カランカラン。軽やかなベルの音が、来店を告げた。
都市からも離れた自然豊かな場所にもかかわらず、思いのほか客はやってくる。新緑の山肌に、水色の壁に白い屋根の小洒落た店は少し浮いているようにも見える。大きな明り取りの窓から降り注ぐ春の日差しが、レトロなシーリングランプの硝子を透かす。その下では、お客様にまったりとした癒しの時間を過ごしてもらうべく、店員たちが立ち働いていた。
店員たちが身につけるのは、ふわふわとしたやわらかな素材のショートパンツとパーカーのセットアップ。頭には同じ素材のうさぎの耳付きヘアバンドを付けている。多少色の違いはあるものの、めいめいに似合いのパステルカラーを身につけていた。
イ・ジェハンもその一人だ。罪をでっち上げられて警察官を辞めることになって以降の職歴はない。それから十五年、病院での隠遁を支えてくれた父親へのせめてもの支えとなるよう、時給の高いこのカフェでのアルバイトを選んだ。うさぎと癒しをテーマとしたコンセプトカフェらしく、明るい店内はテーブル席よりも座敷が多いつくりになっている。そこで指名したスタッフと語らったり、写真撮影などのサービスを受けたりする、健全なカフェである。なぜだか店主のこだわりにより、ジェハンのような中年ばかりが集められてはいたが。
とことこと店内を歩くたびに、ショートパンツの尻についたうさぎのしっぽが揺れる。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか」
「はい。ジェハンさん、あいていますか」
「……後ほどお席に伺います」
常連の若者は、にこっと歯を見せて笑った。三十を超えてはいないだろう。刈り上げたばかりの襟足も眩しく、いつもカジュアルながらきれいな身なりをしている。今日はモスグリーンの草木柄のシャツに、アイボリーのパンツを履き、一足早い夏のようだ。不定期に車でやってきては、ジェハンを指名する彼は、数少ないジェハンのお得意様の一人だった。
アイスコーヒーをテーブルに置き、若者の隣にちょこんと座ると、身振りで膝の上を勧められる。店で禁止されていないとはいえ、ジェハンはこんなことは他の客には絶対にしない。
「ジェハンさんに触れてもいいですか?」
若者はジェハンの小さな頷きに目を細めると、本物の毛皮の代わりの手触りのいい服に触れ、ジェハンの背を撫でた。少しずつ緊張が解けていくのを察して、ヘヨンの手は頭や頬に触れる。彼の背中ごしに窓から注ぐ日差しはぽかぽかと温かい。思わず力の抜けたジェハンの体を、若者の逞しい腕がしっかりと抱き止めていた。
「眠たくなったのなら、寝てもいいですよ」
「ねむくない……です、から……」
笑い声が耳に心地よく響く。今日は朝が早かったから、少しつかれているんですと、言葉にならない言い訳を心のうちで紡いだ。
「真面目なんですね」
そういうところも好きです。若者のつぶやきに、ジェハンの眠気はたちまち吹き飛んだ。
「か、揶揄わないでください」
冗談ですとも言わずに至近距離で微笑むだけの若者を好ましく思っているのは、まだまだ言えそうにない。