父の日(2025ver.) 父の日。
母の日にならって父に感謝を表す日としてアメリカで父親へ感謝のために父親の墓前に白薔薇を贈ったことが始まりだという。
各国で日にちは違うが多くの国で6月第3日曜日が父の日と制定されている。
母の日にカーネーションと言われるのと同じように父の日には薔薇を、と言われている。健在であれば赤い薔薇を亡くなっているならば白い薔薇をと言われている。
しかし日本では少し様変わっている。
幸せや幸福の象徴である黄色を父の日のイメージカラーに、と「日本ファーザーズ・デイ委員会」が打ち出したことで、日本では黄色い花を贈ることが定着してきている。
特に黄色の薔薇や向日葵を贈ることがもっともポピュラーとなっているのは、こういった経緯があってのことだ。
もちろん花以外を贈ることもあるだろう。
こちらも定番はアルコール類などの嗜好品や好きな食べ物。6月という季節柄か甚平や半そでシャツ、パジャマなどの服飾系も多い。
そんな父の日がもうすぐやってくる。
「父の日?」
「ってなに? 母さん」
「え?」
母子の会話である。
「え、あれ、俺が眠ってる間、は??」
「母の日は母さんのベッドにカーネーション置いてたよね」
「なにそれ、俺知らないっ!」
「父さんがドライフラワーにしてるんじゃない?」
「ちょっと純さんに聞いてくるっ!」
双子の我が子をリビングに置き去りにし、一階の奥の書斎にいる夫(純)の元へと走る司。
子供たちには廊下を走るなと言っているのに、そんなの関係ない。
「純さんっ!」
「……何?」
バンっという扉を開く音を派手にさせて入ってくる。
今日も元気だな、と思いながらパソコンを操作している純は、キリのいいところで手を止めて司へと向く。
そしてドアのところに立っていた司を手招く。司は素直にその手招きに応じて、純の傍へと行くとそのまま膝の上に引き寄せられて座らされてしまう。
下手に暴れると危ないので司は大人しく純の膝の上に収まって書斎にやってきた用件を伝えた。
「去年までの母の日のカーネーションはどこに?」
「ああ……ドライフラワーにしてマンションに置いてあるな。今年のと一緒に飾る?」
「!! はいっ!!」
今は鴗鳥家の隣に建てた一軒家にいる。
去年の母の日はまだ司は病院のベッドで眠っている時で、純と双子は純が現役引退後に購入したマンションで暮らしていた。
そこに我が子が物心ついた頃から司へと贈ってくれていたというカーネーション2本×7年分=14本、毎年ドライフラワーにして花束にしてあるのだという。
「今度マンションに行ったときに持ってこよう」
「はい。あ、それで、父の日なんですけど」
「……父の日ってなに」
「………………」
お前もかー、と口に出さなかった司は自分で自分を褒めた。
「母の日があるんですから、父の日もありますよ」
「そうなの? 別に僕はいいよ」
「良くないです。俺があなたに感謝したいんです」
純と司の双子を、司が眠っていた11年、守ってくれた感謝を。
「司が目覚めたことが、僕には大きな贈り物だからいいよ」
「ううう~~~」
そんなことを言われてしまえば、それ以上を言えなくて。
リビングに双子を残していることなど忘れて、書斎で夫夫は仲睦まじく過ごしてしまったのだった。
*****
大須のスケートリンクで双子はいのりと瞳に相談していた。
「父の日のプレゼント?」
「「うん」」
「去年は何をあげたの?」
「「何もあげてない」」
息ぴったりの返答をする双子。男女だがいつも声が揃っている。
瞳は、確かに去年より前、この双子が父の日に何か用意しているところを見た覚えがない。
「母さんに僕たち、父の日のプレゼントをあげたことがないって話したら驚いていて」
「私たち、父の日があるって知らなくて。でも確かに母の日があるんだから父さんに感謝する日があるよな、って思って」
「それで今までの分をまとめて、って?」
「「うん」」
母の日はカーネーション。眠ったままの母へ毎年枕元にプレゼントしていた。
今年は母が目を覚まして初めての母の日で、カーネーションだけでなく二人でドーナツを用意してプレゼントした。
「でも父さんに何をプレゼントしたらいいかなーって思って」
「だって父さん、スケートと母さんが好き以外、何がいいかわからないんだもん」
むーっと声をだしながらしかめっ面を作る双子。
純の子供の頃によく似た兄 明と司の子供の頃を女の子にするとこうなるだろうと思わせる妹 茜はよく似た表情をしている。
そこにちょうど通り掛かった洸平が一言。
「黄色いリボン付けた司くんでいいんじゃない?」
それだー! とこれまた声を揃えて、しかもいのりも一緒に三人で叫ぶのを見て、まてまてまて、と瞳は心の中で突っ込む。
「ま、まぁまって。とりあえずお花用意してみたら? 父の日なら黄色いバラが向日葵が定番中の定番よ」
花なら、もし純が受け取らなくても司が喜んで受け取るだろうよ。内心でそんな打算も考えながら瞳は提案してみた。
提案してみたのだが、その提案はいのりの参戦により混迷を極める。
「ねぇ、向日葵なら司先生に似合うよ!」
「じゃあ一緒に母さんに持たせよう」
「それを父さんに差し出そう!」
どうやら話は決まったらしい。
悩み事が解決したことでスッキリしたのだろう。この後の練習時間で二人は最近一の集中力でリンクを縦横無尽に滑っていたのだった。
父の日の朝。
首に黄色いリボンをつけられ、向日葵のミニブーケを持たされた司を純へと差し出していた。
「「父さん、いつもありがとう!!」」
「え? え?」
「うん、どういたしまして?」
司は碌な説明も受けず、リボンを付けられブーケを持たされただけなので困惑しきりだ。
「何? え?」
「父さん、僕たちからのプレゼント」
「母さんとお花ー!」
「司は元々僕のものだけど、まぁいいか。ありがたくもらうよ」
「ちょ、え?」
どういうこと? と司が三人に聞くが誰も何も説明をしてくれない。
なんの説明も受けることなくおろおろする司を、純は軽々と横抱きにする。
「このまま二人で過ごすから邪魔しないで」
「はーい、僕たちこのままお隣行ってくるね」
「鴗鳥のおじさんにも父の日のプレゼント持って行ってくるね」
「うん、夕方には帰ってきていいよ」
「「はーい」」
「はーい、じゃないっ! ねぇ、どういうこと!?」
説明して、といっても司には何も言ってくれない。
「ん? 僕の奥さんを今日は一人占めしていい、ってことでしょ」
「へ? は?」
「だから寝室でイチャイチャしようね」
「イチャ、イチャ……」
「「もう! お部屋でやって!」」
横抱きにした司へとキスする純を見て、子供たちは抗議する。
司は司で、知らぬ間にプレゼントにされているわ、子供たちの前でキスされるわ、これからの時間のことも考えて、顔が赤くなった。
そのまま寝室へと消えた両親を見送ったのち、自分たちで鴗鳥家に連絡を入れ、家を出た。
まぁ、プレゼントを思いついた時点でこうなることはほぼ予想が付いていたので根回し済みだ。
お昼はエイヴァの手伝いをする約束もすでに取り付けている。
双子は用意してあった荷物を持って隣家へと出掛けたのだった。
この日、結局、双子が帰宅出来たのは夜。
夕飯を鴗鳥家で食べ、純が迎えに来るまで理凰や汐恩と一緒に人生ゲームをして遊んですごしていたのだった。