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    三月発行予定「現代鬼殺隊あかれん」冒頭サンプル そこは寂れた古い喫茶店だった。くたびれきった白いレースのカーテン越しに日差しが入るものの、店内は薄暗い。人工大理石のテーブルもフェイクレザーの丸くて赤いイスもかなり年季が入っていた。花柄が目立つコーヒーカップも、いまどきあまり見ない古いデザインだ。
     昭和の時代から時が止まったようなこの店には客が数組いるが、居眠りしているサラリーマンの男性が一人、もう一組は自分たちの話に夢中になってる中年女性三人。オーナーらしき初老の男は、カウンターの奥で競馬中継のテレビをつけながらもスマホに夢中だった。
     花柄のついた白いコーヒーカップには、ブラックがなみなみと入っていたが、飲む気がしない。魂が新たに入ったばかりのこの体は、コーヒーにはあまりそそられないタイプのようだ。
    「新しい体はどうです?もともとあなたの子孫ですから、相性は良いと思いますが」
     猗窩座の真正面で赤い丸椅子に座った男は、無表情でそう聞いてきた。やけに背筋がよくて、中肉中背のダークスーツ姿で、声はやや低め。これといった特徴はなく、年もよく分からなかった。この男と街中ですれ違っても、何の印象も残さないに違いない。
    「問題なさそうだ」
     右手の拳を握りしめながら、猗窩座は答えた。この体の元の持ち主は、かなり体を鍛えてあった。鏡で見た感じ、見た目も人であった時の自分とよく似ている。目立った外傷や病気も疾患もなく、とても健康だった。文句は何もない。
    「そうですか」
    「こいつ、ほんとに死ぬはずだったのか?」
    「ええ、子どもを庇って車に轢かれて。でもその瞬間にあなたと魂を入れ替えて、反射的に避けさせた。前の魂はきちんと輪廻に入りました」
    「そうか」
     それを聞くと、罪悪感は出てきた。死ぬはずだったとはいえ、他人の人生を奪ったことには変わりない。
    「さて。初めに言っておきますが、私はただの連絡係です。特にあなたを助けることもないし、あなたが死ねばまた地獄に連れていくだけです。そこはご了承下さい」
     無表情のダークスーツの男は、そこまで言ってからコーヒーカップを持って口元に運んだ。死神でもコーヒーは飲むんだな、と猗窩座はそれを見ながらぼんやりと思った。
     この男を死神と言っていいのかなんなのか、それすらよく分からないが。
    「我々はみな『鴉』とだけ呼ばれてます。あなた以外にも地獄から使命を帯びて転生した者たちがいるので、我々は連絡手段なんですよ」
     そして猗窩座の心中での疑問に答えるかのように、男はそう言った。
    「…他にもいるのか?俺みたいなやつ」
    「ええ。これからあなたに引き合わせるのは、同じ転生者です。ただし、あなたのように途中から体に魂を入れられたのではなく、生まれつき記憶をもたされる罰を受けた者たちですが」
    「へえ。どんな罪の奴らだ?」
     一緒に出されたコップの水を飲みながら、猗窩座はそう聞いた。やけに美味く感じる。カフェインよりはこちらの方が、この体には合うようだった。
    「親殺しと弟妹殺しの二人です。ただ不可抗力の案件でしたから、そういう場合は閻魔配下の十王の審議により、情状酌量が与えられるんですよ。だから地獄落ちではなく、閻魔の使いとして生まれながら転生しました。そして罪を償う。自ら犯した罪が重いあなたとは違います」
     いちいち含みのある言い方をすると、と猗窩座は思ったが口には出さないでおいた。
     うっかりこの『鴉』とやらの機嫌を損ねて、また地獄に送り返されてはたまらない。
    「あなたの今世での仕事は、地獄の裂け目から逃げ出した鬼舞辻無惨をまた地獄に送り返し、彼が再び作り出した鬼を滅ぼすことです。達成すればそのまま寿命を全うし、また輪廻に戻れるでしょう。途中で死ねばまた決められた時間だけ、地獄にいることになる」
     男はあくまで淡々と、事務的に答えた。確かになんの感慨も感情も、そこには感じられない。人並みの情ら期待しない方が良さそうま。
    「そいつは構わない。でも他の約束があっただろ?そっちは大丈夫なんだろうな?」
    「あなたと一緒にいた女性と男性二人は、もう輪廻に戻っています。そのうちこの世に産まれてくるでしょう」
    「…ならいい」
     それさえ守ってもらえれば、猗窩座には言うことはない。あとはきっちり仕事をこなすだけだった。
    「鬼を殺すための武器を、これから他の転生者から借りて下さい。他の『鴉』を通じて話はつけてありますので、その後はご自由に。私が出来るのはそれだけです。彼らと協力するのも一人で鬼を狩るのも、そこはあなたが自分で判断して下さい」
    「ずいぶんと放任だな…それでいいのかよ」
    「さっきもいいましたが、私はただの連絡係です。この世には基本的に干渉できませんから。では失礼、すぐに別の転生者が来ますから、ここでお待ちを」
     ダークスーツの男は、コーヒーを飲み干してきっちりテーブルの端に避けると、静かに立ち上がった。
    「なあ、あんたの名前知らないと不便なんだけど」
    「…要、とでも呼んで下さい」
     最後にそう名乗った無表情の男は、足音もろくに立てずに店から去っていった。
     あの『鴉』が人間ではないなら、外に出たらフッとその姿が消えたりするのだろうか。
    「どうでもいいけど、あいつ。代金払って行かねえのかよ…」
     地獄には落ちる経費とかないのか、などと真面目に考えていると、要が去ったあとの、寂れた店の入り口に、新しい客がふらりと現れた。
     背が高く大きな目をしていて、整った顔たちをしていりは。けれど頬には目立つ傷があるせいで、どうにも悪目立つする容姿だった。ついでに、他人を威圧するような雰囲気がある。
     カウンター奥の店主が「いらっしゃいまし」と挨拶して席に案内しようとしたが、男は「あぁ、待ち合わせだぁ」と言って手で制した。そして店内をぐるりと見渡すと、窓際の席にいる猗窩座を見つけ、まっすぐに近づいてきた。
     顔に傷があるその男は、席にくるなり、真上から「ギロリ」と音がしそうなほど強く猗窩座を睨んだ。
     それは「仲間を見つけた」というより敵を発見した獣のような目だった。
    「なあ、アンタ」
     その低い声は、あまり歓迎しているとは言いがたかった。まあ、別に仲間意識を期待したわけではないのだが。
    「鬼は嫌いか?」
    「…ああ、嫌いだ」
     自分が昔、その嫌いな鬼だった、ということは、どうやら黙っていた方が良さそうだな、と猗窩座は思った。





     ここのオーナーは変わってるから、と初めてこのワインバーに勤めたとき先輩に教えられた。もうその先輩は辞めてしまったが、彼の言うとおりだ。確かにここのオーナーは変わっている。
     グラスを一脚ずつ拭きながらちらりと時計を眺めると、そろそろいつもの時間だった。案の定、カウンター奥にある扉から、コツコツ、と階段を昇ってくる足音が聞こえてきた。地下一階にあるこのバーは、更に下に部屋があって、あの金髪のオーナーはそこに住んでいる。店が始まりそうな時間になると、階段を昇ってきてそこから現れるのだ。彼は極度の夜型らしくて、昼間にそこから出てきたのを見たことがない。陽も差さないような地下に住んでいて、よくもまあ、気が滅入らないものだ。
     やがて内鍵を外す音がして、重そうな鉄製の扉が、ギギッ、と鈍い音を立てながら開いた。寝起きらしいオーナーは、重たい鉄扉を開けながら出てきた。
    「おはようございます」
    「…うむ、おはよう」
     長い金髪を指先でかきあげながら、オーナーはそう挨拶をした。いつもそうだが、相変わらず眠たそうだ。前にいた先輩は「吸血鬼みたいだよな」と裏でこそこそ言っていた。確かに八重歯があるし、ちょっとそれっぽい。それに地毛らしい金髪に整った顔は、日本人離れしていた。
     今日の彼の格好は、ベストに赤いネクタイ、黒いパンツに爪先がきれいに磨かれた革靴。眠たそうでも毎日着ている白いシャツはきちんとアイロンがかけられていて、服装はいつもきっちりしていた。
    「なあ、今夜もちょっと外に出てくるから、店を頼む」
     シャツの袖ボタンを直しながら、オーナーはそう言った。彼は起きるとすぐこうしてどこかに行く。そして何かの用事を済ませてから、また戻ってくるのだ。帰る時間はまちまちだ。何をしているのは知らない。他の店で呑んでいるのか、はたまた女がいるのか。そこは昔いたあの先輩も知らないようだった。
    「わかりました」
    「そうだ。クリュッグのマグナムボトルは発注してあるか?」
    「はい、してます」
    「なら良かった。産屋敷さんがいつもみたいに来たら、それをグラスで出してくれ」
    「はい」
     産屋敷さん、というのはここのビル全体を所有している資産家だ。オーナーの昔からの知り合いらしいが、詳しくは知らない。とりあえず物静かな若い男性で、いつも決まった銘柄のシャンパンをグラスで頼むことしか知らない。閉店間際に来て、他の従業員がみんな帰ったあと、このオーナーと二人でよく話をしていることが多い。
     連絡事項を伝え終えると、彼はジャケットを羽織りながら、ゆっくりとカウンターから出ていった。
    「今夜は、帰りは遅くなりますか?」
     そう聞くと、彼は長い金髪を揺らしながらゆっくり振り返った。
    「いや、閉店前までには戻るよ。君も知ってるだろうが、俺は朝日は嫌いなんだ」

     オーナーがそう答えた時に、一瞬だけ。

     彼の瞳の色が金色に光って見えた。ライトの反射のせいだろうか。






     顔に傷がある男は、不死川実弘、と名乗った。渡された名刺を見ると、警察官らしい。実はそれとは正反対な仕事を想像していたので、意外だった。その不死川の車に乗せられて、猗窩座は都内から出て、郊外へ向かっていた。
    「どこに行くんだ?」
    「奥多摩。ちょっと山の中行くぞ」
     不死川はハンドルを回しながらそう答えて車を走らせた。4WDの大きな車だが運転はスムーズで、乗り心地は悪くない。猗窩座はシートに身を沈めながら、窓の外を眺めた。何かこちらから会話を振ろうかとは思うが、さっきの彼の発言を考えると余計なことは言えない。
    「雲取山の麓に小さな神社がある。そこでもう一人の仲間が待ってるから、例のものはそこで渡す」
    「もう一人って鬼狩りの?それとも、転生仲間?」
     そう聞くと、不死川は眉をひそめながら「両方」とボソッと答えた。
    「あいつ、有名人だからな。だから現地で落ち合うことにしたんだ。一緒にいると目立つ」
    「ふうん。芸能人か何かか?」
    「いや。でも口外するなよ」
    「分かった」
     あの要が言うには、この不死川とこれから会う有名人は「親殺し」と「弟妹殺し」のはずだった。猗窩座はなんとなく気にはなったが、詳しく聞くのは気が引けた。何せこちらの脛に持つ傷が大きすぎる。
    「…あのさ。あの要みたいに、アンタらにも『鴉』とやらがついてるのか?」
    「要?お前の『鴉』の名前が?」
    「ああ、本人そう名乗ってたけど」
     猗窩座がそう答えると、理由は分からないが、不死川は何か意外そうな顔をしていた。
    「……そうか。俺の『鴉』は、爽籟って名だ。付き合いが長い」
    「ふうん」
     あの『鴉』は個体によって名前が違うらしい。要と違って、不死川の場合は『鴉』と信頼関係があるように感じた。
    「その爽籟から聞いたけどよ、俺たちは生まれつき記憶持ちだけど、お前は途中から魂入れ替えたって?」
    「ああ。この体の持ち主は、ほんとは死ぬはずだったらしい。俺がこいつの人生を借りた」
    「借りた体の記憶はあんのか?」
    「もちろん。普段は普通に仕事してるさ。この男は仕事は一人暮らしの消防士で、親兄弟は遠い地方に住んでる。格闘技が好きだったみたいだな」
     持ち合わせの服は動きやすいジャージやTシャツばかりだった。今も高級スポーツブランドの黒いパーカーを着ている。
    「そうか。あとで連絡先教えてくれ」
    「了解」
     話が大して弾まないうちに、車はどんどん山の中へと進んだ。やがて、狭い山道に入っていく。
    「神社はここの奥にある。あんまり知られてねえが、そこの御神体は刀だ」
    「刀?」
    「ああ。鬼を滅する力を持つ」
     日輪刀。彼らがそう呼んでいたことを、猗窩座は昔の記憶から呼び起こした。話を聞く限り、前世の不死川はたぶん、あの連中の仲間で、なおかつ鬼狩りの隊士だった可能性が高い。
     黙ってなきゃいけないことが増えたな、と猗窩座は思った。隠し事ばかり増えてうんざりする。
     やがて鳥居と、その奥に小さな社が見えてきた。不死川は手前の駐車場に車を駐めて、外に出た。猗窩座もつられて車外に出る。人気のない神社の鳥居をくぐり、参道を歩くと一人の男が社の前に立っていた。
     短髪で背の高い若い男で、鍛えあげた体なのが服の上からでも分かる。そして有名人、と言っていたが、確かに猗窩座も(というよりこの体の人物の記憶に、だが)覚えがあった。
    「おい、あれ…体操金メダリストの」
    「ああ、宇髄天満だ。だから現地で落ち合ったんだよ」
    不死川はそう言うと「久しぶりだな宇髄」といいながら宇髄に挨拶をした。確かに有名人だった。気軽にそこらで会えないのも分かる。
    「おうよ。で、不死川。そいつが例のお仲間か?」
    「ああ、消防士さんだとよ」
    「…どうも」
     会釈しながら猗窩座が挨拶すると、宇髄天満はニコリと愛想よく笑った。彼はテレビでみた中指を立てる仕草のイメージが強いが、本物はやけに感じがいい。
    「ついてきな、消防士。さっそく選ばせてやるよ」
     宇髄天満は鍵の束を指で遊んで振り回しながら、社の中へと入っていった。鍵を外し、扉をあけると中は畳敷きになっている。明かりがないので薄暗い。靴を脱いで、そこに入り猗窩座は恐る恐る奥へと進んだ。神社の中に足を踏み入れる、というのが初めての経験過ぎて、なんとなく罰当たりな気がしてしまう。
    「これが鬼狩りの刀だ。大正の頃に作られて、修復されて現存してる貴重な代物さ。貸してやるが大事に使えよ?消防士サン」
     天満がそう言った刀は、七本あった。それぞれ台座に乗せてある。変わった形のものあった。波打つような刃の形状だったり、刀というよりは斧のようなものには、鎖と鉄球ついていた。
    「これで、鬼の首を切るんだ。そしたらあいつらは消滅する。で、お前はどれにする?」
     不死川がそう聞いてきたが、猗窩座はそれを聞き流し、黙りこくって、ある一振りの刀に見入っていた。

     白と灰色の縞の模様の、しっかりした鞘に入れられた刀。他と違い、何故だかそれには鍔がない。

     猗窩座は知っていた。鞘に収まったその刃は、まるで炎のように赫かかったことを。

     ふらふらと、吸い寄せられるように猗窩座は鍔なしの日輪刀の前に進んだ。そして無言で、その刀をしっかりと掴んだ。恐る恐るそれを持ち上げ、スッと立派な鞘を抜くと、やはり波打つ刃先は真っ赤に輝いている。

    「これがいい、これにする」

     他の刀には目もくれず、猗窩座はそう言った。他に選択肢などない。

     ずっと昔から、猗窩座はこれが欲しかった。




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