知らない間に、世界は意外と新しくなっている。そんなことを思いながら僕はその話に耳を傾けていた。美は、いつか僕らの目に追いつく日があるのだろうか。そんな日がくるより、僕は目の前で生み出される瞬間の輝きの最先端を探し続けたいのだが。
     目の前の彼は、時間により変化する美も、時と共に塗り替えられる世界も、そのどちらもその細い目に写したいようだ。いくら目玉が二つあろうとも難儀なことである。脳を二つに分けたとて、僕にはとても真似できないだろう。それは数百年後の公平な視点を持つ誰かが行ってくれることだと、僕は信じている。その時に僕が生きているかを、僕は重視しない。
     僕が惹かれ求めるものは、生み出された瞬間、進歩という足にいつしか床の様に踏みつけられ、土台と化し、ついには砂と化すようなものだ。技術の進化も科学も、生み出された瞬間の輝きを発することは以降もう無いと考えている。僕は意外と堅実なものが好きなのかもしれない。
     彼の語る美の話は僕の価値観や美学と全く異なり興味は尽きない。が、あまり意見の違う話題を摂取し続けるのは、僕にとってはなかなかのストレスとやらにもなり得るので、深追いは禁物だということも自身に覚えさせなくてはならない。
     彼と付き合う事の内、特に重要な一つの言葉は妥協である。僕にとってはだが。

    「僕はね、彼が僕の手から完全に離れてしまったからこそ。彼を心酔し、心の底から彼の生み出す美に酔いしれられなかったあの日の夢を見るんだ」
     僕にこの話をするという行為。それは彼のいう天才の男が失踪しなければしなかった事だろう。彼の中で、その天才は過去の存在なのか、それとも現在進行形で存在し続ける彼の影を追い求めているのか、それは僕にはわからないことで、そこに僕は大した興味を持ってはいない。
     僕の返答を待つ素振りも無く、彼は続ける。
    「ああ、でも彼と共に生き、そしていつか得たかもしれない。僕の手に届かないその無邪気な美に裏切られる恍惚、それもきっと。僕の心を焼き尽くしてしまってしょうがないのだろうね。まあ、今、僕は彼を心酔するという甘美に頭まで浸かってしまっているから、その答えを示すことはできそうにないけど」
     彼は楽しそうに語っている。彼がそんな風に語っていると、僕は何も言えなくなってしまう。この表情を曇らせて楽しむ趣味など僕には無いし、何よりも口を挟みづらい怪しい雰囲気が言葉を紡ぐ彼にはある。
     僕は彼の言葉の心地よい振動に身を預けていたのだ。
     
    「だから、赤川くん。僕が君を愛してしまっている内に、君には消えて欲しいんだ」
     少なくとも、この言葉を吐かれるまでは。
    「ああ、そういう話なんだ……」
     つい、このような呆れた言葉を口から出してしまったが、まあ、正直の所。察してはいたのだ。
     唐突に始められた話の内容的にも、彼が僕の思いもよらない何かを口にするということは想像に容易く、それはいつも僕を困らせる事に対して非常に丁寧であった。
     彼は僕を愛する理由を存在させたいのだろう。個人的には消えることに関しては第一に丁重にお断りを申し上げたい。
    「大丈夫。殺したりなんかしないよ。君の中身なんて見ないほうがいいんだから」
     頬杖をつきながら呟く彼は、言い終えた満足感を味わっているに違いないが、僕と彼の対話は始まったばかりだ。対話の可能性がこの男にあるのか。と問われれば、無いと言って差し支えないほどに今、彼は自分の世界にどっぷり浸かっているが、その彼の世界へ土足で踏み入らなければ、彼がただ僕に願望を投げつけるだけの機械と化してしまう。その為、僕は仕方なく口を開く。
    「僕としては全くもって理解できない価値観だけど、愛する人に殺される方がマシな気がするよ。殺されそうだから逃げる。が一番現実的に君の元から去れる方法じゃ無い?まあ、僕にも生活があるからね。流石に責任を持った行動をしたいんだけど」
     この僕を愛すると曰う恋人には、少し横暴な態度で対応しないと、上手く聞きのがされてしまうことを最近僕は理解してしまった。態度は考えにも影響するので、僕としてはあまり良い傾向ではない。
    「君なら見つけられると思うんだ。去る理由」
     図々しさが一切頭打ちする気配が無いまま、そんなことを吐かす男を目の前にしても、僕は冷静に対応していたいものだ。出来ているかは棚に上げておこう。
    「去る理由一つに対して、去りたく無い理由二つはみつけられそうなんだよ」
     意外と去らない理由が見つからなさげで僕は心中戸惑っているが、とりあえずそう告げる。
    「二つなんだ」
     彼もそう呟く。首を傾げながら。その姿に僕は自身の喉の奥が詰まる音を聞いた。
     微妙に頬が熱くなるのはどういう感情なんだろうか。そのうちの一つが、彼と離れたくないだなんて悲しいほどまともな考えである事を、彼の前で吐露するつもりは毛頭無く。仕方なく自分がつまらない人間であることを心の内で受け入れておくことにする。
    「でも、もし、君を殺せるのならば、それは快楽の極みだとも思うよ。君がもし、逆らい一つせずに僕に殺されてくれるなら、僕は君を永遠に愛し続けられるのに」
     無茶をおっしゃる男だ。
     僕は言葉を失いたいと心底思っている。が、彼は僕の表情など気にする姿勢を露ほども示さずに、ため息混じりに続ける。
    「でも君は、きっと逆らうんだろうね。いや、考えるのはやめよう。僕の思い通りにならない君が好きなんだから」
     彼の中で、僕はどれほど想像もつかない男だと思われているのか。それとも、僕の考えを読むことが容易いと嘲笑っているのか、僕には腹立たしい事に、全くもって、わからないが。好かれているという一点において、腹を立てるということが無意味であることは確かである。……本当にそれで良いのか?
     ……とりあえず、僕と彼が恋人とやらの関係であることは確定事項なので。大概のことを好意的に受け取るという訓練は僕の精神衛生上必要になってくるのだろう。そう捉えよう。
     好きだと言われている項目に意識を持っていこうとする。僕は彼と気は合えども期待に応えられる人間であるとは全くもって自覚できていない。いや、むしろ応えられるような人間がこの世にいるのか、今の話に出てきた天才の男程でないと、彼の夢想する世界に存在すらできないのだが。
     僕?僕は、彼の孤独な世界にはまだいないだろう。なぜなら、彼の水晶体に、今僕は写っているのだ。
     彼の世界の扉を開く為に今彼の前から消えて欲しいだとか、そんなことを宣うこの男の目に。なんてご身分だ。
    「僕としては荒井くんと生きたまま、君と愛とやらを語ってみたいものだよ。君の愛がどれほど静止を求めているか、気になって仕方がないもの」
     とりあえず生きていたいことを強調する。そこをなあなあにすると、この男はいつか僕を背後から刺しに来かねない。死は僕の妥協点ではのだ。
    「僕の愛は燃えているんだ。愛することは消費で労働だ。生きている限り。むしろ、生者を愛する方法を模索する。君の愛の方がどれだけ冷たいのか、僕には興味があるよ。」
     これは平行線かもしれない。短期的な意見の擦り合わせほどこの男に無意味なことは無い。
     ふと、頭に浮かんだ事を彼に伝える。
    「一応言っておくけどさ、勝手に消えたり死んだりしないでよ。一応、言っておくけどね」
     彼は彼で、僕の目の前で自殺しかねない。まあそんなことは、あの天才の男が存在する希望がある限り、しない筈だが、釘を刺しておくことは間違った事ではないはずだ。
     彼は少し目を開いて僕を見る。そんなことを考えるように見えるのかとでも思っているのか?そんなことはわからない。人生は一人称なのだから。

     ややあって、彼は口を開く。
    「ああ、でもそうだね。君と生きる僕にとっての煉獄が、君の一生となるのならば、それは、それで、美しいのかもしれない。地獄の様なものだけど」
     僕が死んだ日に君は救われるのか、そうか。君は僕と生きることを、僕は君と生きることを、身を焼かれる苦痛と表現して笑うのか。本当に身勝手な男だ。
    「なんで僕が君を好きなのかわからないよ。荒井くん。もうちょっと。言葉を選んだらどう?君が僕を好きな理由を教えて欲しいよ」
     どうして僕たちは恋人とやらになったのか、別れるためか?それは結果であって答えではないだろう。
     彼はニヤニヤと笑いながら、細い目をいっそう細めて語り出した。
    「僕は君といると精神が堕落すると同時に、君の視点から、全く別のものが見えてくる感覚を味わえるんだよ。それが君の魅力で、一般人と違う部分だ。それがどうにか実を結んで、君がさっきの彼女の様に、僕のオム・ファタールになれるのなら。今の僕からして、どれだけ素晴らしいか、それを考える事を僕はやめられない。この愛という悪と共に、僕は赤川くん、君を支配したい」
     彼は途中から頬杖を止め、空いた掌で僕の手をさも愛おしそうに包み込んでいた。
     僕は混乱する。
     ああ、全くわからない。そんな魅力、きっと彼が勝手に感じているだけなのだ。
     僕は、なぜ彼を好きなのだろう。本当に、それを探すために僕は君と生きてみたいと思っているというのに。
     僕の中で彼と生きることは、今確実に決定事項なのだ。それを否定することは僕にとってはとても無駄で、陰険なことの様に思える。
     少なくとも、わざわざ彼と生きない理由を探す方が無駄だと思えるほど、僕は彼が好きなのだから。
     僕は、彼の手から視線を外し、彼の顔に向き直る。
    「僕は美や理由で物事を判断しないよ、荒井くん。だから、君の地獄を僕の一生にしたいんだ。煉獄じゃなく。だから、僕が死ぬときは、君を殺してあげるよ」
     誰が君の永遠になってやろうか。僕は絶対、彼に過去として語られるのは嫌なのだ。

     彼は馬鹿にした様に僕に笑いかける。
    「それは救済と呼ぶんだよ。君にはわからないだろうけど」






    『月曜日』(愛は死より冷酷。死は奴隷と主人に無関心である。のタイトルから何かを作りたくなった荒赤、あんまり関連性は無くなった。)



     彼が死んだ。
     嘘、殺した。
     ごめん、と、独り言ちる。
     僕は彼の死体をじっと見つめる。凶器を彼の体から引き抜くと鈍い音とともに内容物が溢れ出る。人の体が繊維袋と表現されていた文を読んだことがある。その通りだと思った。
    「あー血だらけ、滑っちゃうよこれじゃあ……」
     意外な事に冷静な脳内は、どうしてこうなってしまったのかと考えてみるのだが、どう思い返しても自分に一切非がない所為で、彼の気が狂ってしまったからだという答えしか浮かばない。
     凶器を手から離すと軽い音がして血の中に埋まっていった。
    「服で拭いたほうが良いかな。どう思う?」
     僕の友人は一体どうしてしまったのだろうか、そんなことを考えたとしても僕が彼を殺したことは変わらないし一切の発展性もない。この死体を隠すという事も浮かんだが、その案は全くもって現実的ではない。逃げるという選択は存在しない。僕は捕まるか今死ぬか、その二つしか選択肢はないのだ。
    「衣替えしてなくて良かったよ」
     どうせ殺すならもっと綺麗に殺すべきだったと後悔する。仕方がないから数日ほどは部屋に誰も入れず、幸福なる蜜月を楽しもうと思っているのだが。この状態ではすぐに傷口から虫が湧いてしまうだろう。今は5月、あまり死体が保存できる季節ではない筈だ。
    「あ、やっぱ足りないかも、もう一枚だしちゃうか…もったいないけど」
     僕は彼が好きであった。全くもって愚かで現実的では無い思考だが、そう思い返した。僕らはそれなりに仲が良く、とても気があった。お互いにお互いを人間としてみていないところまでそっくりだった。彼の死ぬ前の言葉を思い返す。彼は僕が好きだったのだろうか。あそこまで気が合う相手だったのだ。きっと僕のことが好きだったに違いない。
    「君も着替えたほうがいいかな」
     僕はここから逃げだす気はない。せっかくの好機なのだ。この部屋をどう密閉しようか。なんだかドキドキして仕方がない。僕はこの男が欲しかった。
    「……あんまりいい服ないや、ごめんね」
     何かを忘れている気がして仕方がない。別に構わないかと考え直す。
     どうせ、もうこの部屋から出ることはないのだ。
    「気に入らなかったら……、まあいいよね。僕が気に入らないだけだものね」
     僕は彼に手を伸ばす。まだ熱がある。早く冷え切ってくれないだろうか。そしたら僕が暖められるのに。
     彼の目を開く。まだ目の色も変わらない。
     頰を動かす。無辜の笑みを作ってみる。
     刃物を押し込んだ穴に一つずつ指を通す。なめらかな感触。生ぬるい。心臓の一番近いであろう位置に指を押し込む。泥みたいだ。
     ああ、僕が彼と同じ凶器を持っていたなら。首を締めるだけで済んだのに。
     自らの頰にそっと触れる。傷口が痛む。
     心音が鳴り止まない。僕は生きている。
    「じゃあ、着替えようか。荒井くん」

     
    「……よし」
     本棚を移動させて部屋の扉を塞ぐ。窓はどうするべきか。とりあえずカーテンだけは閉めておこう。
     ずっと自分のものであったであろうものをやっとこの手の内に入れたのだ。
     それはきっと数日も持たないだろうから、僕は絶対に楽しみきってみせると決めた。

     「明日は火曜日だよ」
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