イスⅡ「廊下では蜜月が」
カルデアの消灯時間も迫っている夜の廊下で、
カッカッカッと苛立たしげに革靴を鳴らす男と
ペタペタとのほほんとした様子でサンダルを鳴らす男が歩いていた。
Ⅱ世とイスカンダルである。
「何を怒っている?」
「怒ってない。その、私達は最近一緒にいすぎじゃないか?あまりにも距離を詰めすぎだ」
そういう仲になってから1ヶ月以上が過ぎただろうか。ところかまわず発情...したりはしなかったが、なんとなく人目を盗んで手に触れたり、ハグをしたり..そういうことが増えた。気がする。
いや、いくらなんでも弛んでいる!とⅡ世は我にかえってきた時期であった。
「なるほど。こういうことか?」
イスカンダルは楽しげにⅡ世の手をとり、腰を抱くとダンスを踊るかのように唇を奪った。
「んんー!だから、こういう公共の場でキスをするな!」
と言うが離れてはくれない。自分も離したくない。
ただの廊下が蜜のように甘い。
甘すぎて歯が痛くなる。
しかしそれは嫌じゃなかった。むず痒くて仕方ないが、これが蜜月というのなら悪いものではなかった。
むしろ麻薬のような中毒性を帯びた蜜だった。
「む。私だって貴方と距離を取りたいわけじゃない。というか今この時も早くセックスしたくてたまらないんだ」
とⅡ世が情熱的に口にした刹那、
「えっ、あっ、はい?今戻っているところですが」
曲がり角から女の声がしてⅡ世は思わずヒッと悲鳴をあげて飛び跳ねそうになった。
いや厳密言えば、悲鳴こそこらえたが、飛び跳ねてイスカンダルから距離を取った。
曲がり角から飛び出てきたのはカルデアの女性職員だった。忙しなく通信機に語りかけている。
Ⅱ世とイスカンダルはスッと端に避けて、パタパタと早歩きで去っていく職員を見送った。
「完全に油断した」
Ⅱ世は表向きの顔を崩して、青ざめながらつぶやいた。今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
「ぬかったのう」
対してイスカンダルはニヤニヤと青くなるⅡ世を眺めた。
「何笑ってんだよ!ボク達のことがバレたら!」
「バレたら何か問題なのか?そもそも余は隠してなどないが?何をこそこそと隠れる必要がある?情夫でもあるまいに。余と情を交わすことなど誉れの中の誉れと」
「そういう問題じゃなーい!」
蜜月の空気をぶち壊すようにⅡ世の高い声が廊下をこだました。
─インタールード─
「えっ、あっ、はい?今戻っているところですが」
私が突然鳴った通信機をオンにして返答をすると、二人の男は不自然極まりない形で会話を止めた。
曲がり角を曲がり私が姿を現すと長髪の男は不機嫌そうな顔つきで、赤髪の大男はにこやかに、スマートな仕草で道を譲り私を通してくれた。
私は管制室と会話を繰り広げながら、手だけで彼らにありがとうというサインを送った。
その後の彼らのことは知らないが、さぞかし神経質そうなあのロードは肝を冷やしたことだろう。
残念ながら彼らの会話はかなり前から筒抜けで、キスがどうとかセックスがどうとかモラルを欠いた話がきっちり聞こえていた。聞いていたのが比較的淡白な性格をしている私でよかったと感謝をしてほしいくらいだ。
そういう話題を防音の魔術も施さず、こんな廊下でするなんて迂闊極まりない。まさに恋は盲目というやつか。
私は時計塔の魔術師ではなく元はその辺りの事情に精通しているただの技術者だ。とはいえ時計塔の君主という地位とその意味くらいは知っている。
諸葛孔明の依り代はロード・エルメロイだという。お互い積極的な干渉は避けているがエルメロイ家は情報としてならカルデアの誰もが把握しているだろう。
あの名門エルメロイの君主が、あの普段は取り澄ましてスーツに身を包んだ英国紳士が、かの大英雄と良い仲になっているなんて、そんなスキャンダラスなことがここでは普通に起きているのだ。
英雄色を好むとはいうが一体どういう組み合わせなのか?いつの間にそのような仲になったのか?ちょっとした疑問である。
マスターである藤丸立香ならば知っているかもしれないが、私はゴシップは好まないのでパパラッチのように暴くような真似はするつもりはない。
ただ、今は亡きロード・アニムスフィアがこんな事態を知ったらどう思うだろう。笑うだろうか。眉をしかめるだろうか。呆れるだろうか。それを想像するとちょっと愉快になるのは許してほしい。
本人は隠しているつもりなのだろうが、彼らが肩を並べて通った廊下はいつも蜜月の空気が充満していている。
それは今夜に限ったことではない。大体いつもだ。
一体いつからカルデアはモーテルで、南極はハネムーン先になったのだろう。
非人道的で倫理から外れたことをいくつも行った立場から言えることではないのだが、ああ、風紀とは。となんとも言えない気持ちになるのは致し方ないだろう。