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    yctiy9

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    yctiy9

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    夜明けを飛ぶ(4) いつか見た黄金の夜明け。太陽よりも明るく、視界は目が眩むほど輝いていた。世界の上澄みしか知らない私は、あまりの眩しさに目を覆う。
     遠くで低く澄んだ声が朝の空気を揺らす。彼方を飛ぶ黄金の体は自由を謳歌する喜びの声を上げて天高く舞い続けた。
     私もあの空を飛んでみたい。
     そう思って伸ばした手は、早朝のほんのり冷たい空気を掴むだけだった。
    ♢ 
     「おや、殿下は行かれないのですか?」
     バラウルの剣を求め、出立する日の朝。指定された場所、宮廷前の広場にエルドモンドが現れない事にヌルは疑問の声を上げた。代わりに来た精鋭兵が、「何を言っているのだ」と言わんばかりに硬い表情で答える。
     「殿下はお忙しいのだ。代わりに我々が行く」
     「なるほど」
     最もらしい理由にヌルは頷き、精鋭たちを従え森の中へ入っていった。王位継承がかかる重要な任務にも関わらず、自分の足で行かないことに何の疑問も抱いていないようだった。そして彼は兵士たちと共に帰らずの森へと入っていく。これが成功すれば自分も上級層に仲間入り出来ると心踊らせて。
     一方その頃、アレクサンダーも森へ入る準備を整えていた。先に準備を終えた彼は、緊張した面持ちの住民に囲まれ同行者を待った。静けさも相まって、鼓動がいつもより早いのを客観的に理解していた。
     「ナブナ、もし街に何かあればお前が先導するんだ。いいね」
     「はい、お任せ下さい」
     アレクサンダーは付き人のナブナを確実に信頼していたし、実際よく出来た部下だった。きっと彼なら自身の不在中、上級層に何かしらの動きがあっても臨機応変に対応してくれると考えたのだろう。ナブナ自身は連れて行ってもらえないことに少し不満そうではあったが...。そんな無口だが従順な大型犬の気分を逆撫でするように、「ちょっとどいて!」という声と共に住民を押しのけ、間から少年が顔を出す。
     「殿下!お待たせしました!」
     「よし、じゃあ行こうか。マルセル」
     「お待ちください、殿下。これを」
     呼び止めるウルバが差し出したのは、ちょうど掌に乗るサイズの乾燥した木片だった。紐を通し、首から下げられるようになっている。
     「お守りです。これを持っていれば竜に襲われないと伝えられています」
     「ありがとう」
     「俺にはないの?」
     「あなたは自力で頑張って」
     彼は「え〜」と心底残念そうに肩を落とすもんだから、皆クスクスと笑った。こうして二人は街の人々に見送られ、森に踏み入ったのである。
     この時、アレクサンダーは笑って手を振っていたが、その心中は穏やかでは無かったに違いない。何せ次期王の座がかかっているのだ。これまでの経緯を振り返ってみれば、言うまでもなく彼が王になる以外に、国民が幸せになる方法はないのである。となるとここで剣を持って帰って来ることは必然の使命であった。少なくとも国民に限って言えば、この期に及んでサン・シドメヌゥに対して蜂起しようなどという愚かな輩はいない。(それは裏を返せば皆、彼に期待していたという訳だ。) 
    ♢
     「王よ、我が夫よ。なぜあの愚息に王座の機会を与えたのですか」
     王妃シタの細められた眼光は、彼女の怒りを雄弁に物語っていた。それでも王が動じることはない。
     「思い出したのだよ。かつての戦友に言われた事を」
     広場で見たあの瞳。まるで太陽のようだった。忘れていた勇姿、希望、覚悟。心を掴まれ、揺さぶられた。自らを王と名乗ることを恥じたのは、後にも先にもこの時だけだろう。眩しさに耐えきれず、目を伏せたのである。それくらい輝いていた。
     だが毒蛇はそれを許さない。
     「あの男はあの場で追い詰められ、初めて自身の罪を認めました。元々、秘密裏に動いていたのですよ。それは王への侮辱ではありませんか。それに彼の母親も同様の罪を犯し、認め、自害しました。きっと同じことをしでかします」
     「それはお前に言えた義理か?」
     その意味にシタの背筋に悪寒が走る。ギロリと睨まれれば、彼女は指一本動かせない。
     「お前がサラハを謀殺したことを我が知らないとでも思ったか」
     静かだが彼女を仕留めるには十分な言葉に、冷や汗が頬を伝う。そこでようやくシタはシドメヌゥの恐ろしさを理解するのである。彼は気に入らなければサラハ同様、自分も簡単に殺せるのだ。ヘタヘタと座り込む姿はさっきまでとは別人だった。
     それから翌日。吉報を待つ王のもとに兵士がやってきて、耳打ちする。
     「先程、物見から報告が…」
     「そうか」
     兵士の報せを聞き、彼は笑った。 
    ♢
     時は森に入る日に戻る。
     森というのは常に人を受け入れ、時に人を拒む。一度入ってしまえば、そこは原生種が支配する世界。郷に入っては郷に従うのが最善策である。間違っても自分を強者であると奢ってはいけない。それこそエリュシオンへと還る、すなわち死への近道になるからだ。
     早朝、森に入ったアレクサンダーとマルセルは、既に入っていたエルドモンド隊を追うように奥へ奥へと進んでいく。バラウルはミルヴィエの端、大渓谷の壁面の洞窟に住んでいる。迷わず歩けば夕方頃には到着するだろう。しかし夜の森は危険である。日が落ちる前には着いておきたかった。
     近くに着いた頃には既に日は西に傾き、あと二時間もすれば夜を迎えるであろう状況だった。時折聞こえる動物の鳴き声は昼間とは打って変わって不気味さを増す。さらに頭上で鳴く竜の声が二人をより緊張させた。
     木立の間から先行隊の姿が見えたところで、アレクサンダーは立ち止まる。そのせいで止まりきれなかったマルセルが背中に衝突した。鼻を擦りながらも声をかけようとするマルセルだったが、それを彼は手で制した。指をさした先を見てマルセルも状況を納得したらしい。そして彼は件のエルドモンドがいないことに気づく。
     (エルドモンド殿下は…?)
     (彼が来るとは思えない。いかにも自分は安全圏から見守っているタイプだろう?)
     (はは…。それにしても、どうするんですか?先に取られちゃいますよ、剣)
     (もう少し様子を見よう。今の時間は竜が帰ってくる可能性が高いから、危険すぎる。もし彼らが剣を持って来たら、その時は奇襲。持って帰れなかったら、夜明けを狙おう)
     (夜明けですか?)
     (ああ。夜明けは竜が飛び立つからね) 
     ほお、と感心しかけてマルセルは言葉が止まった。ハッと息を飲み、咄嗟に口を押さえる。それを見て、何事かとアレクサンダーが振り返る。
     崖の端で誰かが落ちるのを見てしまった。それも事故的にではなく。
     (案内人か)
     (…兵士が斬って……それで)
     (そうか。きっとエルドモンドの命令だろう。彼ならやりかねない)
     (ひどすぎる)
     途端、言葉をかき消すようなバサバサという大きな音と共に森がざわめくと、地鳴りが響く。だがそれが地鳴りでないことは直ぐに分かった。先程、人が落ちた崖に、咆哮を上げながら金の巨体が突っ込む。
     「バラウル!」
     竜は洞窟に降りようとしていた兵士たちを一瞬にして食い散らかす。ある者は丸呑みにされ、ある者は爪で貫かれ、そこは瞬時に阿鼻叫喚の地獄と化した。あまりの悲惨な光景に、耐えきれずマルセルはその場にうずくまり嘔吐く。さすがのアレクサンダーも木の陰に身を隠し目を背けた。永遠にも感じる絶叫が事切れ、恐る恐る顔を出したその時、赤と緑の視線が混じり合う。それは時間にして一瞬だった。怒りに燃える瞳は赤くどす黒く、我を忘れている。憤怒の声は森を揺らし、轟音となって街を越え、宮廷まで届いたに違いない。こうなっては人間には手もつけられない。
     アレクサンダーは逃げ出そうとするマルセルを引き止め、後ろ向きに下がる。バラウルは、より近かったアレクサンダーに狙いを定め巨大な口でもって仕留めようとかかるが、その巨体が木につっかえるのか、木々を踏み台に空へと舞い上がった。その影響で木はミシミシと激しい音をたてて二人の上に倒れ込むが、運良くかすり傷ですんだだけだった。倒木のお陰で、二人の姿は頭上を飛ぶバラウルからは見えていないらしい。それでも居場所は分かるはずなので、次に行動を移すには時間が限られていた。最適な行動なんてものは、アレクサンダーの頭の中には一つしかなかった。それが上手くいかなければ全力で逃げるか、もしくは死か。
     「火を」
     言われた通り、マルセルは火打ち石と金属片を取り出し、カチカチカチカチとぶつけるが、どうにも上手くいかない。その間にもバラウルは怒りの声を上げながら探し回っている。それが見つかるまでのカウントダウンのようで、より彼を焦らせる。
     「貸せ」
     痺れを切らしたアレクサンダーは確かな手つきで火花を散らすと、火口に火種を移した。それにお守りとして貰った木片をくべ、煙が出た辺りで引き上げる。
     「マルセル、もし私が戻って来れなかったら君は逃げろ。森の外まで行けば追ってくることはないはずだ」
     「え!?正気ですか!」
     アレクサンダーは過去の記憶とウルバを信じ、倒木から飛び出して大声を上げた。
     「バラウル!こっちだ!!」
     その声に大きな体を反転させ、彼目掛けて急降下する!ゴォゴォとまるで隕石が突っ込んでくるんじゃないかという轟音をたて、落ちてくる。と同時にアレクサンダーも持っていた木片を中空目掛けてぶん投げた。煙を上げて飛び上がる木片はバラウルの気を引いてくれたらしく、自由落下を始めたそれを大きな口でキャッチしてしばらく大空を駆けてからゆっくりと降りてきた。その頃にはすっかり大人しくなっていて、先程までの激情が嘘かのように、落ち着いた様子で木片を啄んでいた。
     「すげぇや…あれの使い方を知ってたんですか?」
     「子供の頃に本で読んだんだ。あれはイ・ヴィジャと言って、古い言葉で『竜を落ち着けるもの』という意味がある。ウルバがそれを知っていたかは分からないけどね。さあ行こう」
     マルセルは、バラウルへ近寄るアレクサンダーを慌てて追いかける。
     人影に気がついたバラウルはゆっくりと顔をこちらに向けた。陽光に照らされ光り輝く巨体は恐らく十メートルはあるだろう。その大きさに圧倒され、マルセルは思わずヒュッと息をのむ。が、また怒らせてはもう為す術なしなのは分かっているので、自身を叱咤激励しアレクサンダーと同じようにそれっぽいお辞儀をした。そして、目を見て『ご挨拶』。
     「バラウル。ごきげんよう」
     言葉は無いが、応えるようにバラウルもお辞儀する。アマーナの唄は本当だったのだ。それが分かって、マルセルの緊張は徐々に解けた。
     「お願いがあります。私にあなたの宝物を貸していただけませんか」
     バラウルは何故?と優しい表情で頭を傾げる。
     「国民の命運がかかっているのです。我が父シドメヌゥは、義兄と私のうち、あなたが持っている剣を持ち帰った方を次期国王にすると宣言しました。私の義兄が王になれば、人々はより圧政に押しつぶされるでしょう。それを阻止するためにあなたの力を貸していただきたいのです」
     真っ直ぐな瞳に射貫かれたバラウルは、二人を口先で摘み放り上げると、背中に乗せ歩き出した。エリュシオンとの境に位置する、大渓谷の崖側面の横穴に入ったところで二人は降ろされた。足場の悪い湿った通路を抜けると、行き止まりの空間にたどり着いた。洞窟はバラウルが一頭入ってちょうどいい大きさだ。奥へ通された二人は、松明を掲げる。するとどうだろう、眼前に広がるのはキラキラと輝く空間。色とりどりの幻想世界に感嘆の声を上げる。
     夜になれば天井から差し込む薄い月光で数多の金銀財宝が煌めき、透明で幻想的な光が壁面を踊る。宝石は既に完成された形として、金銀は全て粒状として洞窟内部を埋めつくしていた。これだけあれば、金に換えたとして、何回分の人生を遊んで暮らせるか分からない。
     そして、その中央には他の何より存在感を放ち、地面に突き刺さった剣が鎮座していた。それこそが彼らの求めていた剣である。刀身は噂に違わぬ黄金で出来ており、一部、鱗の形を残している。剣の傍には古代文字で碑文が認められていた。
     『太陽の剣 ここで待つ』
     遠い時の中、主を待ち続けていたのだ。そして今、守り人に認められた勇敢な青年によって日の目を浴びようとしていた。
     握った柄はひんやりと冷たいが肌に馴染む。ゆっくりと引き抜かれ、頭上に掲げられると、一層輝きを増す。高鳴る心臓とは裏腹に呼吸はゆっくりと深く。
     守り人は高らかに声を上げ、主を得た剣の喜びを代弁した。
    ♢
     私は竜のように大空を駆けてみたかった。けれどそれが叶うことは無かった。そもそも私は人の子として産まれたわけだし、空を飛ぶことなんて叶うはずもなかったのだけれど、それでも夢の中ではいつでも空を飛んでいたいと願った。
     私は竜について書かれた本を好んで読んだ。王の側室として嫁いでからも暇があれば読み耽っていた。息子のアレクサンダーが産まれて、物心がつく少し前からは一緒に本を読んだ。
     「サラハ様、またその本ですか?」
     「ええ。ウルバも読む?」
     「いいえ、私は文字が読めませんから」
     「じゃあ私が教えてあげる」
     法律で禁止されていたわけでもなかったから、私はウルバに文字の読み方を教えた。アレクサンダーも一緒になって勉強した。王は何も言わなかったけど、正室のシタ王妃は気に食わなかったらしい。
     彼女は私が民に入れ知恵をしていると、王に嘘の情報を流して不安に陥れた。私が否定しても、事実、文字を教えていたことは本当だったし、悪知恵の働くシタはわざと偽の蜂起文書を作ってまで、私たちを堕とすところまで貶た。それにまんまと騙された王は怒りを示し、私が毒杯を仰ぐことで罪を許した(実際には冤罪である)。
     ああ、願いが叶うことは無かった。けれど可愛いかわいい私の息子と共に見た朝焼けは綺麗だった。私が子供の頃に見た景色は儚く冷たいものだったが、あなたと見たそれはまるっきり違っていたわ。純粋な翠緑の瞳を輝かせ、空に憧れを抱いたあの輝きを忘れたくない。
     いつかあなたが大空を飛べる、そんな未来が来て欲しいと身勝手に願う。そして朝焼けの中の黄金の姿のように立派に育っておくれ。
    ♢
     「ひぃ〜…!殿下、絶対に落ちないでくださいね!?」
     「あははは!なんて?もっと高く?」
     「わざとでしょ!?高いのは苦手なのに!」
     洞窟で仮眠したアレクサンダーとマルセルは、バラウルの背中に乗って雄大な大空を飛んでいた。マルセルはアレクサンダーにしがみつき下を見ないように努めていたが、彼とは反対にアレクサンダーは両腕を広げ風を満喫していた。
     眼下にどこまでも広がる大陸、遠くを縁取る地平線。地平線から空を彩る、橙と濃紺のグラデーション。どこまでも行けると錯覚してしまう。冷たい風が火照った身体を冷ます。
     おぞましい記憶の中で彼女は言う。
     『空を飛んでみたかった』と。
     貴女にも見て欲しかった、この景色。
     彼は叫んだ。それに応えるような低く澄んだ鳴き声は、どこまでもどこまでも響き渡った。
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