すきなひとはだれですか すきなひとはだれですか 漣
いつも無地のシャツにジーンズ。
黒くて長くて艶のある髪は雑に結われてちょっぴり七三気味だ。 普段はしてないけど、番組の打ち合わせのときにはメガネをかけたりして、その姿がまた知的でヤバいんだ。
メガネを取ったら美人。なんて言うけどこの人はメガネをかけたら十割増しのイケメンになっちゃうからどうにかして欲しい。(もちろんかけてなくても超絶爆イケだけどな!)
そんな普通な格好なのに雑誌の中のモデルみたい、ううん、モデルなんかよりもっともっとかっこいい! 服だっていつも黒かグレーとかのシャツだったりトレーナーとかなのになんでこんなにこの人はキラキラピカピカしてんだよ、きっとオレの学校のクソダサいジャージだってかっこよく着こなすに違いない。
着る人を選ばない、ごく普通の服のはずなのに こんなに素敵に着こなされたら凡人(オレ含む)はこれから何を着たらいいんだよ、 でもこの人が着るのはオレには似合うはずもないハイブランドなんだろうな、きっと。
「どっ、どこのブランドですか?」
思い切って聞いてみた。
話すきっかけを探して探して、どうにか見つけたどうででもいい話題。
ぶっちゃけ話しのネタなんて何でもいいんだ。一言でも言葉を交わせたらそれでいい、 だからと言って、目を見開いて鼻息荒くしそんな事聞くなんて、キモいやつって思われてないかな?
「ん? ブランドってなにが?」
「あっ…あのっ…!」
聞き返されるなんて想定外だから!
「ん?」
くあっ! キョトン顔! キョトンとしててもカッケェ! うわぁ、じっとオレの目を見て待ってくれてる、ひん、カッケェ。
「ふっ…ふっ、服っ!」
声が裏返ったぁ、なさけねぇぇ〜
「くく、ダイジョーブかよ、少し落ち着け?」 「は、はひ」
「えーと、どこだったかなぁ、ユニクロかーGUかー、もしかしたらシマムラだったかもしれないかな? あ、こないだドンキで買ったやつかも」
別に服に興味ないし、適当に売ってるやつ着てるだけだけど?
ってまたキラキラしたイケメンスな笑顔、うわ! 眩しい! え?え?ユニクロ? GU? まさかのシマムラにドンキ? この人が着るとすべてがパリコレみたいだ。パリコレ見たことねぇけど。
こんなにかっこいいのに全く鼻にかけないし、すごく気さくに接してくれるんだ。 オレの周りなんて、一応人気がまあまぁそこそこそれなりにあるっていうだけで、ただの子供のオレにすら媚びてくる大人ばっかなんだぜ? そんな大人たちとは全然違う。こんな俺にも普通に接してくれるんだ。
あー、この人は存在そのものがハイブランドなんだな。
「うわぁー! ズルすぎんだろぉ、カッケェ」
あぁ…好きだ。
きっかけは何だったのか、気付いたときにはもうこの人しか見えてなかった。でも好きになんのに理由なんている?
『場地圭介』さん
イベント会社? なんたら運営の人? あんま知らないけどテレビ局の仕事もしてる人で、月に一回か二回日くらいしか会えない人。
一見モデルかタレントか、始めて見たときにはてっきり共演者だと思って挨拶したら、「アイドルの松野くんがただのサラリーマンの自分に敬語はやめて欲しい」って言われちゃった。 これは自分でも不思議なんだけど、人を見たら疑ってかかれ。って思ってるオレなのに何でか場地さんだけは初対面から身構えることを忘れてしまってたんだよな。
顔はぱっと見怖いし(またそこがカッケェ)決してとっつきやすいとは言えなのに。(そうじゃないと困るし!) サラリーマン? アイドル? そんなん関係ないよ。憧れちゃったんだもん、相手がどうであれ尊敬する人には敬意を持って接するのがオレのポリシーなの。
「だからぁ、松野くんが俺なんかに敬語なんて使う必要ないッスよ? 言ってるでしょう? 俺はただの」
「「サラリーマンなんですから」」
「はい、聞き飽きました笑」
最近は会うとこればっかりなんだもん、月に一回しか会えないのに「おはようございます」の前に言うことじゃなくない? テンション下がっちゃうよ。 「それなら! 場地さんもオレのこと松野、じゃなくて千冬、って呼んでください?」
何が「それなら」なのか分かんないし。
「……うーん、それで敬語やめてくれるなら?」
「やった! ね! ね? そんな事より言ってみて! 千冬、って」
場地さんの声で千冬って言われたら死ぬかもしれない、いや、死ぬ。確実に!
早く早く! 名前を呼ばれると思ったらワクワクが止まんねぇ。イケボで呼び捨てにされる自分を想像したら敬語なんてどっかにふっとんだ。 その甘い低い声で、早く!
すう…
かすかに場地さんが息を吸う音がして口が「ち」のカタチになる 「ち」(ち) 「ふ」(ふ) 「ゆ」(ゆ!) 場地さんの口の動きにあわせてオレも一緒になって追いかけた。
「くん?」
ガクッ、
「じゃなくて! ちふゆ! って呼び捨てしてよ! はい! ち!ふ!ゆ!」
好きな人には呼び捨てされたいじゃん!?
「クハッ、必死。なんでそこまで?」
そりゃ必死にもなるよ、オレにとったらその声で名前で呼んでもらえるだけでも幸せなんだもん。それと…
「だって! 場地さんは龍星を名前で呼ぶでしょ? 何で? 龍星のこと好きなの?」
オレのマネージャーの龍星の事を呼び捨てしてるじゃん!
「ゲッ、何でそうなるんだよ、違ぇワ! キショ! 冗談でもやめろ」
テンパって敬語忘れてる場地さんもカッケェ! 「じゃ、なんで?」
「んー、まぁ…隠すことでもねぇけど…どーすっか…いや、でもオマエ…」
「?」
言いにくいことかな? 何? 何があるの? ていうか! 聞いた? オマエ、だって! オレのことオマエって言ったよ! ギャー! 落ち着けオレ!
「誰にも言うなよ、とは言わないけど人には言うなよ?」
「ナニそれ」
秘密を共有するこのワクワク感というか、共犯者っていうか、一気に場地さんが近くなったみたいでドキドキする!
「昔、な。一緒に仕事してたことがあんだよ」 近所のカッコイイお兄さんに悪い事教えてもらってるみた…は?
「って! ナニそれ!!!? 知らない!」
龍星と? 仕事って? どこで! 何を!
「ズルっ…い、……あれ? 昔って龍星がこっち側だったときってこと?」
「まぁ」
「場地さんこっちの人だったの?」
「……」
龍星は今でこそ口うるさくてエラそうで、人のことバカにするしエラそうだし。褒めるどころかけなして落としてタレント(オレ限定!)を商品としか思ってないエラそうなマネージャーだけど!
アイドルだったときがあるって聞いたことがある。 「ひで、どんだけ嫌いなんだよ、龍星の事。ウケんワ」
「あ」
ムカつきすぎて声に出たわ。つかシレっとスルーされた?
「そんなに毛嫌いすんなよ、アイツあれでも? 仲間思いのイイやつだぞ?」
オレにはあんま言いたくないのかな、
「……場地さんはアイツの味方ですか」
場地さんが話したくないなら無理には聞かないけど、場地さんが龍星を庇うのは面白くない。
「味方って、別にそんなんじゃねぇケド。腐れ縁ってだけ」
龍星がオレの知らない場地さんを知ってるのも面白くない。
オレの知らない龍星がいるときの話を場地さんがするのも嫌だ。
「俺が昔そっち側だったって事は知ってる奴は知ってるし、知らない奴は知らない。まぁ隠してる訳でもねぇから知られたところでどうともならないけどな」
「仲…いいんすね、龍星と」
龍星も場地さんも、二人で話してるときは素だもん、親友? 相棒みたいな信頼感すらあるもん…
「アイツとはガキんときから色々あったからな、多分俺の事イチバン知ってんじゃね?」
場地さんにそこまで言われる龍星が羨ましくて憎らしい。龍星のことは嫌いじゃないけど嫌いになってしまいそうな自分にもイラついてしまうし、そんなオレを見透かされそうで場地さんの目を見ることができないよ。
「場地さんにとって龍星は大切な人なんだ……」 「んー…そんな大げさなもんじゃねぇケド、まぁそうだな。大切…かな」
オレだって場地さんのコトが知りたい。
いちばんは千冬だって言われたい。
「場地さんは、オレのこと知ってますか?」
◇◇◇◇
「捨てられたウサギみたいだったな、でっかい目をうるうるさせて自信なさげに言うんだけどさ、知ってるも何もアイツのこと知らねぇ奴のが珍しいだろ?」
あの時の千冬を思い浮かべると胸の奥がチクッとする、これは何だ。
「あー、ははは…何かうちの千冬がごめんね? 多分そういうことを行ってんじゃないと思うけど……」 「ホントにアイツ可愛くね? は? てかうちのってなんだよ、アイツはお前のもんじゃねぇだろ」
マネージャーだから当然だろうけど、保護者面されんのはどうも気に食わねぇ。
「はぁ……(メンドクサ)」
「で、最近どうなん? 千冬」
あの日どうも様子がおかしい千冬に何度か声をかけたけど、ずっと上の空だったし、帰るまで何度かすれ違ったのに目を逸らされた。 何かしてしまったのかと思ったけど思いつかねぇ、何なんだよ。
────
『十年に一人、いや! それ以上のダイヤモンドがいた!』
急に連絡を寄越してきたと思ったら電話口でクソでかい声で叫ばれた。
よっぼどじゃないと感情を見せないコイツが鼻息荒くしてるもんだから、流石に俺も少し興味が湧いたのを覚えてる。
『松野千冬十五歳』
数年前龍星がスカウトした現役高校生アイドル。 コンビニの駐車場で大勢にボコられてた千冬を助けたら逆に噛みつかれたって笑ってたけど、なんでそっからこーなったのか、大勢にボコられるってナニしたらそーなんだよ。
『だってさ、リーゼントにボンタンはいて、どんだけイカツい奴だよ! って顔見たらまぁ可愛らしくてさ!』
リーゼントにボンタン……たしかに今の千冬からは想像できねぇな。頭はヤンキーの名残の金髪だけど、いつもきらきらしてて誰にでもシッポ振って愛想はいいし。
俺を見つけたときだって、いつも千冬はでっかい目をもっとでっかくして、一段とキラキラしながらそのシッポを千切れるほど振って走って来るんだ。
『でも手懐けるのに苦労したよ、なかなか心開いてくんないし』
そんな奴をどうしてアイドルなんかに、の前にそんな奴がどうして龍星の誘いに乗ったのか…
『凶暴な野良猫だね、人はみんな敵だと思ってるよ、あれは』
そんな野良猫に初見から懐かれた俺。
『うわ、千冬がそんな顔すんの初めて見た』
龍星から紹介された千冬が俺に向けた笑顔、龍星のやつイスから転げ落ちてたな。 俺のどこが千冬に刺さってどこが気に入ったか分かんねぇけどどうやら俺は合格だったらしい。
それ以来凶暴な野良猫は、俺の前限定でおとなしい飼い猫になった。(龍星談)
俺は向けられる感情には敏感な方だと思う。これは自惚れでも自意識過剰でもなくて、おそらく、多分、きっと、千冬は俺のことが好き、なんだろう…な、と。
◆◆◆◆
「ねぇケースケくん、聞いてんの?」
そんな可愛い千冬をダメ元でスカウトしてみたら上手いこと釣れたって訳で。
「んあ?」
「そのウサギさんが拗ねちゃって拗ねちゃって、もう大変なんだから。何で場地さんの事だまってたんだ! 昔何があったの? って。ナニ? 言わなかったの? ケースケくん」
「昔の話だし、お前が話してないなら俺が話すこともねぇ、俺が言わなくても知ってたぞ?」
オマエのことだけだけど。
昔の話。
俺も龍星も十年五とちょっとくらい前にアイドルまがいのことをしてた、ってだけだ。
龍星は持ち前のコミュ力の高さと根っからのアイドル体質で、俺から見ても天職だった。 それに比べて歌もダンスもなんとなくやってた俺は正直アイドルってやつに何の魅力も感じなくて、高校卒業と同時にスッパリ辞めてやった。
それ見た龍星が「ケースケくんいないとつまんない」って後追って辞めたときにはマジでコイツばかだな、って呆れたもんだ。
まぁ今はお互いマネージャーと運営側なんて、結局逃げたかった芸能界と離れられてないんだけどな。
コレが千冬の知りたかった昔のハナシ。
だけどそれを言わず、何かを言いたげに俺を見てた千冬をかわしてその場を離れた。
そんなイイ話でもないだろ、今をときめく千冬には必要ない事だ、俺がそっちのニンゲンだったことも今ではもうどうでもいいんだから。
「アイツにくだんねぇこと言うんじゃねぇぞ、俺とアイツは世界が違う」
必要ないことは知らなくてもイイんだよ。
「世界ねぇ、でもさ? 千冬の気持ちは千冬のもんだからね、それはケースケくんでも勝手に決めないでね?」
「は?」
コイツのこーゆートコ。 何が言いたいのかサッパリ分からん、だから頭の良い奴は嫌いだ。
「千冬はさ、ケースケくんが好きなんだよ」
「……ぉぅ」
知ってる
「その千冬をね? ケースケくんが千冬の知らないとこで否定しないで、ってコト」
「はぁ」
分からん
「もー、だから! 千冬に何か思うところがあったらちゃんと千冬と話してね、ってこと! 千冬が何も言わないのにフるのとかナシだからね!」
あー、そーゆー?
「話すとか、フるとか、何もねぇから安心しろ、俺らは何も始まんねぇから」
始まる? ナニが?
「いくらケースケくんでも千冬泣かしたらキレっからね、俺。これはマネージャーとしてだけじゃなくて兄キとしても」
「はっ、ナニが兄キだよ。とーちゃんの間違いじゃねぇの?」
そうだよ、俺と千冬は十コ以上も歳が離れてんのにねぇだろそんなん、その前にアイツはアイドルだ。俺みたいな一般人のオッサンに引っかかってる場合じゃない。
「始まる訳にはいかねぇんだよ」
◇◇◇◇
昔馴染みには好きな人がいる
歳の差がどうとか、住んでる世界が違うとか、どっからどう見ても両想いなのに(ケースケくんも分かってんでしょ?)なんでこうもメンドクサイのか。
「アイツはさ、誰に対しても礼儀正しいとことか、謙虚で素直で、人気アイドルなのにずっと素人みたいな素朴さが可愛いんだよ」
ベタぼれじゃんか……
「千冬って愛想よく見えるけど嫌ってる人間には相手が誰であってもクソほど塩だからね? 平気で悪態つくし目に見えて牙剥くし。俺いつもヒヤヒヤはらはら生きた心地がしないんだから」
そんな可愛いだけじゃないんだよ?
「いや、それはソイツらがワリィだろ? 千冬は理由もなくそんな事しねぇ」
ケースケくん、千冬の何を知ってんのさ。恋は盲目って知ってる?(あ、盲目って読める?) 眠いから人殴ったりしてた人がよく言うよ……
「俺はアイドルの松野千冬には興味ねぇ、松野千冬っていうニンゲンが知りてぇだけ」
『オレのこと知ってますか?』
千冬のその言葉はそれなんだよ、気づいてる?気になるって事はね、もう「すき」ってことなんじゃない? ケースケくん。
本音を言うとタレントに手を出させるわけには行かない。もちろんタレントからは言語道断!
タレントは商品だ。スキャンダルなんて商品価値が下がる、下がるだけで終わればいいけど価値がなくなる場合だってあるんだ。
金と時間をかけ、コネをフル活用して作り上げた商品を掻っ攫われでもしたら損害賠償モンダイだ。 でも、この二人を見てたらそれもいいのかも、とかマネージャー失格な事も考えてみたり。
千冬は初めてケースケくんに会った時からケースケくんしか見えてないみたいだけど、ケースケくんはどうなんだろうな、俺が見てる限り何かあったようには思えない。 でも明らかにケースケくんの心は千冬に向いてる。
俺が磨き上げた千冬が、俺の戦友とも言えるケースケくんと。って考えたら損害の心配よりも応援したくなる気持ちが大きくて、そんな二人を見てみたいなんて。
バレたらクビだろうなぁ、それもいいかもしれない。
俺の好きな奴らが幸せなら俺も幸せってことだろ? あいつらが笑って二人で過ごせるなら俺の首なんて安いもんだわ、あ、でもケースケくんには「息子さんを下さい」ってやってほしいな、そうしたら仕方ないから千冬をあげるよ。
娘(息子?)を嫁に出すのってこんなんなんだなぁ
────
「いやぁ! 絶好の温泉日和だねえ!」
「何テンション上げてんだよ、普通にあちぃワ」
こっちにひとりの七三メガネ
「こんな日に温泉なんてアタマおかしーんじゃねえの」
あっちに不機嫌(元)ヤンキー
てゆーか、え? ナニ? この空気
「(千冬、あんなに楽しみにしてたロケじゃん、何? 嫌なの?)」
コソッと耳打ちする俺を軽蔑するみたいな目でひと睨みしてそっぽを向く千冬。
この仕事が決まって今までにないくらい喜んで張り切ってたでしょ? なのになんでそんなに不貞腐れてんのさ。
「ケースケくんも! 仕事で温泉入れるって喜んでたじゃん!」
大声だけど控えめに訴える俺を見て迷惑そうにメガネをかけ直すケースケくん。
当初スタッフは別宿の予定だったんだけど、あんまりにも秘境過ぎて半径ニ時間以内に宿がいっこもないらしく、仕方無しにタレントは新しい新館、スタッフは年季の入った本館に宿泊ってことになった。決まった時は「酒! 温泉!」って喜んでたじゃん…
少し前に千冬がおかしくなったと思ったら続いてケースケくん。そっから二人に何があったのかは知らないけど、明らかにギクシャクしてる。 でもやっぱり二人が俺抜きで会ったとは思えないんだよね……
目の前の二人は他の人からしたら何もないように見えるだろうけど、俺からしたらおかしい所だらけだ。
まず千冬。いつもケースケくんを見つけたら千切れんばかりに振り回すシッポは垂れて足の間に挟まれてる。
ケースケくんを見ては目を逸して、そのくせ逸らすたびに泣きそうだ。
次はケースケくん。目が合いそうになると逸らす千冬を目で追っては何か言いたそうに口を閉じて、いつも一か十か! のケースケくんなのにこの煮え切らない態度は何だよ。
普段七三にしててもダサメガネ掛けてても醸し出すイケメンオーラが隠れきってないのに、今日は見たまんまのダサ男になってるよ?
千冬との間にケースケくんのオーラを消すほどのナニがあったのさ。
「おはようございます」
「…はよ」
旅館のロビーで部屋の鍵を配ってるケースケくんと受け取る俺の横で、所在なさげにあちこちに目線を彷徨わせる千冬の目がタイミング良く? ケースケくんと合ってしまって仕方なく交わす挨拶もぎこちない。
「はあ…」
千冬はケースケくんが好き。
ケースケくんも千冬が好き。
マネージャーの俺は二人を応援したい
1+1が10にも100にもなる恋なのに二人とも何をそんなに迷ってるのか…
「……何があったの?」
「あ?」
うわぁ…機嫌わっる!
「ケースケくんおかしくない? ……あと千冬も」 「は?」
ちょっと、人でも殺しそうな目で見ないでよね。 「あのさ! 何があってそんななのかは知らないけど! このロケがコケて困るのはケースケくんだからね? うちの子巻き込まないでくれる?」
巻き込まれたのはどっちだか知らないけどね。 「何かあったほうがマシだワ、おかしーのは千冬だろ? 俺んことシカトしやがって、何あった? 聞きたいのはこっちだっての」
……巻き込んだのは千冬か、
「だったらケースケくんはいつも通りしててよ? 変に気遣ったり避けたりしたらどんどん悪化するだけだからね!」
うちの子は世界一メンドクサイんだってば。
『すいませーん! 雨降ってきたんでいったん待機で!』
「雨? あんなにはれてたのに。山の天気は変わりやすいってホントなんだ」
俺らの会話を遮ってADの声が響いた。
外を見ればなかなかな大雨。到着後、旅館周り散策の撮影の予定だったけどこれじゃ無理だな、ここの売りの露天風呂も同じく。
温泉旅館はここだけで、周りに店もない。おとなしく部屋で待つしかないってことか。
「龍星、鍵」
千冬が手を出す、ソワソワしてこの場を早く離れたいのが見て分かる。 あんなに楽しみにしてたのにそんな顔しないでよ。
「俺はまだ打ち合わせあるから、ちゃんと鍵閉めてよ?」
昔ながらの部屋の鍵。アクリル製の四角い棒に部屋番号、ケースケくんの好きな昔の火サスで見たことあるやつだ。
「分かってるよ」
「チャイム鳴らしたらちゃんと開けてね」
関係者だけとは言っても何があるかわかんないからね、千冬は知らないだろうけど千冬をそういう目で見てる奴もいるし、念には念を、ってやつだ。
「じゃ」
最後の言葉には返事をせずに千冬は足早にエレベーターホールに消えていった。
「荷物くらい持ってってよ…」
連れてったのは身に着けてきたボディバッグだけ、台本だって持ってないでしょ?
この宿は時計もテレビもない夜はランプの光だけの旅館で娯楽はスマホだけ、そのスマホも怪しいくらいの山奥なのにどうやって時間潰す気?
「ヒマだ!」って暴れださないでよ?
「寝てて締め出しとかやめてね」
これまで何度となく食らった締め出しを思い出しながら俺もスタッフの待つ大広間へ向かった。
◆◆◆◆
ブーッ
ブーッ、ブーッ
「んあ…、寝てた…?」
時計…スマホ…、どこだ……
「え、真っ暗じゃん」
うるさいブザーに起こされてスマホを探すけど部屋の中は真っ暗だ。
えーと…ロケ先の温泉、ここは泊まる部屋で…、部屋に入ってからの記憶がない。
部屋に入るなりソッコー寝たってヤツか…、部屋の隅でスマホの通知を知らせる光がチカチカするたびに放り出されたカバンを照らしてる。
「いってぇ」
何も敷かずに寝てた身体がキシキシと痛い。 実家の部屋は畳でそこで昼寝なんて当たり前だったのに、ベッドに慣れた身体は悲鳴を上げてる。
「情けな」
コキコキと首と肩を回して伸びをするとあちこちで骨が鳴る音に笑えた。
ブーッ
「っるさいなぁ、そんなに鳴らさなくても聞こえてるっちゅーの!」
打ち合わせが終わって龍星が帰ってきたんだろ、あと一回鳴らしたら殴る。
スマホをジーパンのポケットにねじ込みながら立ち上がると相変わらず骨があちこちで鳴いている。 ブーッ
もう一回鳴らしたら蹴りも入れる。
ブーッ
「うっせぇ! 聞こえてるって言ってんだろ!」
決めた、シメる!
ブーッ
プチン
「だーっ! いい加減にっ、」
ブチ切れて鍵を開けようとした時、ふと龍星の言葉を思い出した。
『ドアを開けるときは必ず相手を確かめてね、覗き穴と声で絶対確認して! 俺だと思っても! だよ!』クソ、しっかりと教育されてる自分に腹立つわ。 「あ? 龍星だろ? 覗き穴ねぇけど分かってっから。開けるぞ?」
「……」
数秒待っても返事がねぇ。
「龍星ー! お前の遊びに付き合ってらんねぇんだけど?」
それでも言いつけ通り待つオレ、エライだろ? それでもイラつくもんはイラつく、
「りゅー…」
「千冬?」
えっ?
ガタッ
ドアの向こうから聞こえた声が予想してたモノと違って思わずノブを掴んだ。
鍵がかかってるのにそれでも怖くて、オレは無意識に力が入る手でノブを思いっきり引いていた。
「なんで……?」
コン
控えめにノックが一回、ダメ…むり…
コン、コン
気遣うような強さで今度は二回。
「千冬? いるんだろ、ちょっと話さないか?」 「場地さん……」
─────
こないだからオレは変なんだ。
場地さんと龍星の二人にはオレなんかが触れちゃいけない絆があって、二人にしか分からない思いがあるんだ、って。 誰も悪くないのに勝手に嫉妬して拗ねて、場地さんにも龍星にも素直になれないでいる。
あの話だけでこんなに嫉妬するなんて自分でもおかしいって思うけどさ、場地さんのイチバンが龍星だなんて許せないんだもん。
今場地さんと喋ったら言っちゃいけないことまで言っちゃいそうで怖い。
場地さんは優しいから怒らずに聞いてくれるだろうけど、本当はオレみたいなガキの相手なんてしたくないはずなんだ。
「な、なん…ですか…? 龍星は?」
…………
ガンッ
「ひっ、」
「今俺が話したいのはオマエなんだけど?」
さっきの優しいノックとは違って荒っぽくドアを叩いた場地さんの声は少し怒ったような低い声。
「オ、オレは何も」
「何もねぇって? ならなんで俺を避けんだよ」
「避けてなんて…」
バレ てるよな、そりゃ。
「……じゃあ開けて?」
開けて、話して、それでどうなるの?
「話なんてない」
「俺はある」
「オレはない!」
「千冬っ!」
コツ……
「頼むから……」
ドアの向こう、懇願するような声が聞こえる。オレもドアに額をつけるとすぐ近くに場地さんを感じた。
「場地さん……」
あぁ、やっぱりこの人が好きだ。
低くて甘い声に呼ばれる名前が特別な物に感じる。
場地さんが誰の事を想っていてもオレは場地さんが好きなんだ。
カチャ
「千冬、」
「あ……っ」
震える手で鍵を開けて握ったノブは、オレが回す前に強く引かれた。
「わっ、」
予想もしてなかったその動きに引かれるまま前に倒れたオレをたくましい腕が抱き留めて、ドアに隠れるように素早く場地さんが中に入ってきた。
「千冬」
いい匂い。
今オレは場地さんに抱きしめられてるの? 自分でもわかるくらい心臓が早く動いて口から飛び出そう。
トクトクトク
「あ、場地さんもドキドキしてる……?」
オレほどじゃないけど場地さんの心臓も忙しく動いてる。
「そりゃそうだろ、好きなやつ抱いてんだから」
はぁ、って大きく息を吐いてオレの髪に顔を埋めて…、
「えっ!??」
「でっ! てめ…」
なんて言った!? 聞き間違えかと勢い良く上げた頭が場地さんの顎にクリティカルヒット。
「あ、ごめ…、え? 今…何…好き……? え?」
「落ち着け」
逆に場地さんは落ち着きすぎじゃない?
「よく聞け、結論から言う」
落ち着いてるけど、場地さん、緊張して…るの? 「ちゃんと言う、よく聞け。俺は、お前が、好き。だ」
ブワッ
体中の毛が逆立った。
「文句は後から聞いてやっからもう少しこのまま」 うわ…うわ…… 落ち着いてきた場地さんの心音とは反対に、抱きしめられたままのオレの心臓はどんどん早くなってこのままじゃ本当に飛び出る。
「ふは、すげぇ音」
「フグっ…」
そしてあろう事か場地さんの耳がオレの胸にぴったりとくっついた。
「あ…あ……あ…ぁ、」
「オマエのシンゾーヤベェ、千冬はめちゃくちゃ俺が好きなんだなぁ?」
犬歯を惜しげもなく晒してニカッと笑う、そんな顔初めて見たよ。
「あのさ、オマエ変だったのさ…俺のせい、だろ? 龍星とはマジでなんもねえから、あってたまるか」
嫉妬もお見通しって訳なんだ、ん? あれ?
「場地さん! オレ、場地さんが好きって……?」
言っ…た? え? なんでバレてんの?
「やっとしゃべったと思ったらなにキョドってんだよ。なんでバレてんのか、って? ダダ漏れなんだワ。そんなん分かんねぇほうがバカだし」
チュ…
「ゔがっ」
「なんつー声だよ」
な、な、な、なっ…
「何してっ…、」
ほ、ほ、ほ…ほっぺ!
「何って、キス?」
「ちょっとタンマ!」
もう頭も心臓も心も身体もいっぱいいっぱいで、このまま場地さんにくっついてたら確実に死ぬ。即死ぬ。
茹だった身体で出せるチカラを絞り出して場地さんを押しのけ…られないんですけど!?
「何だよ」
この人のどこにこんなチカラがあんの?? 押し退けるはずが更に強く抱きしめられて今度こそマジで殺される。
「バレバレなんだよ、オマエは。俺を見る目も俺を呼ぶ声も、全部が「場地さんが好き!」って言ってんの」
チュ
「ふおぅ」
「くはっ」
今度は耳っ、なんか…なんか…
「ばじしゃ…キャラ変わってね…?」
「ガマンすんのはやめたの。変な意地張ってっと大事なもんが逃げてくって分かったから」
だから… …
ちゅ…ちゅ…
「ひ…ぁ、ん…」
耳たぶに、首に、唇を避けて顎に。 オレの意見なんて聞きもせずに場地さんはキスをする。 「ん……」
初めての感覚に心も身体もなんだかザワザワしてる。え? オレ今までどーやって息してたっけ?
「ちょっと…ヤバイから、こえ。」
そう言いつつ唇は離れない。 あ…気持ち…… 「ま、待ってよ! 場地さんっ」
今度こそ力いっぱい腕を突っ張って場地さんを押しのけた。
「まだっ、オレは何も言ってない! ちゃんとオレを見て」
オレを見て、オレの言葉を聞いてよ
「……ワリ、ずっと避けられてたオマエが俺を見てるって思ったら、止まんなかったワ」
オマエよりオッサンなのにな? ってクシャって笑う顔はやっぱりカッケェ、どこがオッサンなんだよ。
「ば、場地さんを避けてなんてないよ。顔がちゃんと見れなかっただけで…顔を見ないようにしてただけだし…っ」
「アホ、それが避けてるっつーんだよ」
─────
場地さんは静かにオレの話を聞いてくれた。
思ってること、感じたこと、そしてごめんなさい。 途中、何かを言いたげに口を開いたりしてたけど話を中断されることなくオレの言葉を全部聞いてくれた。
「……ということで…」
「ふぅん……」
少し上から俺を見下ろすように、でも咎めるわけでも馬鹿にするわけでもない。
ニヤリと企んでるような、面白いものを見つけた子供みたいなワクワクを含んだ笑顔でオレを見た。 「な、なに?」 「やっぱり千冬は俺の事大好きなんだなぁ、ってな。俺と龍星が仲いいってだけで拗ねたり? 仲良すぎじゃねぇの? っていじけたり?」 「ゔ…だってぇ」
「そんで勝手に機嫌悪くした千冬になんも悪いコトしてねぇ俺は避けられてたってコト、な」
言い方…意地悪くねぇ? でも、言い返せない。ホントのことだから…
「だって! 場地さんだって! 龍星と仲いいの隠してた!」
「隠してねぇ」
「龍星だって! そんな仲いいのに全然オレ知らなかった!」
「それは龍星に言え」
「あと! あと! 龍星はオレが場地さんの事を好…」 「チョイ待ち、龍星のやつの話しの流れで言うんじゃねぇ、ムカつく」
「んんッ…」
慌てて俺の口をふさいだ場地さんの手は凄く大きくて、少し汗をかいてた。唇にその場地さん皮膚が触れる、ヤバ…なんでだろ、泣きそう。
「ちゃんと俺の事だけ考えて、俺を見て言え」
両頬を包まれて、目線はオレと同じに。目を合わされればその鋭い瞳から目が逸らせない。
ドクンッ 身体の中で何か大きなものが膨らんでドンドン、と鳴っている。 何かを考えようとすると耳の周りでも大きな音が鳴り出して、それが心臓の音だと気づくのに時間はかからなかった。
「クッ、やっぱりスゲェ音」
フニっと頬を強く挟んだあと左手はオレの心臓の上に置かれた。そして自分の鼓動が場地さんの手で跳ねて返ってくる、そこは自分が思うより大きく脈打ってた。
「だ、だって、場地さんが触るから…」
「どこを?」
今度は右手の長い指がオレの顎を摘む。 少女漫画で見た顎クイってやつだ……
「なぁ、どこ触ったら千冬がこんなになんの?」
トン… 場地さんの左手が壁を押す。
か、壁ドンだ……ち、近い。 肘まで壁につけられた腕によってほぼ抱き込まれる状態だ…、これも少女漫画で見たやつ。
今日、今の今まで顎クイも壁ドンもオレがが女の子にするつもりのはずだったのに、それを場地さんにされてドキドキしてる。まるで漫画のヒロインみたいに。
頭の中はパニックなはずなのに冷静に分析してる自分がいて、人って極限になると落ち着くってホントなんだな。
「……、ナニ? こんな時に考え事? ヨユーじゃん」 「ひっ」
気づけば場地さんが目の前で、喋るたびに息がかかる…。しぬしぬしぬしぬ!
「それは俺のこと?」
「ひぃ…」
鼻先が触れた、誰か、もう一息に殺してくれ…耐えられない。 壁と場地さんの胸に挟まれて、顔は数センチどころかもうくっついてる。 オレが何か喋ったら唇だってくっつきそうで動くに動けないよ。 「教えろよ」
「あ、ちょ…そのっ、ま……っ」
そうしたいのはやまやまですけど!(泣)
「ク…クク…、アハハハハ」
我慢できずに場地さんが吹き出した。
「なっ……」
「必死すぎんだろ、その顔!」
「なっ、人が真剣にっ」
「……かわい」
パク
まさにパク、ってカンジだ。
「っ!」
目の前で場地さんが口を開いて、尖った犬歯に目を奪われたその時…
じゅ…
「ん……」
キスなんて可愛いもんじゃない、形のいい唇に唇ごと食われたっ!
「ふ、ん…」
「スキあり」
……反則だ、いたずらっ子みたいな笑顔。
ぺろ…
「あ……あっ、は…ま…え…」
さ、さっき……何…え?
「何だよ(笑)」
「しっ、し、し、ししっ…舌っ」
厚い場地さんの舌が…お…おお…おれ…おれの… 「ちょっとしか入れてねぇだろ、初めてじゃあるまいし、そんな騒ぐなよ」
は……?
「は、は、は…は、初めてだわっ! ばかっ!」
だって好きになったのだって場地さんが初めてなんだ、キスなんてしたことないに決まってる!
ちょっととかそういう問題じゃねぇから!
「マジ…? キスしたことねぇの? は?」
悪かったな!
「場地さんと一緒にしないでよね、そりゃ場地さんはモテるでしょーし? 彼女だって美人ばっかで!? きれいで可愛くて? でもっ、でも!」
ずっと思ってた事を吐き出すともう止まらなくて、言葉と一緒に涙まで溢れそうで最後には場地さんの胸に顔を押し付けて叫んでいた。
顔も知らない場地さんの彼女。
色んな事をたくさんしてきたんでしょ?
なのに…なんでオレ……?
きっとからかってるんだ、でなけりゃ場地さんがオレを…好き、だなんてあるはずがない。
「千冬ぅ」
場地さんの声が身体を伝ってダイレクトに脳に届く。そんな甘い声出しても許してやんないんだからっ!
「ごめん」
何のごめんだよ。
「千冬のファーストキス、千冬に無断で奪っちまった」
「……。」
女はそれで喜ぶんだろ?
でもそんな女と一緒にすんじゃねぇわ!
「千冬が俺のこと好きでいてくれてるって思ったら止まんなくてさ。ほら、あんなの合意じゃないし、ノーカンだって」
「……最っ低だな、アンタ」
ノーカン? は? ガッツリ舌入れたの誰だよ。 「オレが男だから? オレなら何しても大丈夫だって思ったの? オレのファーストキスならどうなってもいいって…思ったの? 」
最後はほぼ涙声だ、カッコワリィ。でも! 悔しーんだから仕方ねぇし。
「オレが女だったらちゃんともっと大事にしてくれたの?」
でも女になりたい訳じゃないんだ、オレはオレとして場地さんが好きで…
「あー…悪かった。好き勝手して。なんも説得力ねぇけど、さ。千冬はいつも元気でノリよくて…、あーこれは都合のいい言い訳だな。何てーの…千冬なら喜ぶかな…とか」
は? そんな尻軽に思われてんの?
「でも! マジで俺は千冬が好きだからっ」
チョーシいいこと言っとけばオレが喜ぶと…… 「え? ホントのホントに場地さんはオレが好きなの?」
あ? さっきから言ってんだろ」
「オレの気持ちを知って遊んでるんじゃ…」
「あぁ?」
場地さんのこめかみがビクリと揺れた気がした、あ…踏んじゃった……?
「ほら! だって、だってさ? オレ男だしこう見えて頑丈だし? ちょっとやそっとじゃ壊れねぇし? だからっ…」
「だから? 俺はオマエで遊んで揶揄って? 気が済んだらポイって? 俺がそんなことすると思ったん?」 「あ…、ち…が……んっ、」
場地さんの大きな手のひらががっちりと俺の頭を掴んでちょっとやそっとじゃ動かせない、本気で怒らせちゃった……?
「ごめ…ごめんなさ…」
ホールドされてるオレに、少し傾いた場地さんの顔が近づく。あ、キス…され、る?
ちゅ…
「ちふゆ…」
吐く息の中に紛れた名前は自分のものじゃないみたい。
「ん…ぁ…んン」
顔を固定されて耳も塞がれて、聞こえるのは合間合間の二人の呼吸と水分が交わる音だけで、この世界にオレたちしかしないみたいな錯覚。
「千冬」
キスするとき、目って自然に閉じるもんなんだ。 目を閉じるタイミングも息継ぎも、分からないって漫画は言ってるけど場地さんに全て委ねてしまえば関係ない。
「はっ…、倍近くも歳の違う男に惚れてんだよ、冗談とか遊びとかあるかよ、そんな生半可な気持ちじゃねぇワ」
「ばじさ…ん」
好き、好き、好き 頭の中が、身体全部が叫んでる。
「千冬の初めて、めちゃくちゃ嬉しい」
こんなに柔らかく笑う人なのに、なんで疑ったんだろう。オレから場地さんへの気持ちがダダ漏れだっていうなら、場地さんからは俺への愛が溢れてる。
「好き、場地さん大好き」
いつの間にか腰に回された大きな手、オレは場地さんの首に腕を回した。 ぎゅっと抱きついたオレを簡単に抱き上げて、クルクルとまるで王子が姫にするように回してしまう。女扱いされるのをあんなに嫌ったオレなのに嬉しいなんて。
「やっと聞けた。ありがとう、千冬」
「お、れ…おれのほうがありがどぉぉ」
ありがとうなんていわないでよぉ、オレが場地さんにいっぱい言いたいんだ。
「鼻水垂れてんぞ、アイドル様」
「デリカシーないぃぃぃ」
涙もよだれも鼻水だって全部まとめて愛してくれるって分かってる。
「そうだよ、俺はデリカシーもないし気も使えねぇ、言葉を知らねぇからこの先もオマエを傷つけるかもしんねぇ。出来んのはオマエをこの先一生愛することだけなんだけど…」
「だげど……?」
きっとオレの顔中いろんな水分でグチャグチャだ。
「それでも俺と付き合ってくれるよな?」
それでも場地さんはオレを欲しいと言ってくれるの?
「そんなん断れねぇ〜」
「拒否るつもりかよ、フザけんな」
場地さんは片膝ついて今まで見た中でいちばんカッケェ顔で少しだけ頬を染めながらオレの手を取った。 言葉は少し物騒だけどそれは場地さんの照れ隠しでしょ?
「で? 答えは? イエスか、はい、しか受け付けねぇ」
「オーボー」
「フハッ」
「ハハッ」
やっぱりオレらにロマンチックなムードなんて似合わないな。
「場地さん、この先いくつもの障害もあるだろうし喧嘩だってたくさんするよね? 嬉しいこともやな事もいっぱいいっぱいあるに決まってる。でもね、オレは場地さんとなら全然大丈夫!だよ。だってそれは全部二人で分け合えばいいんだもん」
歳の差だってじいちゃんになったら十個や二十個変わんない。
アイドルが恋したらダメなんてそんな法律だってないんだし、ダメだっていうならやめてやる。
「そうだな、それが正解かは分かんねぇけど俺らが幸せになりゃ周りも文句言わねぇだろ?」
「何それ、ゴーイン」
「ゴーイン? 上等上等。ゴーインな俺は嫌か?」 「まさか、超すき!」
「俺も」
ジャンプして広い胸に飛び込んでも、場地さんはすこしもブレる事なくオレを抱き留める。クッソ、超カッケェ。
「オレ、場地さんに会えて良かった。ミラクルでオレを好きになってくれて良かった」
「ミラクルって何だよ」
「ねぇ場地さん? 両想い…好きな人が自分を好きってすごくない?」
オレが憧れて止まなかったもの。それが今ここにある。
「んな魔法かかってたまっかよ、俺がオマエを好きになったんはそうなる運命なんだよ」
運命? 場地さんが言うとホントにそうみたい。ならその運命に身を任せてみてもいいでしょ?
「ん?」
オレと場地さんが想いを確認し合って甘い空気に酔っていたとき、空気を読まない振動がポケットの中で存在を訴えた。
見れば鬼のような着信とメッセージの通知。 差出人はすべて「佐藤龍星」
「うわぁ…ヤベ」
全然気づかなかった…、それほど場地さんしか見えてなかった事に我ながら笑える。どんだけだよ。 「そういや打合せ終わったら帰ってくるんだった、あー、怒ってるだろうなぁ……」
笑顔の龍星がネチネチ説教する姿が思い浮かぶ、だって…気づかなかったんだもん…。
「うは、俺んトコの通知も殺気立ってるワ。うっし、龍星に怒られてくっか? こんな長い間締め出し食らわせてんだ、ただじゃ済まねぇな。でもアイツの説教なげぇんだよなぁ」
「そーなの? 龍星のヤツ場地さんに説教すんの? ナマイキ」
「しょっちゅうだワ」
「最後には説教っていうよりグチとか文句になってウザいし、ヤバいクスリでもやってんのかよ! ってレベルで絡んで来るんだよぉ」
マジでこうなったときの龍星は手がつけらんないんだから!
「それな。でもあいつもお前のために必死なんだよ」
「あ、また庇った」
「アホ、何でもかんでも嫉妬すんな」
だってぇ、もうビミョーにトラウマなんだもん……
「でも、まぁ、そんな説教もめんどくせぇウザ絡みも、俺とオマエなら」
「「半分コ、(な?)」(ですね?)」
HappyEND