王神美と鈴音「今日の貢物です」
「悪いな毎度」
「思ってないですねぇ……」
鈴音は王翦から預かった食材を手土産に桓騎邸へと向かう事がある。野盗時代のアレコレが聞きたくて、たまに個人的に遊びに行っているのだ。
桓騎邸に居候している元野盗の兵達。その中に、怪力剛力無双のゼノウ率いる一家もいる。
鈴音は是非その腕力について聞きたいと、今日は好物だと聞いた肉を携えてやって来た。
「と、思ったんですが。言葉が微妙に通じませんね」
「微妙どころじゃねえだろ」
「こんなん戦闘民族だろ」
「……サイヤ人」
お目付役兼保護者として付いてきた宗金、桓騎邸での案内人厘玉。
「お土産です」と肉を差し出した瞬間に引ったくられ争奪戦が始まるのを見ながら、鈴音は噂で聞いていたけどと感心。宗金も初めて目の当たりにするためドン引き。厘玉は相変わらず動じない鈴音に驚きはなかった。ただ、ほんの少しそわついている厘玉が、鈴音と宗金は少し気になっていた。
微かに地面が揺れたように感じ、鈴音たちに影がさす。
「あら、ゼノウ様?」
「…………」
「宗金さん、お土産ちょーだい。ゼノウ様、こちらは貴方様にです。無理は言いませんが、もしよければお話を少しでもさせてください」
一家の長であるゼノウが鈴音の横に立っていた。鈴音は大木のように佇むゼノウを見上げて笑いかけ、宗金にばたばたと手を振る。宗金が背負っていた荷物から、ゼノウ個人用に包んだ肉を取り出す。それを受け取り、鈴音はゼノウににこにこと差し出した。ゼノウは無言のまま、眼球をぎょろぎょろとさせている。
瞼見えないけど乾燥しないの?なんて、鈴音はぽやんと考える。
動かないゼノウがやっと腕を上げたところに、近くから、どさどさと物が落ちる音。そちらへ目を向けると、足元に転がる果物の山。長い髪を下ろした、赤い瞳の女。
「あら、女の方?」
「…………………………どなた?」
「私は、」
「いいえ。いいえ。聞かずともわかっています。つまり、貴女は、泥棒猫。というやつですね?ええ。ええ。わかっていますとも。だってゼノウ様は、とても強くてお優しい……、素敵な殿方なんですもの。ゼノウ様をお慕いする女性がいても仕方のないこと……」
「…………?あの方は何を言っているのでしょう」
「無視していい」
あまりよく聞き取れない赤い瞳の女の呟き。首を傾げると、厘玉は疲れきった、それでいて真剣みを帯びた瞳をしている。
無視しても…って、言われても、たぶんああいったのは無視するとヒートアップするタイプだろうし……。だからといって馬鹿正直に話を聞くのも悪手だなぁ。
鈴音が現代の知識を思い出していると、赤い瞳の女はゆらりと動き出し消えた。
「あのお方は……?」
「王神美っていってな、一応捕虜なんだが」
「捕虜。でも、サキさんもその名目ですが、桓騎様の奥様でしょう?しぇんめい様?も、庇護されているのでしょうか」
「………………ゼノウ」
「……………………………………ゼノウ?」
鈴音の問に、厘玉はいかにもな重い口を開く。桓騎軍にいる女は大多数捕虜なのはわかっているが、それでも違う女がいる。桓騎がそばに置いてるサキがいい例。あの神美という女も、健康そうで馴染んで見えた。そう言えば、絞り出すように落ちた言葉。それに鈴音と宗金そろって首を傾げる。
遠くから、ずるずると何かを引きずる音。何かと見渡していると、いなくなっていた神美が近づいてきている。
「戻ってきま、した…ね…………」
「おい、あの女何引きずってんだよ」
「まさか……」
「ゼノウ様は悪くないのです。強いて言えば、素敵なお方。ということが悪いのかもしれません。でも、罪などあろうはずがないのです。だから、貴女が悪いんです」
「ヤンデレだ……」
「おい逃げるぞ!」
「落ち着け神美!」
ゼノウが使っている、錘型のような棍棒の武器。大男のゼノウが扱う武器らしく、大きく頑丈で重い。雷土も持ちたくはないと言っている。それを、あの女は引き摺りながらも遠くから持ってきた。それを、震える腕で振り上げた。火事場の馬鹿力を目の当たりにして呆然とする。
しばらく恨み節を撒き散らしながら鈴音を追いかける神美。とうとう力尽きて倒れるまで、それは続いた。
「ええ!?王翦軍所属の軍人様?!しかも、王翦将軍をお慕いしている……?そ、そんな……、わたくし早とちりを……。なんて無礼なことをしてしまったのでしょうか」
「好きな人のことになると、前が見えなくなるのは仕方ありません。驚きましたが、被害はありませんし、そう思い詰めないでくださいな」
「鈴音様……!」
敷布の上横たわる神美。その傍らにいる鈴音。誤解は解けて理解し合ったように、二人は女友達らしく笑いあう。それを近くで見守るゼノウ。その後ろで息も絶え絶えに倒れ込む厘玉と宗金、ゼノウ一家の面々。庭はめちゃくちゃで、生垣や花壇、城壁は壊され修復には時間がかかるように思われる。
一連の流れを聞いた桓騎は一生分の笑いだと、後々思い出しても笑うらしい。