Episode名無し鬼+待雪
鬼雪
「……待や、待雪」
呼ばれた。鬼様の声。
ふっと意識が浮上し、鬼様の元へ駆けつける。
「はい。待雪はここに居ります」
廊下を走ってはならぬよ、転んで怪我をしてしまうから。
大きな声で返事してはならぬ、喉が枯れてしまうから。
鬼様に教えられたことを守りながら過ごす日々。
父と暮らしていた頃はどうだっただろうか?
あまり思い出せない。
「新しい菓子が手に入ったでの。お食べな」
鬼様は待にお菓子をよくくださる。
今日のお菓子は少し大きい。どう食べようかと思案していると気づいた鬼様が細かくしてくださった。
その大きな手に撫でられながらお菓子を頬張った。あまいあまいお菓子。
ーーー鬼様があまいお菓子というから、これはあまいお菓子だ。
コロコロと口の中で転がるお菓子
鬼様は笑う
頬張ったせいで汚れた口元を鬼様が拭ってくれた。
「そろそろかのぉ、あぁ楽しみじゃ、楽しみ」
鬼は笑う。
「待を召し上がるのですか?」
そう聞けば声をあげて笑った。
「いいや、待はもう食べぬ。ずぅっと鬼と一緒に居ような?かわいい待雪」
鬼は笑った。
たくさんの目を笑みの形に変えて。
ーーーー少女の前には血に濡れた皿。“まだ”食べられていない人の手足。
鬼様が嬉しいと待も嬉しい
以前のことなど忘れてしまえ。そう鬼様がおっしゃるからもうぼんやりとしか思い出せない。
“他の鬼子達”も一緒にお菓子を食べる。
「これこれ、喧嘩するでない。まだ沢山あるでの」
思い出さなくていい。
今が、とても幸せだから。
ーーー幸せ?幸せとはいったいなんだっただろうか
少女の額には以前にはなかったコブがあった。
そう鬼と同じ、角のような…
※鬼となればもう成仏することは出来ない。鬼になるといっても使い魔で、鬼に不要とされれば消えてしまう。また、名無し鬼と同じ世界の制約を受ける。