壁一面に広く開いたガラスから、色とりどりのネオンの看板が見下ろせる。昼間は学生で賑わうハンバーガーショップも、深夜0時を回ると客はまばらだ。ジャンホの制服が、白熱灯に照らされた店内で、不自然に明るく浮きあがって見えた。机の上にはジャンホのハンバーガーのセットと、チャンスは腹も減ってなかったから飲み物とナゲットのみだ。もっと頼めと勧めても、少食なのか変なところで遠慮しているのか。腹が減っているようなら、チャンスのものも渡してやってもいい。
ジャンホはハンバーガーを前に大口を開けて、左頬の怪我の痛みに顔を顰める。逡巡したのち、やはり大きな口を開けてハンバーガーにかぶりついた。
「ゆっくり食べろ」
「はい。チャンスさん……、アジョシは」
「兄貴」
「兄貴は、一人で食べることもありますか」
「それは、まあ……」
「俺はいつもです。だから嬉しくって。一人じゃない食事」
これからも時々一緒に食べてくれますか、と続けるジャンホに、他にも同じような奴らがいる。そいつらと食うことになると言うと、きょとんと首を傾げる。組織内での地位についてはおいおい知ればいいだろう。ハンバーガーのセットを平らげたジャンホは、手をつけていないチャンスのものをじっと見つめていた。
「……これも食え」
「はい!」
もぐもぐと咀嚼する合間に、遅れてありがとうございますと聞こえた。こういうところもおいおい矯正しなくてはいけないだろう。組織内でうまく立ち回れるか心配だったが、チャンスへの遠慮のなさ、それが不思議とあまり不快でない愛嬌で、なんとかなるものなのかもしれない。ほとんど水の炭酸飲料を啜るジャンホに行くかというと、素直にストローから唇を離した。
家にいたくないというのはチャンスにも経験があった。身寄りのないジャンホはなおさらだろう。帰れというのも酷なように思え、そう思っているうちにチャンスの部屋まで辿り着いてしまった。住むところが見つかるまでだと言うと、ジャンホは腫れの残る顔をほころばせた。
寝室の隅の冷凍庫から、氷をグラスに入れた。「飲むか?」と聞くと、わけがわからないという顔をする
。「兄貴の酒を断るやつがあるか」と溢して、頭の片隅でそんな機会もなかったのだから当然だとも思う。チャンスの半生以上を占め、骨の髄まで沁み込んだ生き方でも、ジャンホは一歩踏み入れたばかりなのだから。チャンスの体に合わせたキングサイズのベッドの上で、一人分のウイスキーを舐める。毛足の長いラグを物珍しそうに転がるジャンホは子犬のようだ。
「兄貴」
「なんだ」
「俺のこと拾ってくれて、ありがとうございます」
ひとりだから。ぽつりと溢すジャンホに、「俺の寝床にまで転がりこんで何を言ってる」とチャンスは額を弾いた。
「へへ、本当ですね。ついでに布団もあっためます?」
「調子に乗るな」
寝床を用意して、共に飯を食べる人間もいる。もう伽藍堂の家で膝を抱えていたジャンホではない。少しすれば、学校にもまた通わせてやれるだろう。やくざに学がいるのかという声も、黙らせてやれるはずだ。チャンスには学歴がないが、その代わりに組織内でジャンホを守れるだけの地位はあった。オペラ、とやらは一向にわからなかったが。ジャンホが手放さないのなら、きっと息をするのに必要なものなのだろう。
「兄貴が歌ってほしいときは、俺に任せてください」
「そんな日は来ない」
「世界のイ・ジャンホになってからでも、兄貴のためならいつでも」
「なってから言え」
チャンスの指先を甘んじて受けようとぎゅっと眼を瞑るものだから、手の形を変えて髪の毛をかき混ぜた。二度三度行き来するあいだに、おそるおそる、ゆっくりと開かれた瞳には、チャンスが映っている。