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    シオクマ

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    シオクマ

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    ※あたなる🗼コラボの二次創作メモです。CP要素無し。リコリスメインで、カオマ+自由くん
    ※口調、一人称、名前の呼び方、性格がご本人様とは異なる可能性が300%ございます。

    ※オリジナル設定詰め込みまくっています。完全無欠のハピエン厨によるハッピーエンドですが、何でも許せる人向け。
    ※ジャッジアイズとロスジャとコナン映画が好きです。警察と公安をなんだと思ってるんだ…?状態です。

    【澄空に咲く、明日の太陽とともに】(それは)

    (わたしの人生で、一番初めに優しくしてくれたあなたたちとの)


    (『はじめまして』と『さよなら』の夜噺)




     次第に初夏の気配を孕み始めた昼間の太陽の空気も、沈んでしまえば途端になりを潜める。地上250mにある東京タワーのトップデッキは寒いくらいだ。
     涼しい夜風に、僕のアイボリーの外套が揺れる。
     熱帯夜は、未だ遠い。


    「怪盗リコリス」


     滑舌の良い、凛と張った爽やかな声が僕の背を軽く叩いた。
     今の彼の声には、これまで幾度となく追われてきた際に投げつけられたような棘はない。この穏やかな声音が、生来のものなのだろう。
     驚くことはない。選択を委ねたのは紛う方無き僕だ。仰ぎ見ていた月から視線を外し、背後を振り返る。

    「まいど、こないなトコまでよう登ってきやったなぁ。タンテー先生、ジョシュくん」

     トップデッキの入口に立っていたのは、探偵のしぐれなおと、その助手の水凪自由であった。
     来たのか、この日が。
     ある程度の物悲しさを覚えはするが、八割方は待ち侘びていた。

    「ああ、そうだね。君からの予告状──いや、招待状の方がより相応しいかも」

     探偵の声は変わらない。変わらぬ優しさが、東京タワーの朱い電飾に溶けて、包みこまれるようだ。

    「【しぐれなおと水凪自由が、あの日の真実を知りたいというのならば、ヒントを与えよう。わかったら、指定の日時に東京タワーのトップデッキへ】。でもね、設けた選択肢に端から意味ないよ。来なかったら君の『盗み』を止められないだろう、リコリス?──四宮伊織くん」

     探偵が怪盗名に続けて読んだのは、僕の本当の名前だった。
     そうか。
     彼はその道を選んだのか。
     意味深な予告状にはなったが、本当に選択肢は与えているつもりだった。
     別に会いたかった訳でも無い。なんなら正直いって、避けていたまである。
     『探偵』の時のこの人は苦手だ。
     『正義』とはまた異なる理で悪を暴き、他者を助けようと奮闘している心ある青年の瞳は、濁った灰色の自分からすれば澄みすぎているから。

    「抹消された記録を追うのには苦労したよ。当事者からのヒントがなければ無理だった」
    「し、しぐれ探偵……」

     探偵はこちらに歩いてくる。探偵助手が心配げに小さく呼んだが、探偵は後ろ手に軽く手を振るだけで歩みをやめない。助手もそれ以上は止めなかった。いつもは勝ち気な眼尻も不安げに下がり、僕と探偵を交互に見ている。
     探偵助手は入口の奥から離れないため、二人の距離は広がる一方だ。
     だから此処を選んだ。
     『探偵』と『探偵助手』を待っていた、のではない。僕は『なおちゃん』と『自由くん』を待っていたのだから。

    「自由の両親が亡くなったあの日、君は傍にいた。すぐ近くにいたんだ。なぜならあれは『怪盗が起こした事件』──では、無いからだ」

     なおちゃんと自由くんが強制的に離れる場所。
     【水凪自由は、高所恐怖症だ】から。
     僕は、四宮伊織は、それを知っている。

    「『怪盗が起こした事件』を警察がもみ消す必要がそもそもないんだ。ましてや、単なる『殺人を犯した怪盗の事件』が未解決なんてことがあるか?逆に躍起になって、解決しようとするはずだろう」

     夜風が運ぶ。
     悪意が隠した、闇が屠った、誰かの残響。
     光に届かなかった、あの日の血混じりの号哭。

    「君がくれたヒント資料を見て、フックは最初から僕の中にあったと知った。自由の両親が亡くなった事件の数年前から、警察内部にはとある噂が流れていた。現役時代の僕の耳にも入っていたよ。だけど僕だけじゃ消された過去の復元は出来なくて、情報屋のりゅーじくんとりゅーこちゃんが手伝ってくれた。れおんくんも、本来は手を貸してはならない立場のはずの二代目くんやカズくんも。皆が助けてくれた」
    「、ははっ」

     列挙された名前に、笑いが堪えきれなかった。我慢しろという方が無茶だろう。
     情報メガネ以外は怪盗を追う正義の立場のはずだ。錚々たるメンバーが、怪盗リコリスのヒントを見て真剣に調べたというのだ。
     嗚呼、矢張眩しい。
     正義には必ずしもない、六人だけの光。

    「噂を洗い直したところ、公安警察直下に欧米諸国のサイバー技術に匹敵する情報特化の科学捜査機関を作らんがため、秘密裏に国が動いていたとされる時期があった。……訳が分からないよな。犯人を捕まえるための組織のはずなのに、普通の義務教育では教育が追いつかないからって一定の水準に達した優秀な子どもを早くから親元から離して、特別教育を日夜詰め込む。躓いた子には時に非人道的な──暴力という恐怖の刷り込みを、優秀な子にはさらなる重圧を」

     淀みなく語るなおちゃんは、強風の吹く不安定な足場を歩もうとも瞳の力を失わない。僕を真っ直ぐに見据えたままだ。
     正義という建前をもってして、弱い誰かを殴りつけ甚振るような糞どもとは全く違う存在。
     真実のために正義を捨てた、君は。

    「膨大なカリキュラム情報と、被教育対象観察記録データを読んだ。まるで監獄だった。帳面上だけで吐き気がしたんだ、実際そこに居た君は其れどころじゃなかったろうな、四宮くん」

     これが、僕が目指したかった光。
     いつかなれると信じていた、光。

     
    「だーいせーいかーいっ!」


     綺羅びやかな東京の夜景を背にし、僕は両腕を広げて高らかに宣言した。
     上出来だ。
     謎解き成功は喜ばしいもの、拍手喝采ものである。お上が隠した闇中の闇を掘り起こしたのだから尚の事。

    「さすが、なおちゃんや!ヒーローを目指した少年少女はピーターパンの手を取り『ネヴァーネヴァーランド』に旅立って、みーんな仲良く心を壊された……よぅやったよなぁ、って今でも思うよぉ?」

     虚像のピーターパン。ティンカーベルなんていない。
     あの日、あの場に揃った十数人の子どもたちには様々な理由があったと思う。
     良心、家庭への支援金、正義への憧れ。少なくとも志はあった。
     故に親から離されても、未来を見ようとしたのだ。
     だが結局僕らが手にしたのは、歪に捻じ曲げられた思考回路と著しく偏った知識、痣と自分の吐瀉物くらいであった。
     留置所みたいな無機質な白い個室で、輪唱する泣き声と怒声。鈍い打音で止む其れは、数分後の自分の姿かもしれない恐怖。 
     外部からの干渉を一切排除できる場所に幽閉できるのだ。義務教育を終えていないクソガキを傀儡にするのは、さぞ簡単だったろう。

    「四宮くんたちをネヴァーネヴァーランドから救おうとしたのが、とある夫婦だった」

     なおちゃんは笑うことなく、愚直に話を続ける。

    「妻がジャーナリスト、夫がスクールソーシャルワーカーであった二人は太陽のようにあたたかく、横暴を許せない正義に満ちた人たちだったと、かつてのジャーナリスト仲間から聞いたよ。『水凪』はいいやつだった、って」

     他者の口から紡がれた名前に、鼓膜が震えた。喉が知れず引きつる。
     あの日。
     無機質な白い世界を裂いた数年ぶりの青は、晴れ渡り澄んだ空のように僕を照らした。
     自由。
     愛息子に付けた名前は、二人の行動指針そのものだった。
     『好きなことをしたっていい!食べ物も、趣味も、寝て起きる場所もっ!何をしてもどこにいても、伊織くんは伊織くんなんだからっ』
     『空だって飛べるさ。俺らの息子は高いところ苦手なんだけど…』
     私たちの息子と伊織くん、年が変わらないんだよねぇ、と笑い、頭を撫でてくれた二人のあたたかな手が忘れられない。よく勉強を頑張っているねと、褒めてくれた。
     0と1で埋め尽くされた情報まみれの頭の中に刻まれた、初めての優しさの記憶。

     教育が始まって五年弱。莫大な資金を投下して進めた特別教育機関は、収容している子どもたちの相次ぐ精神崩壊により、泥船となっていた。
     完全なる失敗は国の恥だ。打開すべくメンタルケア担当として呼ばれたのが、海外の大学にて博士号を取り、帰国後は日本ではまだ肩身の狭いスクールソーシャルワーカーの立場を確立するために奮闘していた自由くんの父親だった。彼は最新児童心理学の専門家でもあったのだ。

     だが僕らに会った自由くんの父親は、国の意向とは全く異なる動きをした。

     自身の妻──ジャーナリストをしている自由くんの母親に協力を仰ぎ、機関の行ってきた所業を明るみに出し、子どもたちを保護しようと国に直訴しようとしたのだ。
     立場上は国から依頼された身。対等なはずだったんだ。実際国側の担当者は、余裕のあるふりすら見せていた。

    「せやけど、消された。自分たちの口封じるか、なーんも知らん最愛の息子を一生涯永遠に国側の人質にするか選ばされたんや。二人は迷わず選択し、僕らの前で──見せしめに、殺された」

     それだけ奴等は必死だったんだ。
     今でも瞼の裏に情景が焼き付いて離れない。
     赤い花のように、壁に散る二人だった何か。紅い飛沫が、僕らと彼らを隔てるガラスを飾る。
     ただただ、悲しかった。

    「──っ、僕が」
    「えっ…?」

     喉が震える。鼓膜が痛い。頭が割れそうだ。
     胸ポケットの彼岸花が夜風に揺れる。
     それでも手放したいとは思わない。仮令悲しい思い出でも、これは僕が持ちうる限りの精一杯の二人との思い出だ。

    「ぼくがいうたんや、自由になりたいって…!こっから出たいってっ!」

     放心状態の子たちの中で、僕は比較的会話ができる部類だった。
     二人の話に希望を見て、願ってしまったのだ。
     のんびり、時間をかけてコツコツ遊べるゲーム。
     オムライスに、甘いもの。焼きたてのパン。
     人工の天使の檻の中で聞いた外の世界は、知らない物であふれていて。
     言ってしまった。食べてみたいって。
     はしゃいでしまった。夢を描いてしまった。
     二人なら連れ出してくれるかもしれない、って。

     だからぼくが、二人を殺した。
     だからわたしが、水凪自由の両親を殺した。

     優しかった。温かかった。
     終わるその間際まで、子どもらには笑顔で居続けてくれた、太陽の二人。

     夢を叶えようとしてくれた二人が、ぼくは本当に大好きだった。


     ──もうええよね、盗んで。
     飽きたんやもん。


    「っ、え…!?四宮っ、どこに行くんだ?」

     後方へ足を動かすと、声がした。
     より近くにいるのは、なおちゃんの方のはずなのに、僕の耳が留めたのは自由くんの声だった。
     父親に似た声質に、母親に似た真っ直ぐな言葉。

    「はよう、ねたい」

     これであの日の真実を知る奴が増えた。
     あの後、司法をもってしても結局人殺しを有耶無耶にはできず、組織は呆気なく瓦解した。
     放り出された僕らに帰る場所など無く、共に学んだ子たちの中にはサイバーテロ犯になった奴もいた。
     僕は何かになるのも煩わしく、何にもなれない怪盗になった。
     モノに興味はない、残虐非道な心ない怪盗。僕が奪うのは命だ。あらゆるモノに飽きても、これだけは追い求めた。
     盗みたくて仕方がなかった。

     二人を殺めた、この──僕の命を。

     僕は踵を返して走りだした。
     向かうのはトップデッキの端、足場と空の境界線。
     そして。

    「ほなね」

     最後、視界の端に泣きそうな顔で手を伸ばすなおちゃんが見えた。
     それでも僕は躊躇無く、混沌輝く東京の夜景の中に身を投げた。




     モノクルが外れ、空の彼方へ飛び退る。外套が身体に絡まるのが煩わしくて、なんとか身を翻して顔を地面側に向けた。
     落ちていく。
     途方もない重力に対し、自分はあまりにもちっぽけで、呆気なくて。

     誰かの心臓に興味なんて無い。飽きたから奪わないなんて嘘だ。だって、他人の命なんて、端から欲しく無いのだから。
     僕は、僕の心臓を奪ってほしかった。
     辛かった。苦しかった。
     自由の両親が死んだ真実を信用できる誰かに渡しまでは、自分自身で盗むことはできない。
     いっそ、知らないところで憎まれて殺されるんでもよかった。
     でもなんでか、それは叶わなくて。

     悪虐非道な怪盗リコリスまで、作ったのに、



    「しのみやぁぁぁっっっ!!!!」



     孤独な怪盗になったはず、なのに。

     外界から離れ、闇夜を切る風の音しか聞こえなかった耳に、今この場所にそぐわない声が聞こえた。
     顔面を叩く風に首をもがれそうになりながら、自分よりも高い場所を見る。
     落ち着いた赭色が夜空を背景に、僕へ手を伸ばしていた。

    「は、えっ!?じぇ、Jにいや、んっなんじぇえっ!?!?」 

     なんでこんなところにおんねやっ、と叫びたかったが、強風で舌が回らなくてごちゃごちゃになった。
     神辰J威弦Ⅲ世とかいう、本名隠す気皆無の怪盗だ。なぜかたまに巻き込まれる怪盗七人の寄り合いで一緒になる同業者であり、関西弁なのが一緒なのと本人の雰囲気も相まって、僕個人としては近所のお兄ちゃんみたいに感じている。
     怪盗の奴らには、今日のことを伝えていない。なおちゃんと自由くんに託す邪魔をされたくなかったからだ。

    「もー、お兄やんをこんなとこまで来させて、お尻ペンペンやからなぁっ!ほらっ、おとなしく手ぇ貸しなさーいっ!」
    「イヤイヤッ!!来んくてええよっ!僕が落ちたらそれで終幕やねんからっ」
    「あららん、反抗期ぃ?ほなしゃあないかぁ」

     この人と話ていると、自分の立場がいつも曖昧になるのだ。
     まるで潰された夢など無く、普通の義務教育を受け、高校も大学も通ってきたような。皆が持つ当たり前の日常を生きてきたような気さえする。
     地上何百メートル単位の場所を滑空している時の会話ではない。

    「お兄やんの心臓もついでに盗みたいんやったら、僕ん手ぇ取らんでええよ」

     ──ずるい。
     ずるい、ずるいずるいずるい。

     コイツ絶対わかってる。
     怪盗たちの寄り合いは、大人の距離感を保って不用意に踏み込まない。だが、軽口は叩きあえるような居心地の良い関係だった。僕は知らないけど、多分中学高校の昼休みや放課後はこんな感じなんだろうって思えるくらいの、生産性はないどうしようもない時間。

    「ぁ──っ、ぅ……ッ」

     どうしようもないけど、だからこそ欲しくて堪らず願った、檻の外の自由な時間。
     巻き込みたくないから、わざわざなおちゃんたちに託したのに。

     個々のゆるい怪盗団の空気のまま、皆には自由に生きてほしかったから。
     だから、なのに。


    「じぇーにいや…っ、神辰さんっっっ!!」


     僕の気遣い無駄にしやがって、馬鹿野郎が。
     兄やんから差し出されている手へ向けて、投げ出していた己の腕を伸ばす。

    「それでええんやっ!」

     兄やんはニカリと歯を見せて笑うと、姿勢を正して滑空の速度を僕に合わせた。彼は手が届く位置まで器用に追い付くと、僕の腕をしっかり掴む。力強く引き寄せられ、腕の中に収まった。
     僕を固定している方とは逆、フリーの腕を振ると袖から銀色の拳銃が出てきた。いや銃じゃない、ワイヤーガンだ。

    「マージック〜!」
    「鳩のノリで!?」
    「しっかり捕まっとくんよぉっ」

     相変わらず緊張感皆無の軽口を叩きながら、にいやんは東京タワー側にワイヤーガンを放った。四つのフックが着いた先が、タワーの鉄筋に巻き付き固定される。本人は簡単にこなしてみせているが、並の人間にできることでは無い。
     ワイヤーガンを支点に、落ちる方向が一気に変わる。

    「いっ、ッ…」

     二人分の全体重とかかる重力を支えている兄やんが小さく唸った。腕が痛まないわけがない。だけど兄やんは絶対に腕を離さなかった。
     振り子の要領でワイヤーがしなり、急速に東京タワーの側面が近づいてくる。鉄塔にはメンテナンス用の足場があるが、非常に狭い。飛び移っても、着地は絶望的だ。
     だが近づいてやっと、光と光の間の影の中で、白い何かが走っているのが見えた。

    「リコリスっ!」
    「神辰さんっそのまま!」

     純白の怪盗、スノーマン。
     変態仮面──改め藍色の怪盗、ブルームーン。
     二人の怪盗は僕らと位置を合わせると、両手を広げて受け止め体勢に入った。
     って、ことはですよ。
     兄やん…?

    「あぁ〜ああーっ!」
    「あぶがばじゅああぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」

     でぇすよねーーーーっ!!!
     嫌な予感通り、兄やんはすっぽりとワイヤーガンから手を離したのである。呑気な掛け声と、エイリアンワードの悲鳴が東京上空を駆ける。
     振り子の慣性に導かれるまま空間を飛び越えて、足場で待ってくれている二人に飛び込む。肩に当たった逞しい胸板は、ブルームーンだろう。

    「よっと!キャッチっ」
    「あぎゃあ」

     頼りがいのあるブルームーンの掛け声に隠れて、潰れたスノーマンの小さな鳴き声もした。
     四人で団子になったものの、危なげなく足場に倒れ込む。

    「ぜぇはぁ…ぜぇはぁ……」

     空中に身を投げたあの時は、再度地に足をつける時が来るとは思わなかった。
     知れず息を止めていたらしい。酸欠で頭がクラクラし、肩で息をする。
     心臓バクバクだ。血が巡りすぎて、身体が破裂しそうである。数秒前まで生涯を終わる気満々だったのに、生きた心地がしないとはこれ如何に。 
     まだ夢の中のようだ。

    「あーあっ、可愛い占い師くんの占い通りの位置で本当によかった!でも明日、絶対筋肉痛だってー!いやもうすでに痛い気がするっ!いたーいっ!」

     不安定な五感の中、一番最初に日常を噛み締めたのは聴覚だった。
     自他ともに認める器の小ささで大袈裟な表現をしているスノーマンの言葉は、あまりにも日常のそれで。たまに妙にギャルっぽいのだ。

    「ふふっ。おふたりさん、走ってくれてありがとーねぇ」

     変わらないスノーマンの様子に安心したのはにいやんも一緒のようで、朗らかに笑って二人を見た。
     兄やんの言葉に、ブルームーンが会釈する。鼠径部と雄っぱいの谷間は出ているが、基本は礼儀正しい奴なのだ。変態だけど。

    「うっす。けど、いって一番危ない役回りしたの、じょにーさんなんで」
    「せ、せや!にいやん、肩大丈夫なん?」
    「ダイジョブダイジョブ、にいやんは強い子やから。リコリスはケガない?」
    「……ないっす」
    「なら無問題や」

     だがその首の脂汗、問題ない訳ないだろ。脱臼まではしていないようだが、筋は確実に痛めている筈だ。
     とはいえ当の本人に微笑まれ、頭をぽむぽむと撫でられては何も言えない。口をへの字に曲げて黙る。

    「2つ目の作戦のための、地上近く確保組は退避させて大丈夫そうだな。なあリコリス?下にはドラスティックフィーバーとイエローセラフ、更には今回はストレイキャットも遅刻せずにしっかりポジションにいたんだせ?ビックリだろ」
    「……外堀を罪悪感で埋めんでくれますかぁ?」
    「埋めとかないとリコリス、まーた勝手にしょもしょもするじゃん」
    「……」
    「ほな、もうちょい安心できるトコ行きましょかね〜」

     自分より体格のいい三人に着々と包囲網を狭められ、僕は何も言えないまま渋々頷いた。



    - - -



     自白しよう。
     自分に必死で、カーンペキに忘れていた。


    「もおぉぉぉぉぉっっっ!!!四宮くんっ、なぁぁぁにやってるんですかぁぁぁ!!!!」
    「痛い痛いなおちゃんっ!なんでそんなぽかぽか殴りなのに痛いんよっあだだだだ」
    「そりゃあ怒るべや」

     耳の穴掃除しながら言ってんじゃないかってくらい適当なスノーマンの声を背中越しに聞きながら、至極真っ当なお叱りを真っ向から受け止める。そりゃまあこうなるわ。
     こっちの事情を知らない警察たちに捕まらないところまで逃げた僕ら四人待っていたのは、先にタワーから降りていた、顔を真っ赤にさせて怒っているしぐれ探偵と、宥めようとしてる水凪助手だった。
     しかし自由くんの努力虚しく、僕を見つけたなおちゃんは、ラリアットと紙一重の速度と気迫で走り込んできた。そこから始まる拳の嵐。元警察としての癖なのか、一応ぽかぽか殴りで手加減はしてくれているのだけど、普通に痛い。

    「バカバカバカ!!目の前で飛び降りちゃったあなたを見て、頭爆発するかと思いましたっ!!」
    「あ、あはははぁ…ラ、ライヘンバッハの滝のホームズとモリアーティみたいやったろ、いぃったぁい!!痛い痛い痛いっっっ!!」
    「ばっきゃろーっ!!」

     リアクションだけで『あっ、この人素直で真面目で、ごっつええ奴なんやなぁ』とわかるってすごいと思う。かなり面白い。
     今は乾いているが、大きな目と眼尻が真っ赤だ。泣いてくれたんだと思うと胸が締め付けられた。
     自分がじゅうぜろで悪いので振り払うことも憚られ、甘んじて受けていると、自由くんが回収してくれた。

    「ほーらしぐれ探偵、落ち着いて。四宮くん折れちゃうから。白夜、宥めるの手ぇ貸せ」
    「はいはーい」
    「えぐえぐ……」

     協力を仰がれたのは、真逆のスノーマンだった。しかも公にしていない本名である、白夜零兎の方で呼ばれている。スノーマン本人もビビっていないから、承知の上なのだ。
     ぷうぷう怒っているなおちゃんを両サイドから確保して宥める二人を見て、僕と兄やんは顔を見合わせる。

    「そことそこって友達なん?お兄ちゃんビックリや」
    「へー、あんだけ『怪盗バレしちまうのどうすっか』って悩んでたのにあっさりバレたのかよ、まっちろけ」
    「うるさいなぁブルームーン。ドラスティックみたいなこと言わないでよ……」

     一方、昔からスノーマンと知らない仲ではないブルームーンは事情を知っていたようだ。だが、そのブルームーンも、スノーマンが自由くんに話しているとは知らなかったらしい。
     スノーマンはバツが悪そうにブルームーンを睨む。

    「僕だって今回のことがなかったら、バラす気まだなかったんですー。それよりねぇ、今じゃないかい自由?」
    「あー……おう。なあ、四宮」

     しぐれなおあやし隊に任命されたスノーマンが、自由くんの肩をつつく。
     名前を呼ばれて背筋が伸びる。
     そういえば、自由くんは比較的ずっと冷静だった。両親の死の原因を知り、直接的な犯人ではないが起因ではある僕を見ても思案にくれる様子だけだ。
     夜、暗い東京タワーの麓で、晴れ割った夏空の瞳が僕を見据える。その澄んだ瞳は、カウンセラーとして僕の話を聞いてくれた、彼の父親によく似ていた。

    「俺、本当のこと知った後に、めちゃくちゃ考えたんだ。あんたが設けた約束の日に、俺はどうしたらいいんだろうって。何言やぁいいんだよって、俺マジでやばい顔してたと思う。事情を知らない白夜にも相談できないって、クソほど悩んでたら『僕スノーマンだから、実は話知ってるんだよね。話聞くぜ?』ってゲロるくらいだから」
    「あららん、スノーマンさん。めっちゃやさしーやんかぁ」
    「成程なぁ。見てられなかった訳か」
    「僕、器大きいんで」

     兄やんとブルームーンに対し、スノーマンは軽く茶化しているが、様子を見兼ねて自分の秘密をバラすくらいだったのだから、自由くんの悩み方は相当だったはずだ。
     自由くんの悩みは当たり前である。犯人は怪盗ではなく、自分が置かれている側──正義だったのだから。
     自由くんは右手で自分のシャツをキツく握ると、苦しげに続ける。

    「しぐれ探偵は真実探すって拳掲げてくれたけど、正直父さんと母さんのこと若干諦めてたんだ。皆が不自然なくらい口噤んで、警察も全く動かなくて……本当のこと知ってからは、寧ろ合点がいった。口封じみたいな多額の支援金なんなんだろうって思ってたけど、その金があったから今大学通えてて。そんなん俺どうしたら良いんだよ──でも、四宮に言いたいことは決まったんだ」

     意を決した様子で、自由くんは俯いていた視線をあげた。

    「自分を諦めんな。今日終わらせる勇気があんなら、明日も生きる方にリソース割いてくれよ」

     自分のこれからに悩みながらも、僕へ向けたい言葉は変わらないと君は言う。

    「生きていい。何をしたって良いし、何を願ったっていい。だって、四宮の人生は四宮のものなんだから!」

     『父さんと母さんを大切にしてくれてありがとう』。
     自由くんの笑い方は、ガラス越しに最期の最期まで僕に向けてくれた二人の笑顔にそっくりだ。しかもその表情のまま、両親と同じ言葉をくれる。
     伊織くんは伊織くん、と。
     本当は光を語ってくれた二人と、もっとずっと生きていきたかった。二人と一緒に施設を出て、息子の自由くんに出会えていたらって。
     でもちゃんと遺してくれていたのだ。
     二人が大事に育んだ水凪自由という存在が鳥籠の外に出された僕の明日を見る道標であり、今日手を伸ばしてくれた皆が傍にいてくれるんだよ、と。
     明日の太陽も、きっと怖くない。



    ▼▼▼


    「神辰さん。警察やめたの、四宮くんのことを見守るためだったんですね」

     スノーマンと水凪くんが四宮をつつき、それを笑いながら緩く庇っているブルームーン。
     そんな微笑ましい四人の姿を見ていたら、横からぬっとなおちゃんが現れた。ちょっと意地悪な顔をしている。

    「僕が被害者遺族の自由を助けたくて探偵になったように、計画の被害者でありながら怪盗の道を選んだ四宮くんが心配で怪盗になったわけですね」
    「ふふっ、さすが探偵さんや。証人保護プログラムを拒否して自分で踏ん張ろうとする姿って、なんやほっとけんことない?」
    「ほぼ一緒の理由で警察辞めてる人に疑問系はいりませんよ。カズくんももう吹っ切れてますから、安心して怪盗として捕まってください!」

     ほっとけない同盟ができてご満悦ななおちゃんは、それ以上余計なことは言わなかった。
     優しくて、時に非情な正義にはなりきれなかった、光属性のあまちゃん名探偵は、夜空に向かって両手を伸ばして伸びをする。
     その表情は謎が解けて晴れ晴れとしている。

    「はーっ、いっぱい階段上がったらお腹すきましたね!みんなさーん、何か食べに行きませんかー?」
    「えーっと……オ、オムライスとか、どない?」
    「「「かわいいかよっ」」」
    「たまご、たまご、たまごオムレツ」

     明日からはまた追うもの追われるものの関係に戻るのだろうが、今日くらいは許されるはずだ。
     こんなめでたしめでたし、ハッピーエンドの日も、存外悪くない。


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    シオクマ

    MEMO※あたなる🗼コラボの二次創作メモです。CP要素無し。リコリスメインで、カオマ+自由くん
    ※口調、一人称、名前の呼び方、性格がご本人様とは異なる可能性が300%ございます。

    ※オリジナル設定詰め込みまくっています。完全無欠のハピエン厨によるハッピーエンドですが、何でも許せる人向け。
    ※ジャッジアイズとロスジャとコナン映画が好きです。警察と公安をなんだと思ってるんだ…?状態です。
    【澄空に咲く、明日の太陽とともに】(それは)

    (わたしの人生で、一番初めに優しくしてくれたあなたたちとの)


    (『はじめまして』と『さよなら』の夜噺)




     次第に初夏の気配を孕み始めた昼間の太陽の空気も、沈んでしまえば途端になりを潜める。地上250mにある東京タワーのトップデッキは寒いくらいだ。
     涼しい夜風に、僕のアイボリーの外套が揺れる。
     熱帯夜は、未だ遠い。


    「怪盗リコリス」


     滑舌の良い、凛と張った爽やかな声が僕の背を軽く叩いた。
     今の彼の声には、これまで幾度となく追われてきた際に投げつけられたような棘はない。この穏やかな声音が、生来のものなのだろう。
     驚くことはない。選択を委ねたのは紛う方無き僕だ。仰ぎ見ていた月から視線を外し、背後を振り返る。
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