覚めて、秘めて③ 指定した場所に向かいながら、ふらりとひとつ寄り道をする。手洗い場の鏡の前に立つなり三宙は髪のセットをチェックした。今日も暑いという予報だが幸い湿度はいくらかマシらしく、朝にしっかりキメてきたスタイルからの乱れは少なく済んでいる。
「これからデート……だもんな」
跳ねた毛先の流れを整えている指先が、迷う。その爪に乗せたマニキュアは鮮やかな黄緑と紫。塗った昨夜は揺るがぬ決意のつもりだったけれど、ギラリと主張の強いその色はどうにも浮かれて見えた。
三日後には特撰志献官である四季と三宙が要となる作戦が控えている。そんな時に自分は何をしているのだろうか。なんて、また色々ごちゃごちゃと考え始めてしまいそうになる。
反面、やっぱり四季と出掛けることが楽しみな気持ちだって偽りはないし偽りたくもない。それに、親睦を深めるという点では任務的にも悪いことではないはずだ。なにせ肝心の四季との結合術は未だに全てがボンヤリとしている。
それでもこの二人で選ばれたのだから。便乗だって言い訳だって今は何でも使ってやろうと思った。
「っしゃ。いっちょやりますか!」
髪型から服の着こなしからアクセサリーにサングラスまで、納得のいく見た目に整っているのを鏡で確認する。ついでにマニキュアの剥げもない。元より好きだった色合いを乗せた爪に三宙はいっそうの愛着を感じてふっと顔を綻ばせた。
廊下を通って本部の玄関から外へ出る。相変わらずの暑さに歩き始めるのを躊躇いそうになるが、既に待ち合わせまでの時間はギリギリだ。もう少し余裕を持たせた時間にすれば良かったと思うのは、余裕がなかった証拠だろう。
植え込みの横を歩きながら見える正門の辺りに四季の姿はまだ見えない。待たせていなくて良かったと思ってから、あの人が自分のために本当に来るのかとついつい掠める良くない考えが混ざり合って複雑な気分になる。
そうして辿り着いた正門の側面に寄り掛かろうとしたところで、三宙は視界の端で揺れる薄い緑に気が付いた。
「四季サン! いつから!?」
三宙が思わず慌てて四季に向き直ると、乾いた笑いに呆れを乗せながらあさっての方向に視線を向けられる。
「さあ? 本部の建物の廊下で見かけてからずっとお前の真後ろ歩いてたような。いつ気付くかと思ってたんだけど、気付かれなかったからそのまま」
「それは。なんか、すみません……!」
「まあいいけど」
一瞬、目があって、また逸らされる。
タネ明かしをされたのにピンと来ないところが恐ろしい。四季はどれだけ気配を消すのが上手いのか。三宙が単に考え事をしすぎていたか。そもそもどうしてそんなことを?
四季の意図も掴めず、視線も逸らされたまま。悶々とする内に視線が地面に落ちていく。とにかく変なところを見られていなければいいと願うのだが。
「で、付き合って欲しいんだろ」
十分すぎるほど忙しい三宙の頭の中を、四季は追加で揺さぶった。
「……え?」
なんの話をしているのか、なんて分かりきっているはずだ。なのに不意の穏やかな物言いにさらに頭が混乱をきたす。惚れた弱みというやつはこうも調子を狂わせるものなのか。悔しいほど変わらず四季には自覚がなさそうで、こちらばかりがダメになっていく一方だ。
「なんだよ。お前が言ってきたことだと思ったけど。まさか僕のこと呼び出しといて忘れてたとか?」
「忘れてなんかねーっす! むしろずっと考えてたし」
素っ頓狂な声が溢れてしまったのをどう誤魔化そうかと思っていると、都合のいい思い違いが四季から返ってきたので乗らせてもらうことにする。が、誤魔化そうとしてうっかり余計なことを加えた気もする。
なのに四季の平淡な口振りはのぼせた頭を冷やすようだった。
「へえ。まあ安心しな。別に細かいこと聞くつもりねえから」
「とにかく、こっちっすよ!」
まともに見れない横顔を振り切って、そのまま勢い任せにしばらく進む。けれどもやはり気配だけではイマイチ分からずに、三宙はそっと振り返った。日頃の数倍面倒くさそうな立ち姿は三宙の背後ではなく正門の横に留まっていた。
早くと言って手招きをして、ようやく四季が歩き出す。そうして三宙の隣まで来るなりすかさず文句を投げてきた。
「は? 戻んのかよ」
「こっちのが近道っすから」
我ながら道理の通らない返しだと思った。それでも溜め息ひとつで手を打ったのか、四季は三宙の隣を並んで歩いてくれていた。