───夢を見る。
見慣れたダークスーツの後ろ姿が、どれだけ呼んでも、手を伸ばしても、その声が届いてないかのように前だけを見て、そして閉じられたシャッターの向こうに消えていく夢。
その越えられない壁を前にして、俺はずっと、立ち尽くすしかできなくて。響いた銃声は、鐘のようにずっと頭の中で反響し続けた。
[来栖暁に育てられたあけちごろうくんと雨宮蓮くんの話~]
やっぱアレ。明智吾郎だよ!明智吾郎!絶対そう!!
斑目のシャドウを倒して、歪んだ美術館は異世界ごと崩壊した。
疲労も取れた翌日の昼休み。竜司も隣のクラスからやってきて三人で昼ご飯のパンを頬張っていると、振り返った杏がそう言い出した。
あけちごろー?誰だよそれ
竜司あんた、明智くん知らないの!?二代目探偵王子だって今超話題になってんの!テレビとか見てないわけ?
うっせー!男にゃ興味ねえんだよ!!
ね、ね。蓮はどう思う?あの黒仮面、絶対コイツだと思うんだけど!
杏が見せてきたスマートフォンの画面は『二代目探偵王子、またもや事件解決!』という見出しが書かれたネットニュースが開かれていて、その記事には一人の男の写真が載せられている。
あ…
それは、先日ルブランに来ていた男子高校生と同じ顔の男だった。
そしてこの顔は斑目パレスで助けてくれたあの男と同じ顔をしている。あの時とパレスの中では随分と振る舞いが違ったけれど間違いない。あの時助けてくれた黒い仮面の男は、多分この男だ。
……ん、多分。そうだと思う
ああ、その通りだアン殿!このアケチってヤツ、この前ゴシュジンのコーヒー飲みに来てた!声もあの時のアイツと同じだったぜ!
でしょー!?やっぱアイツ、明智吾郎なんだよ!
でもよー。戦ってる時のアイツ、死ね!とか言ってなかった?探偵王子サマの振る舞いじゃなくね?
そんなこと言ったら蓮だってこっちと異世界じゃ人変わるじゃん。それと同じでしょ
あ~……それなら……まぁ…
ええ…そこは否定してくれ…
否定してくれない竜司に少しだけ傷つきつつ、改めて杏が開いてくれたネットニュースの画面を見る。
明智吾郎。二代目探偵王子。この前ルブランに来ていて、笑って『こんにちは』と挨拶してくれた。斑目パレスで助けてくれた。
あの時は『話したいことがあるが、また今度』と言っていたが、その『今度』とは一体いつなのだろう。
つーかよ、コイツめっちゃ有名人なんだろ?そんな奴と俺らが次いつ会えるんだよ。聞きたいこと山ほどあるぜ
それなんだよね~。明智吾郎の連絡先なんて知るわけないし、学校も全然違う場所にあるエリート校だもん。今度の社会科見学でテレビ局選んだら会えたりするかな…
テレビ局ねぇ…
………会えるといいな
結果として、テレビ局では見学する番組に出演するために来ていた明智吾郎と俺達は再会ことができた。
二年前から既にペルソナ使いとして異世界を渡り歩いていた明智の目的は彼の父である獅童正義の改心。 俺に冤罪を被せてきた男もまた獅童正義であることが判明し、明智の目的と怪盗団としての活動は利害が一致するということで、明智は怪盗団として秘密裏で活動する運びとなった。
………思えば、その頃から気がかりだったのかもしれない。
たまに寂しそうな顔でこちらを見てくる、彼のことが。
〇 〇
トンッと音を立ててキューを突き出して、色とりどりの球を弾いていく。コロコロと転がる球のいくつかはテーブルのポケットに吸い込まれるように落ちていく。
へぇ、やるね。ここまで善戦してくる相手は君が初めてだよ
でもお前、利き手でやってないじゃないか。手加減された上でそんなこと言われても嫌味にしか聞こえないぞ
だったら左手でやってみるかい?多分こてんぱんに負けると思うけどね。勿論、君が
…む。上等だ。やってみろ
ハハッ、流石リーダー。そうこなくっちゃね
そう言って、キューを持って傍らに立っている明智は愉快げに口を釣り上げた。
(………コイツ、そういう笑い方できるやつだったのか)
明智と連絡先を交換し、怪盗団の一員として話す事が増えてから分かったことがある。それは世間では探偵王子と持て囃され、同年代からは高嶺の花のような扱いを受けている明智吾郎という男は、話してみると案外面白いヤツだったという所だ。
メディアの前では爽やかな少年を気取っていた振る舞いも、怪盗団の仲間入りしてからは俺達の前でだけそれを一変させて冷淡な振る舞いになる。恐らくコレが彼の素なのだろうというのはすぐに分かった。そんなヤツならプライベートは部屋で静かに読書でもしているのかと思えばそんな事もなく、明智は思ったよりアウトドアな趣味を持っていた。
ボルダリング、ロードバイク、チェスに、今こうして二人でプレイしているビリヤード。高校生の趣味かと言われると些かハードルが高いものばかりであるが、俺はそれを明智らしい趣味だと思った。だって、そのおかげでこうして二人で色んな対決ができる。
明智と出会ってから今日まで、俺達は夜に吉祥寺で待ち合わせては一緒に様々なことで競い合っている。その時間を俺はとても楽しく感じていた。珍しく年相応な顔で楽しそうにしているし、きっと明智も同じ気持ちなのだろうと思う。
仲間であり良き好敵手───俺にとっての明智は、そういう奴だった。
そういえば君ってこっち来てからご両親とは連絡取ってるの?
それは……
実のところ、東京に来てから両親とは一度も連絡を取っていない。事件以降、俺達家族の仲はギクシャクしていて、そんな状態のまま俺は両親に東京に行くよう告げられて今に至っている。あちらからの連絡もないし、俺から連絡する気は今のところない。もしかしたら惣治郎が連絡を入れているのかもしれないが、本人からそう言った話は今のところ聞いてない。事件が起きて、警察に捕まって。母親には泣かれ、父親からは沢山怒鳴られた。二人とも、俺が本当は殴ってないのだとは思ってくれなかった。そして結局、実家から追い出すように俺は東京にやって来た。
……そんな家族間に溝が空いた状態で、連絡なんかできるわけがない。
その反応を見るに取ってないみたいだね
……ん
やれやれ、困った人を助ける心の怪盗団のリーダー様が困った自分のことは二の次にしてるなんてどうしようもない話だな
……返す言葉もない……
明智が心底呆れたように大きく溜息をつくから、余計に肩が落ちる。
探偵王子モードの明智ならば胸に秘めておくだろう言葉も、ありのままの明智は包み隠さず顔に出してくる。それが尚更肩身が狭く感じた。
別に嫌味として言うわけじゃないけどさ。生みの親との時間は大切にしなよ。今の君には分からないかもしれないけど、家族はそこに居てくれるだけで充分有難いことなんだ
……明智
言いたいことが沢山あったのにそれがもう叶わない人間だって……この世には沢山いるんだからさ
言いながら明智は、こちらを見るなり目を細めて苦笑した。
(…あ。まただ)
また、この目で俺を見てる。
明智には家族が居ない。幼い頃に母親を亡くし、実の父親は居るが居ないようなもの。性別は分からないが、育ての親代わりだった人も居たらしいが、その人も今はもう居ないという。
……それが理由なのかは分からないが。明智は時折、俺を見てはこういう目をする。寂しそうで、でもどこか諦めたような。そんな顔。なんとなく、そういう時の明智は俺ではなく俺を通して誰かを見ている気がする。あくまでそんな気がするだけで、断言することはできないけれど。
今日は良いリフレッシュになったよ。じゃあね、蓮。また今度ルブランで集まろう
ああ。またな
帰路につき、駅の改札を通ってから人通りに混ざって別の路線に続く階段の奥に消えていく明智の後ろ姿をしばらく見届ける。
その後ろ姿はどことなく小さく見えた。
(……明智)
どうしてお前は、いつもそんなに寂しそうにしてるんだろう。
……お前のその孤独感は、俺にはどうすることもできないのだろうか?