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    yctiy9

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    yctiy9

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    昔書いたものを若干修正。
    下ネタはありませんが、最後の方で若干のカプ要素ありです。

    クレアマ前編 「おやぁ、アマンセル卿。今日は旦那さんはご一緒じゃないんですか?」
     王城で用を済ませ、庭園の花が見頃だったので池に出っ張った東屋でゆっくりしていた時の事だった。からかうようにアマンセルに話しかける男が一人。
     「フロスト卿、ごきげんよう」
     フロスト卿はニコニコと笑っているが、眼鏡の奥の瞳はこちらを探っているようで、感情が読めなかった。アマンセルが立ち上がり挨拶すると、笑顔はそのままに彼は「どうも」と返した。
     「残念ながら、クレロ卿は他に用事が」
     「あら残念。というか、旦那は否定しないんですね」
     「した所で、それを証明する手立てがなければあなたは信じないでしょう?」
     「全く…可愛くないですね」
     口を尖らせてぶうたれるフロスト卿を何とも思わず、座ってはどうかと提案する。
     「別に花を愛でる趣味はないですが。それよりも私は噂話に花を咲かせたいタイプなので」
     そう言いつつも素直に座る彼は、つまらなさそうに庭園の花と、池をスイスイと浮かぶカモを眺めている。
     「いやぁ、しかし本当にあなたがミシガン家に選ばれて良かった」
     「………」
     「やだなぁ、ホントに思ってますよ?本心ですよ?あの時あなたが動かなければ、もしかしたらクレロ卿もミシガン家には選ばれなかったかもしれませんね…最悪、それ以上に取り返しのつかないことになっていたかもしれない」
     あの時。
     そう、あれは忘れもしない二年前の話。それはまだミシガン候補でもなかったアマンセルの運命を変えた日であった。

     二年前。
     既にミシガン候補としてその名を噂されていたクレロは、当時通っていた騎士学校でも当然注目の的だった。アマンセルも優秀な親友が候補に選ばれる事は当然だと思っていたし、誇らしくも思っていた。一方でそれをよく思わない輩がいることも世の常である。
     クレロはアマンセルの前でこそだらしないが、それを知らない人、特に婦女子方からあどけなさの残る剣豪の美青年としてその瞳に映っていたこともあって、一部の男性陣からはあまり面白く思われていなかった。そこに加えてミシガン家、すなわち王の側近の一員に選ばれれば、より箔がつくのだから余計面白くない。その男性陣の中でも、これまたミシガン家候補に選ばれていたヘオという男が特に彼を敵視していた。元来よりマイペースなクレロは、周囲からの負の感情をあまり気にしていなかったが、ヘオの狡猾さを鑑みると何か良くないことが起きるのではないかとアマンセルは胸騒ぎがしていた。だがそれを言ったところで「大丈夫でしょ」と返すのは、人間関係に疎いクレロの行き過ぎた楽観的な性格によるものだった。
     嫉妬に駆られた人間ほど怖いものはない。特にこの貴族だらけの世界に渦巻く愛憎劇が良い終わりを迎える例などあまり聞いたことがない。
     そしてその影は徐々に顔を出し始めた。
     「はぁ」
     アマンセルが、実家の屋敷の中庭で微睡みに落ちそうになっていた時の事だった。一人の少女が彼の横に気だるげに腰を下ろす。彼女は体を傾げてアマンセルの肩に頭を乗せると、彼と同じ深紅の髪を指先で弄ぶ。
     「どうしたの?」
     少女ーアマンセルの妹ベニータは「んー」と生返事を返す。
     「ヘオがしつこくて」
     「また……」
     彼女は以前よりヘオから恋人になるよう言い寄られていた。そこに恐らく愛情はなく、アマンセルを介してクレロと友人関係になったベニータを手中に収めることで、優越感に浸りたいだけなのだろう。初めこそすぐ飽きると思っていたが、かれこれ半年は諦めていない。妹が困っているのでやめて欲しいと何度か伝えた際には、一時的に頻度は減ったものの再発しているようだ。何故あんな誠実さの欠片もない人間が、王の側近候補に選ばれるのだろうか。アマンセルは理解できなかった。
     「それよりさ」
     こうしてすぐに話題を切り替える彼女の瞳を見る限り、偽りの愛を囁く彼の事を鬱陶しくは思うものの、歯牙にはかけていないらしい。なんともまあ強い妹だ、とアマンセルは頼もしく思う。ベニータはアマンセルの肩から顔を上げると、顔を近づけて小さく囁いた。
     「あいつの取り巻きの女子が話してたんだけどね」
     そこで一旦言葉を止め、微かに首を動かして周囲を確認して誰もいないことを認めると、先程よりもさらに小さい声で囁いた。
     「ヘオが…本格的にクレロを候補から引きずり下ろそうとしているらしいの」
     アマンセルは一瞬僅かに朝焼け色の目を見開くが、すぐに眉を顰めた。兄から体を離した妹の顔は嘘をついていないように見える。彼女も兄の顔を見てなにが言いたいか察したらしい。
     「私がお兄様に嘘をついたことがあった?」
     アマンセルは敵わないなと首を緩く横に振る。
     昼下がりの眠気が覚めたアマンセルは腕を組む。そうは言われても、以前から再三クレロにはヘオに注意するよう言っているが、彼は全くと言っていいほど気にしない。ヘオの方は高慢ちきであれど馬鹿ではないから、クレロを陥れるにしても堂々と動くはずがない。どうしたものか。
     「他に情報は?」
     「何か喋ってたけどあまり聞きすぎてると怪しまれるから……ごめんなさい」
     「いや、ベニータが謝ることじゃないよ」
     感謝の意味を込めて彼女の頭を撫でてやると、ベニータは頬をほんのり赤らめてはにかむ。
     「ベニータ、今から時間ある?」
     「ええ」
     「話がある。部屋に行こうか」
     可愛らしい妹は元気よく返事すると、兄の後を追った。
     数日後。
     「レディ ベニータ」
     耳にタコが出来る程、聞き慣れたその声にベニータは形の良い眉をピクリと動かした。彼女は声の主と向き合う。件の男は、相手をイラつかせるような余裕のあるニヤニヤした笑みを浮かべていた。
     「ヘオ卿、ごきげんよう」
     「ごきげんよう。気持ちは変わらないかい?」
     「…………」
     ベニータは顔をクイッとあげ、じーっと男の顔を目を細めて睨めつける。いつもならすぐに拒否の態度を示すのだが、普段と違う反応にヘオは「ん?」と不思議そうな顔をする。
     「条件を呑んでくれるなら良いわよ」
     「条件?」
     ほう、と面白そうに彼は笑う。
     「クレロ卿との決闘であなたが勝ったら、恋人になってあげる」
     その条件にヘオは、ほぉーと愉しげにため息を漏らした。そして二つ返事で答えた。
     「面白い!受けて立とう」
     「クレロへの決闘の申し込みはあなたからしてちょうだい」
     「ああ、構わん。だがなぜだ?急にどうした」
     「……あなたがミシガン候補に相応しい所を、私に見せてちょうだい」
     ベニータは挑発するように、艶めかしく笑う。本当はこんなこと苦手なのに……と、上手く笑えてるか分からない表情を必死に保った。
     「ふん。小生意気な……」
     そう言い放ち踵を返す彼の顔は、言葉とは裏腹に瞳に熱を宿していた。
     男の姿が見えなくなると、ベニータはゲッソリした表情で「うぇ……」と脱力した。
     ヘオがクレロに決闘を申し込んだという噂は、瞬く間に騎士学校全体に広まった。

     時を同じくして中庭をぶらついていたアマンセルの元に、怒りの形相でクレロがズカズカと詰め寄る。彼は周囲の目も気にせず、勢いのまま胸ぐらを掴んだ。その場にいた生徒たちが息を呑んで事の行く末を見守っている。普段仲の良い彼らが喧嘩するのが珍しい上に、感情を昂らせることのないクレロが激昂している様子がさらに珍しいらしく、心配や好奇の目が二人に刺さる。
     「お前の指図らしいな」
     その低くドスのきいた声は、彼に出会ってから一度も聞いたことがなかった。彼の気迫に気圧されないよう、アマンセルは意識的に呼吸を落ち着かせる。
     「ベニータに聞いたぞ。お前が無理矢理条件を突きつけさせたんだってな」
     「……皆、君ばかり持ち上げて気に食わなかった」
     アマンセルはクレロを睨みつけ、低い声で淡々と言う。
     「そうかよ。お前が妹を利用するヤツだったとはな」
     「軽蔑したか」
     「ああ……反吐が出る」
     クレロはアマンセルを乱暴に突き飛ばすと、もう一度彼を睨みすえて足早にその場を去った。野次馬達は触らぬ神に祟りなしといった様子で自然と身を引いて、クレロの通り道をつくる。
     彼の背中が見えなくなると、アマンセルも周りの目がいたたまれなくなって、胸元を整え何事もなかったかのように中庭を後にした。

     その日、帰宅するとコンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえる。ベニータは部屋に入ってくるなり兄の顔を見て、わっと泣き出し両手で顔を覆った。
     「わたし……わたし…………」
     震える彼女の背を優しくさすり、肩を抱く。彼女はアマンセルの胸の中で泣き続けた。気が落ち着き始めた頃、彼女は涙を拭いアマンセルから離れた。泣き腫らしたその赤い目元を見て、アマンセルの胸が痛んだ。
     「ベニータ、後のことは任せて。もうしばらく君には辛い思いをさせるだろうけれど……」
     視線をふいと足元に向け申し訳なさそうに話す彼の手を取って、ベニータは困ったように眉尻を下げて笑う。
     「大丈夫です!ですからどうか……どうか思いつめないで…」
     優しい言葉に彼は、彼女の手をそっと握り返した。
     ベニータが去った部屋で、アマンセルはベッドに倒れ込む。今日がこれまでの人生で一番疲れたと言っても過言ではない。だがまだ勝負は終わってない。
     正直怖かった。クレロと対峙した時、震える声を抑えるのに必死で、喉から絞り出したその声はまるで他人の物のように低かった。あんなクレロを見たことがなかった。今後、もう昔みたいに話すこともままらないのかなと考えると、自然と眉間にシワが寄る。
     「はぁ」
     ため息と同時にシーツを握る手に力が籠り、顔をベッドに埋めた。
     「ダメだ」
     クヨクヨしている場合ではない。アマンセルは起き上がって筆を取り手紙を書き出した。

     決闘の噂が学校に広まってから二日が経った頃。
     「フロスト卿。お話とは?」
     騎士学校の非常勤講師ファウスト・デ・フロストに呼び出されたニアナは、応接室に通されるや否や間をおかず本題に入った。ファウストはいやらしい笑みをニコニコたたえたまま、彼女にソファに座るよう促す。
     「この学校の二人のミシガン候補の事です」
     ファウストは喉の奥でくつくつと笑う。これから話す事が面白おかしいらしい。わざわざ呼び出しておいてまさか良い報告があるとは思えない。ニアナはこの男のこういった悪趣味な所が苦手だった。
     「生徒の噂ではあるのですが、実は今度、一人の少女を巡って二人で決闘を行なうそうでね」
     まさか未だに目の前でニヤニヤと笑っているこの男が、そんなおとぎ話にありそうな恋の話をするために自分を呼ぶはずがない。ニアナは彼の言葉の続きを待った。
     「その決闘を仕掛けたのは、かねてからヘオ卿に言い寄られていたベニータ嬢。加えて候補の一人、クレロ卿が親友のアマンセル卿と仲違いしたそうでね。ふふ……面白い匂いがしませんか?」
     「アマンセル卿にベニータ嬢……グスマン公爵のご子息にご令嬢ではないか。以前お会いしたことがあるが、そういった無意味な争いごとは好まぬ聡明な雰囲気だったが」
     「ええ」とファウストは相槌を打つ。もう分かっているでしょうとでも言わんばかりの視線でニアナを見つめる。
     「兄妹の腕の見せどころといった感じだな」
     「ええ。騎士にはあるまじき拙い騙しあいではありますが、ミシガン候補となると一見の価値ありかと」
     ニアナはふっと笑って肯定の意を示した。
     「ですがね……さすがに怪我されるとこちらも説明責任を負わされるので、緊急の時はすぐに止めてもらいたく」
     「本題はそれか」
     「まさかまさか。先程以上に美味しい話がありましょうか。ここからはデザート程度に思ってください。そういうわけであなたにはしばらく目を見張っていただきたいんですよ」
     「胃もたれするデザートだな…だが、まあ良いだろう。ミシガン家の一員として、彼らの力量を見極めさせてもらおうか」
     そう言う彼女の顔を見てフロストは先程とはまた違った笑みを浮かべたのだった。

     人とすれ違う度にチラチラと見られる。これまでクレロの親友、彼の横にいる人として影を潜めて過ごしていたのが、今では渦中の人となってしまったのがすごく居心地が悪かった。クレロも候補に選ばれた時、こんな気持ちだったのだろうか。
     「気にしないか」
     今となってはそんな事を聞く資格もないのだと自嘲する。
     そんなアマンセルに後ろから近づく者が一人。
     「アマンセル卿」
     現実に引き戻され、はたと振り返る。廊下に差す日光に目の前の金髪だけでなく、彼が身につけている装飾品が輝く。美しい宝石も纏う人によって品を落とすのだな、とアマンセルは同情した。
     「ヘオ卿」
     アマンセルの心境を読み取る素振りなど一切見せず、ヘオは偉そうに立ったまま話す。
     「アマンセル卿。あの仲良しのクレロ卿と喧嘩したらしいな。しかもベニータ嬢を利用したそうな。何が目的だ?」
     やはり人の口は綿毛のように軽い。ポンポン情報が流れる。
     「目的?私も常々クレロ卿に不満を抱いていただけの話ですよ」
     アマンセルは自分のイメージする中で一番悪い表情を顔に貼り付けた。
     「ほう……中々の性悪。それがお前の本性か?」
     あくまで否定はせず、ニコッと笑う。
     「ふん、まあいい。どうだ手を組まないか?」
     「……なぜ?」
     「お前を信じた訳では無い。だが使えると判断した迄よ。俺についてくれば後で良い思いをさせてやろう。俺に敗北という言葉は似合わない。そうだろう?」
     ちっぽけな自信に満ち溢れた表情で語れば、彼の後ろにいた取り巻きと思われる少女たちがウンウンと首を縦に振る。
     「拒否権はないのでしょう」
     「ははは!分かってるな!やはりお前は使える!よし。放課後、俺の屋敷に来い」
     言うだけ言って彼はアマンセルの肩をポンポンと叩き横を通り過ぎていった。
     言われた通り、放課後彼の屋敷に向かう。屋敷の前で使用人に出迎えられた。整えられた庭園を抜け、屋敷に通される。
     ヘオの部屋は、彼の趣味らしくやはり煌びやかな物ばかり。白を基調とした家具で揃えてられており、棚の上には色鮮やかな大きな壺が置かれていたり、壁には自画像や異国の皿などが飾られている。置時計や花瓶くらいしか置いてない自分の部屋とは対象的なその部屋に目眩がする。
     そんな装飾過多な部屋の中、三人がけの赤いソファで部屋の主は寛いでいた。
     「よく来た」
     「お待たせ致しました」
     ヘオはテーブルを挟んで向かいのソファに腰掛けるよう手で示した。示されたソファには他にもう一人、騎士学校の男子生徒がいた。名前は知らないが、顔は見たことがある。彼は立ち上がり手を差し出す。
     「ウーゴ・オロスコです」
     オロスコは確か伯爵家だったはず……公爵のヘオに気に入られようとしているのだろうか、と下衆な考えが過ぎるがアマンセルは頭を振って邪念を取り払う。
     一瞬躊躇うも、アマンセルはその手を握り返した。
     「早速だが、本題だ。決闘の日と場所を決めねばならん」
     ヘオがテーブルの上の人数分の紅茶のうち一つを飲む。
     「日にちはこちらの準備が整い次第だ。その前に場所を決めたい。無論正攻法で勝てるとは思っていない」
     やはりか、とアマンセルは身を固める。まずは向こうの出方を見る。
     「場所はヘオ卿の御屋敷が良いのでは?ここの勝手が一番分かっているのは、やはり貴卿ですから」
     提案したのはウーゴだ。そこですかさずアマンセルが口を挟む。
     「いえ、騎士学校の方がよろしいかと。あそこならば、生徒だけでなく教員にもあなたの力を見せることができましょう」
     場所を学校にする事で間取りを理解している分、動きやすい。しかし一方で人目も多い。ヘオを出し抜くにはいささかリスクも高い。
     ヘオはアマンセルの思考など知らず、「力を見せる」という言葉に満足気に頷いている。
     「よし、では場所は騎士学校の……中庭はどうだろうか」
     騎士学校の中庭。そこは以前、アマンセルがクレロに問い詰められた場所だった。
     「あの学校は歴史が古い分、一部老朽化が進んでいてね。中庭の像もその一つだよ」
     中庭の真ん中にはこのルール王国の伝承に登場する女神の像が建っている。最愛の友と決別したあの日、アマンセルは決闘場所になるであろう箇所をいくつか偵察していた。中庭には女神像以外にもベンチと樹木が数本植えられている。地面は石畳の小道と芝生で、物理的な罠を仕掛ける事は難しい。
     「あれを事故に見せかけて倒すんだ」
     アマンセルは思わず声をあげそうになる。いや、想定の範囲内ではあったが。しかしそんなことすれば最悪…………死ぬ。何を言っているんだこいつは。
     「まあ死んだとしても事故だからな」
     狂ってる。
     「細工は私がやります」
     ウーゴが名乗りを上げる。彼は何とも思っていないのか?
     「私はこれでも山の精霊と契約しておりますから、石の像に細工を施すなど造作もございません」
     嬉々とした表情で話すあたり、何も思っていないのだろう。
     「ああ、頼んだ。アマンセル卿、異論はないか?」
     不意に話を振られハッとする。「はい」とカラカラになった喉から声を絞り出した。帰る頃、出された紅茶は少しも減っていなかった。

     何とかして阻止しなければ。
     休みの日、アマンセルは友と決別したあの日と同様に中庭を視察をするため、学校に忍び込んだ。ウーゴが女神像に細工するのは決闘の直前だ。精霊の力をすぐに発動させず留めて置くのは、非常に集中力のいる事だ。そのためすぐには仕掛けず、当日さりげなく仕掛けるという算段である。
     「休みの校舎に忍び込むとはらしくないね、アマンセル卿」
     誰もいないと思っていたので、びっくりして体を大きく震わせ振り返る。声の主はミシガン家特有の制服を身にまとった凛々しい女性だった。
     「あぁ……ごきげんよう、ニアナ卿。実際にお会いするのはいつぶりでしょうか」
     「さあて、すまないが詳しくは覚えてないね。ところで、それはなんだい?」
     ニアナはアマンセルが左手に持っていた紐を目にとめる。細く透明な線だった。
     「あ〜、いえ。なんでもないです」
     彼はサッと後ろ手にそれを隠した。
     「そう。それよりも、君がこんな事するとは思わなかった」
     ニアナは封筒をヒラヒラさせる。
     「使える能力はなんだって使います。適任者にたまたまあなたを思い出しただけです」
     「しっかし……よくまあ手紙を出せたものだ。ミシガン家である私を恐れないのかい?」
     「怖くないといえば嘘です。でも親友を傷つけられる方が怖い」
     ニアナは彼の力強い瞳にほんの少しの間だが魅入ってしまった。何と言われようと友を愛するこの青年に心を刺されたのだ。ならば答えは自ずと決まってくる。
     「分かった、協力しよう」
     彼女は青年の肩をポンと叩いた。

     「決闘は明日、放課後に行うことにした」
     翌日、アマンセルとウーゴを招集したヘオが、明日使うらしい剣を手慰みに弄りながら告げる。まさか真剣でやり合うとは思ってもいなかったが、彼いわく「レディを取り合うのに木刀では覚悟がないだろう」との事だった。そうは言っているが、彼はクレロには勝てないはずだ。クレロの剣術は技能、スピードにおいて同年代より頭一つ、いやそれ以上ずば抜けている。剣術だけでなく、身体能力自体が天才のそれなのだ。ミシガン候補に選ばれたのも家からの推薦以外に、学校の教員からの推薦があったのも大きかった。
     なんにせよ、そういうわけでてっきり練習用の木製剣でやり合うものだと思っていたのだ。彼の言葉が本心なのか、それともお互い学生の身分でクレロが自分を傷つける事はないと思っているのか、果たしてそれはヘオ本人にしか分からなかった。
     「当日、俺が女神像の前でクレロを転ばせる。その隙を狙って像を倒してくれ」
     「はい」
     「アマンセル卿、貴卿は…そうだなあ………旧友が跪く所を見ておくがいいさ」
     ヘオはニヤリと笑う。それにアマンセルはただただ、「…はい」と答えるのみだった。
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