お題:元恋人「婚約者がいる、というのは本当か」
最後の演練が終わってから、ずっと山鳥毛が落ち着かない。
他の刀の前で、見せつけるように識にしがみつく悪癖のある訳ありの太刀なのに、しがみつこうとしてこない。
焦ったくなって手を出すと恐る恐る握ろうとするので、あえて恋人繋ぎで帰った。
その晩、いつものように求めてくるかと思った矢先に、深刻そうな顔で問われた内容がこれ。
今日の演練で遭遇した同郷の審神者の刀が余計な事を恋刀に教えたらしい。
次、遭遇する事があれば圧をかけると識は決めた。
識と黒獣に対する不敬罪で追放になったどこぞの五男がこちらの世界で審神者になっていたのは、まったくもって想定外。
死罪を免れ追放で済んだ事は感謝されたが、演練会場で平伏されたのは厄介だった。
色々聞いていたらしい男の刀にまで平伏された時は、正直黒獣と顔を見合わせて演練を中止にして帰ろうと思った。
機会を逃したので出来なかったが。
演練の最中に、一撃で済まさずに誰もが珍しく長く鍔迫り合いしているな、と思ったがそういうわけだったか。
演練に出した源氏と一文字が戻ってきた時に勝ったのに不機嫌そうだったのもそれか。
知らない刀が主の過去を口にするのは面白くない。言いたくないから言わない、とこの本丸の刀は弁えている。
「親の決めた許嫁、で僕が望んだ相手じゃない」
婚約者ではない、恋人ではない、そもそも識が選んだわけではない、とわかると露骨に安堵する山鳥毛に、あ、妬いてるのかと腑に落ちる。
「そもそも、種無しの廃王と確定してからは許嫁も破棄している、婚約の契約もない」
「そうか」
笑顔になった山鳥毛に、こい、と手招きするといつものように膝に乗り上げてくる。
「複数の恋人を持てるほど器用な質ではないからな、おまえだけで充分だ」
途端に首筋の刺青が一瞬で赤くなる。
「相手として選んだのもお前が最初で最後だ」
首筋まで赤くして、肩口に顔を埋めてしがみついてきた恋刀が今晩も愛おしい。