臆病な恋から素直な愛へ 臆病な恋から素直な愛へ
例えば、親兄弟や近しい仲間に感じるような情を君に持てたら良かった。
そうしたら、何気なく君が触れた肩が妙に熱かったり、不意に笑いかけられた時にいたいほど心臓が高鳴る思いをすることもなかった。君が大層大事にしている奥方三人の話を聞く時も、わざと視線を外して感情を抑え込む努力など必要無かっただろうし、夢に出てくる君に涙することも、そんな朝に君を想って己を慰める羽目になることもなかった。君と会うたび虚しくなって、自分を惨めに思う必要はないのだ、と自分で自分に暗示をかけることもなかった。
けれど本音を言えば。俺は君に口付けてみたかったし、その腕に抱きしめられて眠ってみたかった。そうして目覚めた朝に、互いの顔を見て幸せを感じてもみたかった。
死の間際に、ひとつだけ後悔していたんだ。
せめて「君が欲しいんだ」と素直に口に出していれば何か変わっていただろうか、と。
俺の恋人は、バカ正直で素直で愛情表現を惜しまない、情熱的な男だ。
好きだ、愛してる、ってまるで洋画でよく見るみたいにすぐ口にして、キスもハグもよくしたがる。もちろん人前だとかなり控えめだけどな。けれど親の教育が行き届いたあいつの育ちの良さも二人きりの時は関係無し。
宇随、ていつもの呼び名からいきなり、てんげん、なあなあ、てファーストネームで柔らかく甘えるみたいに話しかけてきて、しかもぴったりひっついてきたら、煉獄の場合はだいたいが「したい」の合図。
俺がわざとらしく一緒にシャワー浴びるか?て聞けば黙って俺の首に手を回してきて、キスされる。
こいつのこういう所は分かりやすくていいし、何より俺が不安にならなくて済む。煉獄は一見すると常に笑ってるようにしか見えなくて、何を考えてるか探りづらい。けれど俺の前でだけは(ここが重要だ)感情がわかりやすい。不貞腐れることもあればガキみたいな癇癪を起こすこともある。
普段はいい子ちゃんなくせにな。そんな品行方正な優等生も大好きな俺の前では欲望に素直で忠実だ。服を剥ぎ取ってキスして互いに肌を触りながら、シャワーを浴びて前戯の真似事。こっちはギンギンにおっ勃っててるってのに「続きはあとで」とか言ってバスルームからさっさと出てって、焦らすだけ焦らす。そんな娼婦もびっくりみたいな手練手管、いったいどこで覚えたんだっていっぺん問いただしたい気もする。素て言ってるならびっくりだ。
でかい男二人でも壊れないように買い直した、かなり頑丈なキングサイズのベッド。その上であいつのつま先にキスしたら、パーティーの始まりだ。
ああ、気持ちいい、て俺に触られながらうっとりして言うからたまらない。丁寧に愛撫してる甲斐があるってモンだ。快感に溶けて溶けてぐずぐずな体を引きずりながら、煉獄は俺を押し倒して上に乗っかってすっげえエロい顔して「君は最高だ」とか言うんだぜ?突っ込んでるのは俺なのに、食われてる気がする。あとさ、俺の上でがんがん腰振りながら大好きだ、て迷いなく言ってくれるお前が、俺も最高に好き。
色気たっぷりに自分から誘ってきたくせに、煉獄は事が終わった途端に「腹が減った」とか抜かした。ぐー、ていう生理現象の腹の音がムード台無しにし過ぎてて笑える。
「ちょっと待ってろ、なんか作ってくる」
「んー」
俺は生返事の恋人をベッドで待たせて、あり合わせの材料で簡単なサンドイッチを作って、その間にコーヒーも入れてやった。なんて出来た彼氏なんだ俺は、て自我自賛しながらベッドまて持ってってやると、腹が減り過ぎてポンコツ状態の我が恋人が、がばっと飛び起きた。
「ほらよ」
「ありがとう!なあ中身は?」
「お前の大好きないちごジャムと生ハム。あとチーズ少し」
「愛してるぞ、宇随」
「そいつら光栄だ。ほら、たんと食え」
初めて聞いた時にどん引きしたコイツの好みな組み合わせだけど、何回か試してみたら、意外とコレが悪くない。いちごジャムはやや甘さ控えめなヤツにするのがポイントで、甘味と酸味と塩味がわりとちょうど良い。固めのチーズをガリガリ削って少しだけ入れるといいアクセントにもなる。
ま、俺自身はいつもコレ食いたいとは思わないけどな。
ニコニコ顔で好物に食いつくのを見届けながら、俺は隣でアイスコーヒーを啜った。午後四時とかいう半端な時間に食うコレはこいつにとってはただの間食。今夜は何食わせようかな、てぼんやり考える。
それにしても、セックスの最中もメシ食ってる時も、煉獄は幸せそうに欲望を摂取する。出会ったばっかりの頃は目がまず合わなくて「コイツ、いつも何考えてんだか分かんねえな」て思ってたけど、第一印象なんて当てにならないモンだ。
「なあ、煉獄」
「ん?」
「お前って素直ですぐ感情出すよな、俺の前だと特にお構いなし」
言いながら、口端についたジャムを指で取って俺が舐めてやった。甘い。大人としてはどうかと思うが、煉獄は食べる時によく口になんかつけてる。でもガキみたいでわりと可愛いんだ、これが。
「そうするって決めたんだ。俺は君に正直でいたい」
「だから腹の音も隠さねーわけ?」
「それはただの生理現象だから許してくれ」
「あっそう」
「真面目な話するとな。愛情は隠したら意味がないと俺は思ってる。臆病者でいるのは、百年前にやめたんだ」
煉獄は真剣な顔してふざけたこと言いながら、サンドイッチを平らげてアイスコーヒーに口をつけた。
百年前?よくわかんねえけどあんまり上手くはない冗談だ。言わねーけど。だいたいさ、お前のどこが臆病なのか俺にはさっぱりわかんねえよ。
「そっか。まあいいけどさ。そういうどストレートに好きとか言えるの、お前のいいとこだよな」
「本当か?」
「うん、長所だな」
俺も正直にそう言うと、煉獄はさっきサンドイッチ持ってきた時より更に幸せそうに笑って。
「なあ、君。ずっと愛してるから、死ぬまで一緒にいてくれないか」
まるでプロポーズかってくらい情熱的な愛の言葉を俺にくれた。
その返事はいつだって、YES以外にあるわけない。