向日葵の君 いつもは無表情なその顔に、僅かに表情が浮かんだ。だが生憎、それは跡部の求めていたものからは程遠い。意外なものを見て、面食らっている。そういった感じの表情だ。
「どうした手塚。これがそんなに珍しいかよ、アーン?」
そう言って跡部手に持ったそれを差し出すと、手塚は目をぱちぱちと瞬かせながらもすんなりとそれを受け取った。
「いや」
手塚は手元へと視線を下ろす。そこにあるのは、黄色とオレンジ、二つの色の向日葵に彩られた花束であった。
「……今日は薔薇ではないのだな」
手の中の向日葵を眺めながら、手塚はそう溢した。
跡部は、手塚に会いに来るたびに彼に花を贈っていた。始めは真っ赤な薔薇の花束を。何度目かの花束を受け取ったところで、毎回こんなに薔薇を贈られても迷惑だ、と手塚が言い放ったのでそれからはいつも一輪の薔薇を贈っていた。
「ここに来る途中の花屋で目にしてな。お前に似合うと思った」
「俺に?」
「太陽に、一つの目標に向かって真っ直ぐに背中を伸ばす。俺の方なんて見向きもしねえ」
跡部の青い瞳が波をうつかのように細められた。まるで夜の海のような穏やかな瞳。愛しさの中に小さな寂しさを隠した、そんな瞳。
「今回だけだ。迷惑だなんて言って突き返してくれるなよ、手塚」
黙り込んだ手塚を見て、跡部はニヤリとまた違った笑みを浮かべた。手塚が跡部の中に海を見た次の瞬間には、彼はまたいつもの自信に満ちた彼に戻ってしまっていたのだ。
「しない」
手塚の口から、自然と否定の言葉が出た。
「嫌ではないんだ。ただ、あまり多いと処分に困るというだけで」
「そうか」
跡部はそれを聞いて頷いたが、どうしてか手塚にはまだ言い足りないような心地が残っていた。
跡部がこうして花を渡しに来るようになったのはいつからだったろうか。始めはうちは確か、ちょうどドイツに用があったついでだ、といった感じの建前も用意されていたはずで、生真面目な手塚もそれを信じた。だが、プロテニス選手として世界を飛び回る手塚と財閥の跡取りとして何かと忙しい跡部とで、目的地がそう頻繁に被ることなどないということは手塚にだってわかる。
「……やはり、少し困る」
「ああ、悪かったよ。次はまた一輪だけにしよう」
「そうじゃない」
跡部は何か明確な意思を持って自分に会いに来ている。それに気づいた頃にはもう、彼が会いに来るのは当たり前になっていて、彼も例の建前を口にしなくなった。そのせいで、手塚はもうずっと跡部の真意を確かめられずにいる。
一度気まずそうに顔を逸らした手塚は、眼鏡を直してからまた真っ直ぐ跡部の方を向いた。
「跡部、お前はいつも薔薇を持ってきてくれただろう。いつも同じ赤い薔薇を。だから困らなかった。枯れてもまた、お前は同じ薔薇を持って会いに来てくれると確信していたんだ」
「手塚……」
「……俺に似合うかはわからない。だが、とても綺麗だ。枯れてしまうのが惜しくなって、困る」
「気に入ったんなら、少しは笑えよ」
「気に入った、か。そうだな」
手塚が再び花束へと視線を下ろす。
そうだ、これだ。こういう表情が見たかったのだ、と跡部は思った。