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    yctiy9

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    yctiy9

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    これで終わりです。
    お付き合いありがとうございました。

    夜明けを飛ぶ(終) ナーバストラに戻った二人は玉座へと走る。
     「おかしい」
     息せききらしながら、アレクサンダーは見回す。いつもなら兵士が並び立っているはずの宮廷の廊下には、傷ついた人々が倒れているのだ。綺麗なままの建物を見る限り他国からの侵略ではない。となると極小数の、それも目的が定まった者の犯行の可能性が高い。そして今の状況で反乱を起こすのはあの人物しかいない。アレクサンダーは真っ先に王の間へ飛び込んだ。
     「エルドモンド!」
     玉座に立つのは彼ただ一人。血の滴る剣の先、彼の足元にはシドメヌゥの遺体が無造作に横たわっている。既に息はなかった。恐らく物見台で、自身が遣わせた兵士たちが帰ってくるのを今か今かと待っていたのだろう。それが一番帰ってきて欲しくない人間が戻ってきたことで、耐えきれず殺戮に及んだに違いなかった。
     彼は開ききった瞳孔でアレクサンダーを見るなり、狂ったように叫ぶ。
     「俺こそがナーバストラ新国王、サン・エルドモンドだ!跪け、敬え!さもなくば貴様も斬りす!」
     「王を手にかけたか!」
     「黙れ黙れだまれ!貴様がいなければ俺は王になれた。あなたもだ、母上!誰よりも俺が王になることを望んだ。それがこのザマだ!」
     「ごめんなさい!でももうあなたは王になれた」
     「あなたまで俺を馬鹿にするのか!」
     権威に囚われた若き王は手当り次第に剣を振り回し、運悪く頭を打ったシタは呻き声をあげて絶命した。手をつけられないと悟ったアレクサンダーは、マルセルと二手に分かれ、自身はアマーナたちの元へと向かった。一家は王宮の地下にある牢屋に幽閉されていた。しかし牢の前では屈強な兵士が監視している。初老ではあるが、歴戦の傷からして手練なことは一目見て分かった。しかし彼はシドメヌゥの部下であって、エルドモンドの味方ではないはず。話せば分かるだろうか。
     「牢を開けてくれないか」
     「それはなりません。サン・シドメヌゥの命令には逆らえませんから」
     「王は死んだ。もう命令に従う必要はない」
     「ならば私も死して我が王の命を果たすまでです。それが従者の名誉というもの。それが分からぬお方ではないと信じております。それでもと言うのなら、お覚悟!」
     そう叫んで彼は斬りかかる。ギリギリで躱すと、直前まで立っていた床はパラパラと割れていた。彼は本気である。間髪入れずに次の斬撃が飛ぶ。
     「分からないか!エルドモンドが王になった!であれば、ここの警備は最早王命ではない!」
     「新たな主君を王として認めぬ限り、私は私が主と認める方に従うまで!」
     振り下ろされた剣はけたたましい金属音をたて、アレクサンダーの剣とぶつかり合う。金の刀身に自身の瞳が映り込む。その瞬間、アレクサンダーはハッと思い立った。
     「王の言葉を忘れたか。彼はこの黄金の剣を持ち帰った方を次期国王にすると宣言した。ならば真の王は私である。これは亡き王の遺志でもある!」
     「…」
     その場しのぎのはったりだったが、彼はゆっくりと剣を引いた。答えはそれで十分だった。アマーナたちを解放し、去ろうと部屋を出かけた時、兵士はアレクサンダーを呼び止めた。
     「殿下。サン…いえ、前王が王座に選択肢を残したのは、あなたを少しでも認めたからです。あなたは彼を変えた。どうか、ご武運を」
     外に出ると、バラウルに乗ったマルセルが待っていた。
     「殿下、エルドモンド側は今の所混乱状態です!とはいえ早くしないと追っ手が来るかもしれない!」
     全員バラウルの背に飛び乗ると同時に、空高くへと舞い上がった。下では少数の兵士が形だけでも引き留めるべくにじり寄って来るが、やはり竜を目の前にして腰が引けているらしい。バラウルは威嚇も含め、建物の屋根を蹴り壊し、そのまま北東に飛び始めた。馬よりも、隼よりも速く。それでももっと早く着いてくれと誰もが願った。
     一時間もしないうちに、金の姿を捉えた民達は歓喜の声を上げた。未来の王の帰還だ、と。だがそれも束の間の喜びで、事の状況を聞いた人々は震え上がった。きっと次に殺されるのは自分たちに違いない、と。
     「ナブナ、皆を連れて森の奥へ避難しろ。そこならエルドモンドも来れまい。マルセル、君もだ」
     「どうして。殿下はどうするんですか」
     「私はエルドモンドを討つ」
     「であれば私も連れて行ってください」
     グッとナブナが迫る。
     「これは私たち王族の問題だ」
     「今さら何を。私はあなたの従者です!主と共に戦場に赴くのは従者の誉です」
     アレクサンダーはその言葉に牢での出来事を思いだす。普段よりも喋るナブナのおかげで、彼は徐々に落ち着きを取り戻す。
     「…もしかしてミルヴィエに連れて行かなかったこと、怒ってる?」
     「当然でしょう。私の能力を買ってくれたことは分かりますが、それでも納得がいきません」
     あまり感情を顕にしない彼が無表情のままグイグイ来るものだから、こんな状況にも関わらず思わず吹き出しそうになった。
     「死んでも文句は言うなよ」
     「もちろんですとも。既に準備は出来ております」
     「流石だ。…ナブナ、お願いがある」
     二人の会話が終わった頃を見計らって、ウルバがやって来る。彼女は今この場にいる誰よりも落ち着いていた。
     「殿下、どうか戻ってきてくださいね。皆、あなたをお待ちしておりますから」
     「私を認めてくれたと受け取っていいのかな」
     「あなたを認めるのは私ではありませんよ。それに、ほら。彼らの顔を見てあなたを認めずにはいられないでしょ」
     彼女の視線の先を追いかけ振り返ると、武具を身につけた男達が今か今かと待ち構えていた。溢れだす闘志は今から退避する人のものとは思えない。
     「皆、逃げろと言っただろ」
     「逃げません。あなたが見せてくれた希望をあなただけに背負わせたくない。それに殿下、俺たちはあなたと同じ景色を見たいんです」
     その言葉にアレクサンダーの表情は無意識に和らいだ。
     仮眠を取って英気を養った一行は、夜明けを待たずして宮廷を目指す。日が昇る前だからなのか、それとも誰もが恐れているのか、王都はシンと静まり返っていた。その奇妙な静寂に不気味ささえ感じる。なるほど、これこそ嵐の前の静けさであろう。宮廷前の広場で、アレクサンダーは腹の底から声を張る。
     「エルドモンドはいるか!」
     その声に空気が震える。
     しばらくして、ゆらりとエルドモンドが姿を現した。現れたのは彼一人。纏う雰囲気は禍々しく、背筋が凍る。ゆっくりとゆっくりと階段を降りる姿に生気はなく、正気にも思えない。
     「私は貴殿に決闘を申し込む。これは慈悲であるぞ。もし逃げれば私たちは宮廷に攻め込む。王ならば、よもや国を捨てて逃げようなどとは思うまい!」
     その言葉でようやくエルドモンドの瞳はアレクサンダーを捉えた。
     「貴様はどこまでも俺の邪魔をする!その息の根、ここで止めてやろう!!」
     二人は同時に一歩、前へと踏み出した。
     アレクサンダーは静かな声で言う。
     「誰も邪魔はしてくれるなよ」
     その言葉を皆、静かに聞き入れた。
     向き合う二人は互いの呼吸を読み、剣を構える。決闘の始まりを報せる声はない。その場の冴え渡る空気がひりついた時、同時に駆け出した。
     勝負は一瞬だった。
     僅かな剣戟はあれど、お互い相手を殺すことだけ考えていたため、勝敗を喫するのに時間はいらなかった。剣を振り上げるアレクサンダーの腹目掛けてエルドモンドの刃が突き刺さる。身体を貫くそれは間違いなく致命傷だが、勝機でもあった。アレクサンダーは相手の腕を掴み逃がさない。そして目一杯の力で剣を振り下ろし、エルドモンドの首を落とした。
     宙を舞う首は最期まで恨めしげに義弟を睨み付けていた。
     だがそんな視線には気づかず、しばし堪えていたアレクサンダーだったが、地面に膝をつく。流れ出る血と共に、徐々に立ち上がる力さえ無くなっていく彼は、駆け寄るナブナを制した。ナブナの瞳には躊躇いがあったが、それでも従者として彼は主の命に従うことを選び、出来る限り大声で叫ぶ。
     「皆の者、勝鬨を上げよ!!」
     戸惑いと悲しみ故に僅かな間があったが、アレクサンダーの意図を汲み取った少数の叫びを皮切りに、やがてそれは歓喜と、そして英雄への追悼歌となった。
     地平線から昇った日の光に照らされ佇む宮廷は、たった今、一つの国の滅亡を見届けたのであった。
    ♢
     後にナブナは語った。
     安全な場所へと運ばれた時点で既に、目の前にいる人物が信頼していた従者なのか、それとも森を駆けた友なのか分からないほど衰弱していたアレクサンダーだったが、大空を響き渡る声を聞いてこう言った。
     「夜明けだ」
     その言葉を最後に、安心したように息を引き取った。
     アレクサンダーがエルドモンドの首をはねる直前、朝日を受けて黄金の剣が一際輝いたと言われている。後に剣を太陽剣と呼ぶ者もいた。アレクサンダーが亡くなった後、剣は再びあるべき場所へと戻っていった。恐らく今でも新たな主の訪れを待っているに違いない。
     残された私たちは新天地を探し、そこに根を下ろした。中には亡国ナーバストラに残った仲間もいる。別れを名残惜しく思うも、彼らの意思を尊重するのもまた私たちの選択である。
     建国後、互いに衝突はあれど、国は着実に成長を遂げていった。かつて命令に従うしか出来なかった私たちが、国を作ったのである。未だ課題は多く残るが、それでも誇りを抱いている。
     もしあなたが見ていたらなんと仰るのでしょうか。在りし日のように笑ってくれるのでしょうか。あなたの残してくれた光を思い出す度に、私たちは前に進もうと立ち上がれるのです。どうか安心してお眠りください。
     
     トゥンナイキオ ユィンナト ンナヴィム
     太陽のご加護があらんことを。
     
     著 アマーナ
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