(仮)寒い日息を吐く。
ふわりと、吐き出されたものが白く浮かび上がって、解けるように消えていく。空を見上げれば、厚い雲が蓋をするように覆っていた。
「チヒロ」
声に振り返ろうとすれば、その前に後ろから伸びてきた手に両頬を挟まれる。
「……座村さん」
「冷てえな。すまん、待たせたか」
「いえ、俺も今着いたところです」
冷えてしまったのは、外を歩いてきたからだった。電車で来れば風に吹かれることもなかっただろうが、何となく、歩きたくなったのだ。
「まだ慣れねえか」
後ろから頬を掴んだ、チヒロを抱えこむような姿勢のまま、座村が問う。
「……いいえ、もう慣れましたよ」
掴まれて動かせない顔の代わりに、目だけを上げて座村の顔を見る。閉ざされたその目の色は分からないけれど、引き結ばれた唇に、チヒロは苦笑いを浮かべた。
「大丈夫ですから」
「……」
「それより、この体勢の方が、恥ずかしくて困ります」
なかなか頬を離さない手と背中の体温に、温まりはしたが正直周囲の目が気になって仕方がない。
「そうか?」
頬が赤くなりそうなチヒロとは違い、座村は特に気にならないらしく、ピンとこない顔をしていた。
「とりあえず、一旦離してもらえますか」
「……仕方ねえな」
チヒロが心持ち強めに促すと、渋々といった様子で座村がようやくチヒロの頬から手を離す。それにチヒロはホッと息を吐き出した。
「じゃあ、こっちな」
そう言って、今度は座村に手を取られ、指を絡められる。
「……座村さん」
「これくらい良いだろう」
今日は寒いから。そう言って笑う座村に、チヒロは折れた。
「……大通りは恥ずかしいから、裏道で」
「ん、心得た」
引かれた手に促され、歩き出す。俯いた顔はきっと耳まで真っ赤で、とても上げられるものではなかった。