【主明】全年齢 「魔性なのはどっち」
反逆心の表れである仮面をつけた怪盗服は、奇妙な揺らぎと共に消えた。怪盗団メンバーは皆、着慣れた制服姿の高校生へと戻されている。
異世界から現実へと引き戻される。
とある日の放課後。今日も秘密裏にチャットで各自の予定を擦り合わせ、怪盗団は活動を続けていた。
パレス攻略の進捗は順調だ。
イシも全部回収し、無事にオタカラルートを確保。
後は予告状をパレスの主に送りつけ宣戦布告、大人の歪んだ欲望は我らが心の怪盗団の格好のターゲットだ。
理不尽な大人達に振り回され抗うも傷ついた者、悲しい別れを経験した者、怪盗団はそんな者達の集まりだ。
皆気のいい奴らばかりだ。
情に熱く、ともすれば自己顕示欲が先走り暴走しがちなメンバーを取り纏めるのも一苦労ではあるが、
リーダーのしての責任は常に果たしていきたい。
効果的な予告状を送るタイミングを計らおうと、ナビと相談していると、数人の仲間が上機嫌に声をかけてくる。
「今回も頼りにしてるからよ、諸々リーダーに任せるぜ」
「うむ、ジョーカーなら間違いないだろうしな」
仲間からの信頼を受けた俺は俯き加減に視線を落とし、ふ、と頷きつつもシニカルに苦笑する。
片方の口元だけを引き上げる笑みは
ーーあいつには不評だったな。
ひと時見つめられれば誰もが見惚れてしまう美貌をもつ彼の、深い色合いの赤い瞳。それがすうっとすこしだけ細められる様を、じっと見ている俺に言うんだ。
ーーきみにはそんな笑い方、似合わない。やめたら?
お得意の細い顎に手をあてるポーズをしながら冷めた声で言い放つのは明智だ。
俺に対してだけ飾らない辛辣な指摘が嬉しいなんて、どうかしている。愛想笑いなんていらないんだ。
明智が好きで、もっと自分への言葉が仕草が欲しいなんて。
怪盗団メンバーから自分への賛辞に対してはいつもこうだ。なんとなく苦笑して受け流す。
否定も肯定もしない。
日常茶飯事にやり過ごす、仲間同士のなんてことないコミュニケーションのひとつだ。
日々変わりゆく非常な社会、世の中の流れに逆らうように異世界に赴いては。メメントスの奥深くを目指し標的を探し出しては依頼を解決、数日かけてパレスを攻略。元凶の欲望の根源、オタカラを頂戴する。
華麗に颯爽と歪んだ欲望を奪い去る。
"己の正義は揺るぎなく正しい”という名のもとに改心を繰り返す。
ペルソナを駆使して屈強なシャドウを打ち倒し、時には脅迫紛いの事まで行使し力を蓄えても。
シャドウの背後に忍びより、気配を気取られずこの手で仮面を奪っても。
"改心"させた末に罪を認めさせ、己の愚かさを悔いて懺悔する姿を目にしても。
苦しみから解放された者に両手を強く握られながら貴方達のおかげで助かったありがとう、と感謝の意を述べられても。
正義感では満たされない欲がある。
嫌でも男の本能ゆえに腹の奥底に溜まる澱んだ欲が、
ここには居ないひとりの男の存在を求めて止まないのだ。真っ直ぐ彼に向かう直情的過ぎる欲望は、限りなく本能に基づいてのものだと自覚はしていた。
怪盗団を敵視する"探偵"である彼は。
いつも気まぐれな猫のように自分には映った。
豊かな胡桃色のふわふわとした毛並み、白くまろい肌に愛くるしい印象を与える赤い瞳。
厳選された餌には食いつくくせ、いざ捕まえようとすればゆらゆら揺れる尻尾の先でいなされ擦り抜け、決して全てを掴ませてくれない。
手入れの行き届いた薄い唇が、くすくす揶揄うように笑う。心底楽しそうな笑顔は意地悪気なのに、可愛くて仕方ない。悪戯好きな猫。
薄っぺらい貼り付けた笑みも隙なく結ばれた制服のネクタイも、両の手のひらを覆う邪魔な黒い手袋も全部全部自分がすべて剥ぎ取ってしまいたい。
綺麗に着飾った明智なんかいらないよ。誰も見たことのないおまえを見たくて、おかしくなりそうなんだ。
綺麗な綺麗な明智を穢したい。
他の誰でもない自分だけがつけたい、自分だけでありたい。ほんの擦り傷でもいい。彼に瑕疵を与えたい。
もしかしたらそれは、まだ上京したての四月。
渋谷の街頭ビジョン越しに初めて探偵王子の姿を認めた瞬間から抱いた欲望だったのかもしれない。
大衆向けに象られた微笑み、柔らかで甘い高めの声。
優等生然とした、すっと背筋の伸びた凛として優雅な佇まい。
艶のある柔らかな髪の一端から足の爪先まで。
明智は磨き抜かれた清廉さと美しさを纏い、何一つ穢れのない明智吾郎を日々演じているのだ。
メディアの前でも、自分の前でも。
あまみやくん、あまみやくん。
名を呼ぶ甘い声は歌うように鼓膜に響き、胸は高鳴り恋の喜びを与えてくれるのに。
白い肌に浮かぶ血色の良い唇が開いて紡ぐ言葉は、可愛くない言葉ばかり。
「TV局のお偉いさんの…プロデューサーがね。今度一緒に釣りしようって」
また誘われちゃった。困っちゃうよねえ、断る口実も考えるの大変〜なんて言いながら上機嫌だ。全然困っている素振りではない。
ひっきりなしに寄ってくる男共に思わせぶりな態度を遠慮なく振り撒く魔性の男明智。度々男共に遊びに誘われては、俺に逐一報告してくるのが日課だ。多忙なわりに律儀なことだ、探偵業は案外暇なのかもしれない。
この日も忙しい明智のスケジュールに合わせやっと二人で会えたというのに、他の男に誘われた話など正直聞きたくなかった。
しかしそんな不機嫌な気持ちに微塵も気づかず、明智は話し続ける。自分を見つめる無邪気な瞳は悪戯っぽく笑んで、相手の出方を愉悦と共に窺っているようだった。
「ーーねぇ蓮、きみはどう思う?」
(放っておくと、どこかに行っちゃうよ?)
ー小声で甘えた声が聞こえたような気がする。
少しだけしなやかな首を傾げた、瞬きもしない上目遣い。至近距離でじっと見つめてくるのは心臓に悪いからちょっとやめてほしい。
あまつさえ明智は、細い人差し指で我が秀尽の制服のボタンをいじけた風に弄りながら、蠱惑的な表情であざとく微笑んでくる。
くそ、可愛いな…。
しかもふんわり漂ってくるのは、甘さの中に苦味を含みその上爽やかなラストノートを残す香水の匂い。
良い匂いに誘われ、思わずふらふらと明智のまろい頰に右手が伸びていく。
明智のアーモンド型の瞳に自分の間抜け面が映っていることすら分かる近さで、強烈な明智フェロモンを振り撒くのやめろ。魅力的すぎるのを良い加減自覚してくれ。右手は理性に従い、拳を強く握った。煩悩に打ち勝ったのだ。
目の前がくらくらしてきた。
何を言えというのだろう。
大体なんで自分の意見など必要なのか。
俺達はあくまで友達だ。付き合ってるわけでもなんでもない。明智お得意の口八丁手八丁で、群がる雑魚どもを華麗にスルーしてきたことが数多あるなど、とうに知っている。
行くなとひと言口にすれば、お前は満足するのか。
試すような真似をする明智の本心はどこにあるのか。本音を伊達眼鏡の奥に隠し、俺は何も言えずにいた。
「…なんだ、……つまんないの」
しばしの沈黙の後の、落胆の言葉。興が覚めたとでもいうように、どっと胃が重たくなる気配。肩が触れるほどの至近距離にいた明智の気配が僅かに離れ行く。明智フェロモンの匂いまでも遠ざかったことを心底残念に思いながら思考を巡らせる。
わかっているんだ、分かり易いリアクション、これに安易に惑わされてはいけない。なぜなら明智の求める解答は、
「行くなって言いたいよ。…でもそんなつまんない事をいう俺は嫌いだろ?」
「御名答。良く分かってるじゃないか」
やっと吐き出した解答に、良くできましたとばかりに手袋を嵌めた手を何度も叩いてにんまり笑う。
ふふんと得意気に背を伸ばし、流石僕の好敵手だと呟く明智は今日も可愛い。
全く、天使みたいな顔してとんだ魔性だ。くすくすと口元に手をあてて笑み、くるくる変わる表情も愛おしい。自分を揶揄うのが本当に好きだな、それでも。
今だに空気中に漂う良い匂いごと、明智をぎゅっと抱きしめてどこにも行かせたくないんだよ。俺は。
言えない本音をひた隠しにし続けるのもそろそろ限界が近い。怪盗を舐め切っている探偵王子さまにサプライズを仕掛けるのも、吝かではないからな。
ただ今は まだその時ではないだけだ。
愛しくもかわいい、可愛くて狡い俺の明智。
魔性の男の素質、お前の方がきっとあるよ。
幼かった昔、夏の蒸し暑い夜に見かけた誘蛾灯の如く。
ふらふらと誘われ引き寄せられて、抵抗虚しく虫けらどもは小さな命を散らすのだ。
さして自分も変わりはしない。
気づけば張り巡らされた蜘蛛の巣の罠に嵌り、もうこの恋から抜け出せやしないんだ。
付き合ってないのにいちゃついてる推しカプが
好きだって思いまして…