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    yctiy9

    自創作メイン(3L,その他色々)

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    yctiy9

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    5-2 微睡みの中に見える景色はきっと私の知る過去ではない。まるで水中から外を見ているかのような景色。意識を包む感覚はひんやりと冷たい。
     水面が揺れる。水面を隔てた先には人間が三人。靄がかった意識で今の状況を認識する。
     ああ、復活したのだ。
     とある一家の系譜を辿って、地中で眠っていた時間はどれくらいだったのだろうか。相当長い時間が経過しているに違いない。けれど当時のことは容易に、鮮明に思い出せる。さっきまでそこにいたのではないかと錯覚できるほどに。
     まだ朧気な意識で、シンフォドリアに呼びかけた。

     私は復活したのだな

     『ーーー』

     そうか…

     そう……
     
     新たな私、か…
     
     
     …す
     
     「カオス!」
     「!」
     「どうしたの?ボーッとしてたみたい。疲れた?」
     道中、馬車の荷台の上で意識が飛んでいたらしい。ファイエンが心配そうに見上げる。まだ僅かに朦朧とする頭を押さえる。
     「いや…」
     「休憩する?」
     クイーンの提案に首を横に振る。この前よりも意識が強くなっている。
     「先を急ごう」
     三人は心配そうに見ていたが、それ以降何も言うことはなかった。
     前の遺跡を出て約五日。ルール西部の静かな林の中にランパーデスの遺跡はあった。遺跡は建物の下半分が地中に掘られている。クイーンがいうには上半分は昼を、地中は夜を表しており、一つの小さな星を意味しているのだとか。
     「昔の人は、ランパーデスは闇を司ると同時に光も司ると考えていたわ。闇と光の存在は表裏一体。現代の魔法学にもその考えが適用されているくらいには常識よ」と彼女は言う。
     遺跡自体は国有地ということもあり、綺麗に手入れされている。遺跡入り口の警備兵の駐屯所には、二人の兵士がいた。一人がこちらに気がつく。
     「あんたたちが噂の?」
     「何?私たち、そんなに話題になってる?」
     ニヤつくクイーンに中年の兵士は気だるげな顔のまま肩をすくめる。
     「王城内ではな。城下町じゃ、そんなさ」
     「なんだ。で、早速だけど入れてくれんの?」
     「その前にあれを見せてくれよ。女王様直筆の親書。あんたが東の魔女クイーンなのはわかるけど、他のは知らねえから念の為な。後でなんかあったらたまったもんじゃねえ。中入っても、くれぐれも破壊行為だけはやめてくれよ」
     そう言って兵士は差し出した親書に軽く目を通す。何度か小さく頷くと彼はそれを返却しつつ、手で遺跡に入るよう促した。どうやら彼が先導してくれるようで、ランタン片手に先を行く。地下に入る階段は人が一人入れる幅で、地上からの光はすぐに届かなくなる。階段を下りきると、小さな空間がぼんやりと彼らを出迎える。天井には彩光のためか、地上に通じる穴が一つ掘られており、ほのかな陽光が空間をぼんやりと照らし出している。天窓の直下には日光を一身に受けるように祭壇が置かれ、真ん中には黒い球体が鎮座していた。
     「あれがランパーデスの遺物」
     近くに寄って観察すると、球体の中に光る靄が煌めく。それはまるで…
     「天の川みたい」
     クイーンが覗き込んで言う。
     「なるほど、いい例えだなあ。俺は何度も見てるが、そんなこと思いもしなかった」
     兵士は呑気にそんなことを言う。さらに彼は「知ってるか?」と続ける。
     「夏至になると真上から太陽の光が差して、この黒い球が一層煌めくんだとよ。噂じゃ、もう一つの太陽みたいにってな」
     本来、光を吸収するはずの黒が太陽の如く光り輝くとは、まさに魔法の神秘だろうか。
     カオスはソッと球を持つ。手のひらに収まるサイズのそれを光にかざし動かす。これで三人目の精霊と再会することになるのだが、当然不安が過ぎる。力を取り戻すたびに昔の精神が取り戻されるのだ。初めはかつてのカオスが見ていたであろう景色を俯瞰的に。けれど最近では意思さえも取り戻しつつある状況だ。けれど今更他の手段を探している時間もない。もとよりそんなものがあるのだろうか。
     カオスは遺物を握りしめ、共に旅をしてきた仲間を見る。
     「ランパーデスの力を取り戻す」
     「今更何を」とクイーンは言う。ファイエンも首を縦に振る。その瞳は完全にこちらを信じきっている。既に昔のカオスの意識が戻っていることを彼女たちにはまだ直接話していない(察している者はいるだろうが…)。そのことに胸の辺りがズキリと痛む。
     「…私は復活する前の意識を取り戻しつつある。このまま精霊の力を取り戻していけば、この先どうなるかはわからない。お前たちを傷つけるかもしれない」
     「その時はそうならないように頑張って。私がそばにいるから、私を思い出して」
     ファイェンは言う。言ってることは無茶苦茶だ。でも自然と安心できる。
    「私はここに生きたもの、生きるもの…生きていくものを守りたい」
     もう一度、遺物を握りしめると、今度こそ心を決める。
     「シンフォドリアが主 求める名はランパーデス 応えよ 脈打つ大地の鼓動 天海の響動 その全てをお前に捧げる!」
     
     『応えましょう』

     朝日は戦火の下であれ、平等に光をもたらす。
     ああ、夜が明けたのだと傷ついた兵士は顔を上げる。人は兆す希望の光に感動する。
     大地とともに生きるあなたは何も感じない。そうでしょう。だって日が昇り、沈むのはあなたにとってなんでもない自然なことなのだから。
     傷ついたあなたを守れるのはあなたしかいない。どれだけ泣いても、どれだけ怒りを露わにしても、人と在り方が違う時点で彼らはあなたを対等として扱わない。結局、力でねじ伏せる形で戦いは終わったけれど、あなたの中に眠る炎は燻ったまま。
     あなたの中には今、大陸に住む人を守りたいあなたと、彼らさえも排除したいあなたが存在している。
     ねえ、昔話したことを覚えている?
     光はね、暗闇があるからこそ光になるのよ。その逆もまた然り。きっと世界が暗闇だけだったら、暗闇はその名を持つことはなかったでしょう。
     私は「光」と「闇」をもたらすことができる。でも最終的にどちらを選ぶかはあなた次第。
     
     さあ、顔を上げて。
     戦いはまだ始まったばかり。
     私ができること。それは旅路を照らすことだけ。
     だから私はあなたたちを…
     『導きましょう』

     ジワジワと精霊の力が全身に巡る。表面上は変化がないが、体の芯の重さが増した。より地に足が着いた感覚だ。
     「なんともない?」
     「うむ」
     「それなら良かった」
     拍子抜けしたと皆、安堵の表情を見せる。
     …
     ほんとうに?
     「?」
     兵士について、歩き出す。右足を一歩、左足を一歩。思考と身体の動作が乖離している気がする。
     前を行く三人が徐々に遠のく。おかしい。足は前に動いているのに追いつけない。待って、と声を出そうとしても上手く口が動かない。ゆっくりと動く景色の中、ソレは突如として目の前に現れた。美しい極彩色の、しかし見るものに恐怖感を与える鳥のような、肉食獣のようの、人のような…形を持たないソレ。
     概念だ。
     
     わたし
     
     同じ存在から生まれた違うわたし。
     怒りから生まれたわたし。
     人類を嫌悪するわたし。
     ゆっくりと近づいてくるわたしは、その存在を伸ばし私に触れる。触れた箇所は熱を持ち、溶けているような感覚に襲われる。熱はやがて氷のように冷たくなる。まるでわたしと私が一体化している…
     「ああ、その通り」
     わたし、否、私は既に明瞭な形を持ち私に語りかける。青い瞳が私を貫く。
     「ようやく意識がはっきりとした」
     両手で無造作に私の頬を包む。
     「私が全て終わらせよう。お前は眠ると良い」
     入り込んでくる。かつてない私の激情が流れ込む。今の自分には扱いきれない感情に恐怖する。私の持ちうる感情のはずなのに、思考との乖離に対処の仕方が分からなくなる。
     沈みゆく意識の中で見えたのは心配そうに覗き込む少女だった。来てはいけないと言いたくても、もう言葉を出すこともままならない。

     「カオス?」
     ファイェンの不思議そうな声に、クイーンは振り返る。
     見れば、さっきまで後ろを歩いていたはずなのに、いつの間にか立ち止まってボーっとしている。その瞳はどこか虚ろで、声をかけても反応がない。ファイェンはエリーゼの制止を聞かず駆け寄る。
     「ねえ大丈夫?」
     彼女が腕を掴んで思いっきり揺さぶっても反応がない。これがついさっき言っていた精神の侵食なのだろうか。
     「お嬢様、いけません。離れて」
     エリーゼが引き離そうとするのが先か否か、カオスの虚ろな青い瞳に光が戻る。視線だけ下にずらしてファイェンを見下ろす瞳は冷徹で、これまで一緒に旅をしてきた仲間ではないのだと、さすがのファイェンでも気がついたらしい。本能的恐怖からか声を上げることもできず、恐る恐るゆっくり手を引く。
     「呪いを受け継ぐ者。…私にとって大事な存在であり…」
     スッとファイェンの細い首に手が伸びる。なんの躊躇いもなく。当然、彼女が躱す時間などない。
     「私の判断を鈍らせる存在」
     「させません」
     しかしすんでのところで、エリーゼがファイェンの身体を無理やり引き離す。空を掴んだ手はゆっくりと引いていった。その瞳は何の感情もうつさない。
     「今のあなたにとっては、少女一人を手にかけるよりも、やるべきことがあるのでは?」
     「たかが人間に私の行く手を阻めると」
     突如、あたり一帯は闇夜に包まれる。ランパーデスの魔法だ。
     「なんだあ!?」
     兵士の素っ頓狂な声が響く。
     「させないと…言っているでしょう!」
     相手を威嚇するためなのか、それとも自らを鼓舞するためなのか、力強い声と共に一筋の白い光が闇を切り裂き、夜がゆっくりと朝を迎えるように、明るさが戻る。目が順応するよりも早く、ファイェンに掴みかかろとするカオスに(そもそもカオスは明暗に対する順応は必要ないのだが)、エリーゼだけが反応できた。魔術で魔法が使えないと瞬時に見抜いたカオスは、確実に獲物を仕留めようと手刀を飛ばすが、それすらもエリーゼの魔術によって阻まれる。
     「ぐっ…ふっ……」
     魔術で編み出した壁越しに受けた衝撃で彼女は鈍い呻き声を上げるも、なんとか気力で持ちこたえた。彼女がよろけた隙をついて、第二撃を食そうと体制を整える。そのスピードは到底人間では追いつけない。踏み込んだ足が遺跡の床を破壊する。
     「精霊の番人よ!思い出しなさい、在りし日の愛を!お前を愛した者を!」
     過去を見た星詠の言葉が突き刺さる。見開かれた瞳孔はそのままに、ピタリと動きが止まった。
     「うっ…」
     さっきまでの勢いは突如として消え、カオスは苦しそうに頭を押さえながら苦悶の声をあげる。必死の形相で復活した自我を保とうとするのに精一杯なようだ。
     「貴様!私の何を見た!」
     もがき苦しむ腕は憎悪に満ち、伸ばされた腕から、届きもしない白い首をへし折ろうという殺気が伝わる。
     「やめろ…私は殺さない…わたしは…」
     「カオス!」
     自身の内で葛藤するカオスを、ファイェンの呼びかけが後押しする。フッと身体の強張りが取れ、見たこともない…助けを求めるような悲痛な表情で、青の瞳と少女の菫色の瞳が交差する。伸ばされた小さな手に縋ろうとする手は、しかし躊躇い引いていく。
     「私は…ここにはいられない」
     踵を返し、しなやかな獣のようにスルリと祭壇の天窓を抜け、姿を消した。少しして脅威が去ったのだと分かると、徐々に張り詰めた空気が薄れていく。
     「エリーゼ!」
     足の力が抜けたエリーゼはペタンと床に座り込んでしまった。ファイェンとクイーンが駆け寄ると、彼女は力なく笑った。
     「ごめんなさい。身体強化で少し酷使しすぎたみたいで…いっ…」
     腕を動かすも、小さく呻き腕をかばうように身体を抱く。クイーンが腕の様子を見ると、そこは痛々しく紫に腫れていた。
     「折れてそうね」
     「手刀を受けた時の影響でしょう…」
     「今、治すわ」
     クイーンはそう言うと、患部に手をかざす。
     「シンフォドリアが主 目覚めよドリュアデス」
     淡く優しい光が彼女の腕を包む。
     「ありがとうございます」
     そう言いながら腕を動かし、具合を確かめる。動きに問題はない。全身疲労に効く魔法薬を嗅がせてやれば、ある程度動けるまでに回復する。
     「それにしても、まずいことになったわ」
     「全くだよ」
     すっかり忘れていたが、兵士が困ったように床を指差す。
     「なんか大変なことになってたみてぇだけどよ…俺にとっちゃ遺跡を壊されたことのほうがよっぽど問題なんだわ」
     「ごめん、今それどころじゃない。カタリナなら事情話せば分かってくれるはず」
     「えっ…あ、おい!」
     兵士が止める声を聞かずに三人は急いで遺跡を後にした。実のところ面倒ごとに巻き込まれるのを避けたかったのである。それにカタリナなら咎めることはないだろうと言うのも本心である。遺跡を囲む森の、落ち着ける場所に腰を下ろす。あまりの出来事に、そしてファイェンは大切な友と離れたことを受け入れきれず、みな黙り込んでしまう。
     「はあ」
     一番最初に沈黙を破ったのはクイーンだった。彼女、突然のアクシデントには弱いが、立ち直るのは人一倍早い。年の功というやつである。
     「いつまでもしょぼくれちゃだめね。どうするか考えないと…でも、まあまずは一息つきましょ。近くに小川もあるみたいだし…うん、何か飲めるものを作りましょう」
     そう言って手慣れた様子で、小鍋やら何やら、野営の準備を始める。歩きがてら収穫したベリーや、自前の薬草を煮込むこと三十分。
     「はい。魔女特製の薬膳茶、召し上がれ」
     ファイェンとエリーゼは器を受け取ると、自然と息を深く吸い込んだ。コップから漂う香りが心を落ち着かせる。ベリーの苦みと砂糖の甘さが程よい。ファイェンにはまだ少し苦かったようで、顔をしかめていた。
     「カオスの自我はまだ残ってたみたいだけど…きっと残りの精霊の力を取り戻す度に薄れていくのよね」
     すっかり落ち着いたところで、先程の問題に戻る。
     「ええ、恐らくは」
     「昔のカオス…ややこしいから初代でいっか。初代としてはいち早く力を取り戻して、パンゲア大陸の人間共々滅亡させようとするでしょうね…うーん?てか、そうなるとカオスに協力してもらおうとしてたカタリナの計画も失敗じゃん!急いで連絡しないと」
     「他にも策は用意しているでしょうけど…」
     クイーンは急いで王城にいるフィオラに通信を繋げ、事の顛末を話す。
     『はあ!?それってつまり、アエルの魔術師以外にも脅威が増えたってことじゃん。師匠、ちょっと待って。女王んとこ行くから』
     しばらくしてカタリナも話に加わった。
     『そうか。それでは協力は難しいな…。とはいえ安心しなさい、戦の準備は進めてある。エーレクトラオス含む諸国も応戦してくれる』
     「さすが。こっちはファイェンのお父さん助けつつ、カオスを追いつつって感じになる」
     『ああ、もとよりカオス以外の君たちを戦力に入れようとは思ってないさ』
     焦るでもなく、冷静な対応を見せる辺りさすがの貫禄がある。ひとまずの情報共有をした所で、通信を切った。
     今回の出来事。少なくともクイーンとエリーゼは覚悟していたが、ファイェンだけはまだ受け止めきれずにいた。夜まで一度も口を開くことはなく、難しい顔をしていたが、晩御飯を済ませた後、彼女はエリーゼの傍に寄る。
     「私も魔術を使えるようになりたい」
     その瞳は真剣そのものだった。子供の好奇心と一蹴できるようなものではない。特に人の心の機微に敏いエリーゼは、そんな願いを笑うでもなく、しばし思案する。
     「本来、魔術とは基礎に始まり、応用を学んだとしても、一筋縄でできるようになるものではありません。術を使うにもそれなりの訓練が必要なのです。簡単なものでも三年はかかるでしょう」
     「お願い。弱音なんてはかないから。私もカオスの力になりたいの」
     「…分かりました。やれないことはありません」
     ファイェンの顔が明るくなる。だが依然としてエリーゼは真剣な表情のままである。
     「時間がないので、私の魔力を少しずつ流し込んでいく方法を取ります。当然、お互い負荷はありますが、魔力の使い方に慣れていないお嬢様の方が負荷は高くなりますので、ご承知おきを」
     「う、うん」
     そこまで言うと、フッとエリーゼは緊張を解いて微笑む。
     「では今日はもう寝ましょう。修行は明日からです」
     「うん!」
     元気に頷くファイェンの手を取り、手のひらに指先でくるくると何かを描く。
     「これはおまじないです。お嬢様の行く先が幸せでありますように」

     ファイェンはよほど疲れていたのか、寝かしつける間もなく、スヤスヤと寝息を立て始めた。エリーゼも横になろうとした時、クイーンが呼び止める。
     「寝ようとしてるところ、ごめんね。どうしても確認しておきたいことがあって」
     「なんでしょう」
     二人はファイェンを起こさないように小声で話す。
     「エリーゼ、あなた未来が見れるんじゃない?本当はこの戦いの結末も知ってるんでしょ?」
     というのも、星詠が未来を見れることは話程度に聞いたことがある。それに先程のカオスの言葉。過去を見れるなら未来も見れるのではないのだろうか。しばしエリーゼの視線が宙をさまよう。
     「……未来なんて、見れませんよ」
     「…」
     「例え見えたとしても誰にも言いません。それはつまり見れないのと一緒なのです」
     

     時は遡り、ルールのアレイスター領の墓地にマルシアとオスカーは居た。
     「この度はお悔やみ申し上げます」
     オスカーは墓前で安眠の祈りを捧げる。
     アレイスター家前当主と、長女、長男、つまりマルシアの父と姉、兄の突然死は今、貴族の間で持ちきりの話題である。察しの良い者ならその背景に気がついているかもしれない。
     「…オスカー卿。これは個人的な興味なのだけれど」
     マルシアの瞳にはもとより死者が映っていない。同じ血を分け合った家族の死に悲しむ素振りを見せたことは、葬儀の間であっても一度だってなかった。
     「貴方、未来が見えるのではなくて?」
     「…」
     「上級の星詠ならできると聞いたわ。本当はこの戦いの行く末も見えているんじゃないの」
     「残念ですが、見えるのは断片的で抽象的な未来だけです。それも今回のような大事となると、見るのはより難しい。確定された未来を見るというのは…人では不可能な次元なのです」
     「そう。でも抽象的なものは見えるのね」
     「まあ一応は…ですが見えたとしても私は言いません」
     「あら、どうして?それが国の有利になるとしても?」
     マルシアの言い草は、まるで人を怯ませるような冷たさがあるが、付き合いの長いオスカーには効かない。
     「これは私の信条です。人は決められた未来をあらかじめ知った上で歩くものではない。不確かな道を切り開くことで、成長できるのだと思うのです」
     「…」
     わずかにマルシアの瞳が揺らいだように見えた。しかし彼女の表情は何一つ変わらない。が、彼女のことだ。その凪いだ顔とは裏腹に、心のうちには熱い意思が燃え盛っているのだろう。この先、彼女がどんな選択をしようとそれを止められる人はいない。あのエミリオでさえも。彼女の強固な信念は誰にも揺るがすことのできない山の如く。それこそ定められた未来であると言わんばかりに。
     「エミリオを貴方に預けて正解だったわ」
     彼女の呟きは誰に聞かせるようなものではなく、ただしみじみとしていた。
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