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    koimari

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    時々rpsの架空のはなし

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    ヘヨン誕。ヘジェ、おまけのラクウォノ。べさんの人魚AUの三次創作です

     海の見渡せる岬の上に、一軒の雑貨屋がありました。艶々の瓦屋根に白い漆喰の壁は潮風にところどころ風化していましたが、何度も補修を重ねられているのがわかります。隣に佇む灯台と並んで、海と街の両方を見渡すその店は、何十年もその場所を守り続けていることが伺えました。ヘヨンの家もまた海のそばで、くねくねと伸びる道を歩けばジェハンひとりでもなんとか辿り着くことができました。
     店主は年老いた女性でした。白くなった髪を短く刈り上げ、ゆったりとしたシャツが余分なもののない体を覆っていました。ジェハンの頭上でドアに取り付けられたベルが鳴るのも意に介さず、店主は煙草を燻らせながら、海のほうを眺めていました。ジェハンの招いた潮風が、細くたちのぼる煙を揺らしました。一拍遅れて、客のほうへと視線を投げたのでした。
    「誕生日の贈り物を買いたい。これで買えるか?」
     ジェハンは手のひらほどの小さな巾着から小粒の宝石を取り出し、カウンターへと並べました。人魚の涙が空気に触れることでできる宝石が、人間の世界で多少の価値があることは知っていました。しかし、生来気の強い性格のジェハンは陸では涙を見せず、ヘヨンと出会ってからは尚更少なくなっていたものですから、ほんの数粒しか持ち合わせていません。これで何かしら、交換してもらえるものがあるのかどうか。店主の長い沈黙に、ジェハンは不安になってきました。「大切な人の、誕生日なんだ」言わなくてもいいことまで、勝手に口をついて出てきます。
     口唇の動きを店主はじっと見つめると、店の一角を指し示しました。そこには、夕暮れのような茜と紫のグラデーションや馴染み深い海のような藍、水面のようなひび割れやぷくぷくと水泡を含むもの、色とりどりで大きさや形もまちまちのグラスが寄り集まるように並んでいました。
    「……これにする」
     ジェハンはその中から、薄い翠色のグラスを選びました。ヘヨンの姿を一方的に見に行くだけだった頃、ジェハンの住む海の底からヘヨンの住む世界の間、光がよく通る透明度の高い浅瀬の海の色に似ていたからです。
     しかしジェハンの声にも店主の反応はありません。陽の光にきらきらと光る宝石を、不思議な表情でただただ眺めていました。


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     今から何十年も前のこと。空はからりと晴れているのに、大雨の中を通ってきたように頭の先から爪先までびっしょりと濡れた青年が一人、店の軒先を訪れた。項垂れた様子は捨てられた犬のようで、ほとんど何も身につけていないということを差し引いてもどこか哀れで、招き入れたのを覚えている。
     今でこそ雑多な店構えだが、既製品に置き換わる前、当時は硝子の工房があった。青年は、工房の奥でごうごうと燃える火、なんの変哲もない暮らしのもの、眼下にミニチュアのように見える街、そして弟との手語にも興味を示した。じっと見ていたかと思うと、教えてもいないのに身につけた。自分たちの会話についてこられるようになるまで、ニ年だ、いや一年だと賭けていたのより、はるかに早い速度で。
     手語による意思疎通を身につけたあとも、三人の間にあったのは他愛のないやりとりばかりで、何のためにこの街を訪れたのか、どうしてあんな姿で訪れたのか、詳しく聞くことはなかった。何でもそつなくこなすのに、硝子を吹くのだけは苦手なのがかえって不思議だった。肺で呼吸し始めたばかりのようだと、弟に笑われていたっけ。
     しかしある時、一人の男を見て、青年の瞳に涙の膜が張った。立ちすくんだまま、雪のように白い砂浜に男とその飼い犬が足跡をつけて歩いていく後姿を、見えなくなるまで追い続けた。男が見えなくなった頃、青年は瞬きをひとつした。頬に落ちることもなく消えた涙の粒は、乾いた音を立てて、足元の砂に沈んでいた。ちょうど今日みたような、きらきらと優しい光を蓄えて。
     季節が巡り、どう声をかけたのか、青年は男と連れ立って砂浜を歩くようになっていた。男の後について歩いていたのが肩を並べ、手の甲が触れ合い、指先が絡んで。周りで犬が跳ねる。そして二人は海へと消えた。それ以来、時折波打ち際へと宝石が届く。残された犬がいなくなり、弟が先立った後も、なんとか生活をそれらしく維持できているのは、そのおかげでもあった。
     店を訪れた男は、青年が連れていった男に少しだけ似ていた。
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