Episode神の国神子ルシフェル
「…何故、何もお応えくださらないのですか?神獣様…」
神の国の神殿、祈りの間にて神の使徒である天使は声を震わせた。
かれこれ数年、神託を受けていない。もしや自分が何か神獣様のお気に触ることをしてしまったのだろうか。
それともまさかーーー
そんなはずはない。神獣様は慈悲深いお方だ。
疑うこと自体が間違っている。
そう、きっと己が良くないのだ。祈りを捧げ、神獣様の為だけに生き、そして死ぬ。
神獣様のお声だけを頼りに、お導きのあるまま。
ーーー神獣様は我らを見捨てたのではないか
そんなはずはない!考えてはいけない!
それは私の信仰心が足りないだけである。
だから神獣様のお声が届かなくなったのだ。
民にはお告げが少なくなった、と伝えているものの実際は少なくなるどころかまったくないのである。
今まではただ神獣様のおっしゃる通りに動けば良かった。民に伝え、それを実行する。
もしこのまま神獣様のお声がなければ、この国を導くのは………
あまりの重責に身体が震える。私の一言でこの国は動くのだ。
「神獣、様……どうか…どうか……」
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
長い時間跪いていた身体は芯まで冷え切っていた。少し羽根を伸ばそうと庭園まで歩くことにする…。
神の国のこの中央神殿には数多の神聖石や薬草がキラキラと輝き楽園のようだ。
気に入りの椅子に腰掛け羽根を伸ばす。天使族特有の神聖力に反応してか、この庭園はより一層輝いた。
そう、神獣様のお声が聞こえていた時と変わらず…
「!!すごい!一斉に輝き出した!!」
「!?!?!!」
誰もいないと思って居たところから突如声が聞こえた。
思わず警戒すれば金髪の青年が神聖石を見て新緑色の瞳をキラキラと輝かし、まじまじと眺めている。そのあまりの無邪気さと無害さに羽根を下ろす。
「……此処は立ち入り禁止区域ですよ」
「え。わっ!すいません!思わず…その…石が綺麗で」
「石…?あぁ神聖石ですね。私の力に反応したのでしょう。神聖力を感知し光る…ただそれだけの、なんの役にも立たないそこらの石と同じです」
そう、神獣様のお声が聞こえぬ私に価値がないのと同じで……お声が聞こえなくては私に何の価値もない。この石と同じ、ただそこに在るだけの
「いや、この石はすごいんですよ!手を加える前からこんな綺麗で!そりゃ神聖、力?を浴びた後なんて綺麗すぎて思わず声が出ちゃいましたけど……。その前から俺はこの石を見てみたかったんです。噂くらいしか聞いたことはなくて実物は初めて見たんですけど、こんなに魅力的な石を見られて俺は幸運ですね。それにこんな綺麗な石が無価値なわけないじゃないですか!」
「…無価値じゃ、ない?」
「そうですよ!そこに在るだけで、見ているだけで幸せになれそうです。神聖力がなくても、この石は十分魅力的だ。それにホラ、見て」
ぐいっと抱き寄せられて驚くも、彼に見てと言われた石を覗き込む。それは神聖力がなくとも光を取り込みキラキラと輝く石があった。
「ただの光でもすごい綺麗なんです!」
そう言って嬉しそうに笑う彼こそがまるで光のようだった。
間抜けにもポカンと口をあけて見入っていれば、彼は何を思ったのか私を見て慌て始める。
「あ、もしかして目が…すいません!俺、無神経なことを…」
あぁ、なんだ。目の包帯のことで見えないと思ったのか。そんな事、別に初めて言われたわけでもないのに彼の優しさにじんわりと心が温かくなる。芯から冷え切っていた心も身体も、光を得てポカポカしてくるようだ。彼を見ていると顔が熱くなる。なんだか赤く染まっている気がして思わず目を逸らした。
「こ、この包帯は…私は天使族だから、充分見えているよ。大丈夫。その…心配してくれてありがとう。……すごい、綺麗だね」
もう一度彼の光のような笑顔が見たくて、顔が赤いのがバレるのを覚悟で前を向く。そんな私の心配をよそに彼はやはり、光のような笑顔を見せた。
「はいっ!すごく綺麗なんです!」
もちろん彼は石のことについて言っているのだけれど、私には彼こそ綺麗で新しい光で…まるで道標のようだった。
「……じゃあ、その石あげるよ。ちょうど君の瞳と同じ新緑色だ。すごく、綺麗だから」
「えっ、いいんですか……?」
「いいよ。…その代わり、また会いに来てくれるかい?」
どうしてもまた彼に会いたくて、取引のような事を言ってしまった。天使がこんなこと、軽蔑されるだろうか?それとも失望?でも彼はきっと…
「え?そんな事でいいんですか?もちろん、また会いに来ますよ!あれ…でもここ一般人は立ち入り禁止じゃ…」
そう言って笑う彼は本当に綺麗で
「…見つけた。私の光…」
「?何か言いました??」
「なんでもないよ。さぁ、もうお行き。門が閉まってしまうよ。次に来る時はコレを見せれば通れるから」
そう言って首から下げて居たクロスを彼に渡す。本当に石が好きなのだろう、彼はクロスについた神聖石にまで瞳を輝かせて見ていた。
その様子が愛らしくて思わず笑う。
彼の手を引き、出口まで案内すれば彼は元気よく手を振って去っていった。
彼が見えなくなる前に目元の包帯を取り、直に彼の姿を瞳に焼き付ける。
「……愛し子よ。ありがとう。待ってるからね」
例え神獣様がお応えくださらなくとも私は私だ。
そんな当たり前のことを彼に会うまで忘れていたとは。
毎日仔細まで神獣様に指示されていたわけではないのだ。今は平和だから、神獣様もお休みになっているだけなのかもしれない。
そう思えば今までの身体の重さはどこへやら、大きく羽ばたき久しぶりに空へと浮かび上がった。平和な神の国を見下ろす。光に照らされたこの国はとても綺麗で、キラキラと輝いていた。
「あぁ美しき世界よ」
私の光になってくれた彼の名を聞き忘れたことを後ほど思い出し、後悔でまた祈りの間に引きこもったのはまた別の話し。