「私達、別れましょう」
少しは聞き慣れていた声が紡ぐ言葉を、どこか他人事のように聞いていた。
夜営業のカフェは適度に人が入っていて、ささやかな喧騒が耳に心地良い。薄明るい照明の下、俺はテーブルを挟んだ向こう側、マドラーでグラスの中身をゆっくりとかき回す女へと視線を向けた。
マロンブラウンの髪はゆるく巻かれていて、小さな仕草でふわりと揺れる。ばっちり上がった睫毛の向こう側、大きな瞳は確かに今、俺の姿をとらえていた。
──彼女とは所謂交際関係にあった。たった今、この瞬間までは。
「どうしてって、言わないのね」
「まあ、なんとなく、そんな気はしてたっていうか……」
最近は付き合いはじめた当初と比べれば、会う頻度もかなり少なくなっていた。最初の頃は『此処に行きたい』や『会いに行ってもいい?』なんてそれらしいやりとりだってあったはずなのに。
9534