商店街の福引から始まる恋ってどうよ?『・・・電話、出ないし、』
コール音だけが車内に響き渡る。まぁ出ないから今ここに居ないんだけどとため息を吐きながら電話を切った。ハンドルにもたれ掛かりながら腕時計を確認した。
『微妙な時間と言うか中途半端な遅刻するんだよね〜。』
○○は補助監督の伊地知を尊敬している。高専時代は伊地知の二つ下の学年で優しく真面目な伊地知を慕い学校生活を送って来た。尊敬する呪術師は七海で同じく高専時代の三つ上の先輩だ。補助監督を目指していた○○にとって伊地知の存在は目標とすべき存在だったのだ。高専を卒業し伊地知と同じ補助監督として働き出した。もちろん憧れや尊敬の念は変わらない。社会に出た彼はやはりその才を発揮しており自分以外の補助監督以外からも尊敬の眼差しを向けられていた。が、
『何で今日伊地知先輩居ないんですか〜。』
伊地知は伊地知にしか出来ない仕事が多い。○○は真面目ではあるがまだまだ経験を重ねなければならない事の方が多く毎日切磋琢磨しているのだが、今日は伊地知の代わりを務めている。それもここ最近伊地知が別件の対応が入ると決まって○○にこの仕事が回されて来るのだ。原因は分かっている。サイドミラーに写った男に気付き○○はゲッソリした顔で車を降りた。すぐに後部座席のドアを開けた。
「お疲れサマンサーーーー」
『12分遅刻です!早く乗って下さい!』
「も〜朝からカリカリしないでよ〜。こんな朝早くに起きれただけでも偉くない。褒めろよ。」
○○は再びため息を吐いて無理矢理座席へ押し込んだ。
『今日は少し道が入り組んだ場所に向かうんです!早く向かいたいんです!下手したら渋滞に巻き込まれます。』
シートベルトを付けるとハンドルを握った。
「お、いいね〜。」
『何が良いんですか?』
「いや、ちょっと遅刻した方がまたお前のドラテクが見れると思ってさ。お前って運転する姿だけカッコいいよね。」
○○はミラー越しにヘラヘラ笑っている男を見て呆れた。
『わざと遅刻されたと?』
「ううん、わざとと言うか12分の遅刻は普通に遅刻。」
『ですよね。とりあえず出発します。ちなみに誤解されたくないので言いますけど私はあくまで交通ルールに従った安全運転です。』
「当たり前だろ。車ドカドカぶつけられたらお前を指名しないよ。」
『・・・・』
○○のストレス指数はすでにMAXだ。こんな男を専属で担当する伊地知に憧れない訳がなかった。
後部座席で笑っている白髪頭の目隠し男は呪術界最強だと言われるあの五条悟だ。ただドライビングテクニックがあるから面白いと言うだけで伊地知の代わりを務めさせられている。酷い時は伊地知の次に融通が効くからと風の噂で聞いた事がある。五条の力は申し分ない為、毎回何とか任務は終えているが○○は胃に穴が空きそうなほど五条悟が苦手になっていた。出会った時はその強さ、才能、見目麗しい顔に○○も頬を赤らめていたがそんなもの体感0,5秒ほどで過ぎ去った。圧倒的な強さは認めるがそれ以外は赤ちゃんだ。憧れの伊地知は五条を徹底管理している訳ではなくあくまで好きなようにされている。失望はしない、むしろ更に伊地知を慕うようになった。この気持ちは五条悟の担当にならないと分からないのだ。
まず、とにかくデリカシーがない。そして我儘だ。むしろ五条のおかげでメンタルは強化され、少し冷めた態度を取るようになった。いや、取れるようになった。そして運転もそうだ。五条が遅刻する度に○○の運転スキルは上達と言うよりか覚醒していた。夜蛾学長からは「悟と組むのは合ってるんじゃないか?」と言われて絶望していると「え?ないない。○○は面白いけどまだまだだもん。」自分が指名をしておいてこの言葉である。今日もいつも通りの中途半端な遅刻をかまされた。
任務は無事終わった。行きの車内では五条お気に入りの攻めた運転をする彼女に大盛り上がり。○○はキャラを忘れて舌打ちしそうになるが何とか任務の場所まで辿り着いた。帰りの車内では「これ僕が行かないといけない任務だった?」と愚痴をこぼされるがスルーした。それは確かに気の毒に思う。むしろ文句を言いながら激務をこなしてくれている。そして五条でないと対応出来ない任務だってあるのだ。しかし任務は任務。真面目な○○は複雑な思いを抱きつつもこんな時は心を鬼にして無視を決め込んでいる。高専に到着したら起こしてくれと腕を組み寝る体制に入った五条。ようやく車内が静かになり運転に集中出来るとボリュームを小さめにラジオを付けた。
[東京都在住ラジオネーム:プリンさんから頂いた恋のお話を紹介します。]
「プリンだって。うわぁ〜お前髪染めなよ。生え際プリンじゃね?」
起きてたのか・・・と内心ツッコミながら一気に表情を歪めた。
『知らないんですか?最近はあえてインナーカラーを黒にするんですよ。』
「お前の場合は狙ってじゃなくて染めてないからそうなったんでしょ?」
『うっ、』
少し前のめりに頭皮を覗かれた。
『見ないで下さい。』
「僕大きいから必然的にこうなるんだよ。」
『なら危ないのでちゃんと座ってて下さい。』
[元々仲が悪い二人でした。そんな時ふと商店街を歩いていたら福引があって、一人一回ずつのチャンスが来ました。結果はなんと彼がハワイ旅行を当てたんです。ペアチケットで誰とハワイに行くのか当時は盛り上がりました。そしたら彼が黙って私を指名したんです。いつも喧嘩してる仲ですよ?それがとても不思議だったんですけどハワイは行きたくて、]
「福引きで結ばれたって?嘘っぽ〜。」
『嘘っぽいって・・・いい話じゃないですか?』
「ハワイが?福引きが?それが繋げた縁ではないね。元々仲が悪かったんじゃなくて絶対狙ってたんだろ?」
『プリンさん全否定じゃないですか。』
「ねぇ?福引きって楽しい?」
『楽しいかは別としてワクワクはしますよ。』
「お前当たった事ある?」
『さすがにハワイは・・・あ、でも実用的なものなら当たった記憶が、』
「あ、ポケットティッシュはカウントすんなよ。」
『ティッシュめちゃくちゃ実用的です!馬鹿にしないで下さい!』
「商店街で思い出した。▲■商店街あるでしょ?あそこ寄って。」
『はぁ?この後は学長と予定がある筈では?』
「朝から働かされてお腹空いた〜。商店街の肉屋のアツアツコロッケと和菓子屋のおはぎを食べないと僕倒れる。」
『めちゃくちゃ明確な死因ですね。』
「伊地知なら寄ってくれるのになー。」
『っ』
尊敬する伊地知先輩の名を出されると○○は弱い。仕方なしにUターンし目的の商店街まで車を走らせた。
『次の信号が赤になったら降りれます?私適当にぐるぐる回ってますから買い終わったら連絡下さい。』
「はぁ?車停めてよ。」
『バス停もありますし車の多い通りなので路駐は無理です。迷惑になります。』
「違うよ。中路に入ったら駐車場あるでしょ?」
『・・・私は降りないです。』
「降りろよ。優しい先輩がコロッケ買ってやろうとしてんでしょうよ。」
『お腹空いてないです。』
「あ〜あ〜。七海なら一緒に食べてくれるのに〜。」
『っ』
分かっている。伊地知も七海も喜んで従っている訳でなく無理矢理相手をさせられている事を。しかし尊敬する先輩たちが我慢したのならば自分もと○○は運動部並みに目上の人に対して忠実な後輩だった。仕方なしにコインパーキングに駐車すると五条と○○は商店街へ歩き出した。目的の精肉店に着くと五条は慣れた様子で店主と話し揚げたてのコロッケを受け取った。
「揚げたて本当に美味いから。」
『あ、ありがとうございます。』
ちゃっかり奢ってもらい和菓子屋へ歩き出した五条の後ろを早歩きしついて行った。思わぬ寄り道ではあるが食べ物に罪はない。手に持つ熱々のコロッケにゴクリと唾を飲み込み一口頬張った
「あ、熱いから気をつけ、な、、よ、、」
五条が振り返りながら忠告したが手遅れだったようで
『っあ、つ』
大声は出さずに必死に体を震わせながらコロッケの熱さにたえている○○を見て五条はゲラゲラと笑った。
「あ〜ウケるねお前。次の店で抹茶ラテ買うつもりだったのに〜。まーとりあえず冷やしなよ。」
五条はひとしきり笑うと涙を拭いながら自販機でお茶を買うとこちらへ差し出した。自身の子供のような失態に顔を赤くしながらも有り難くお茶を受け取り口の中を冷やした。
『失礼しました。』
ふぅ〜と一息付くと少しだけ食べやすくなったコロッケをサクサクとコロモの良い音を出しながら五条は食べ始めた。これはまたみんなにネタとして失態をバラされるのなと上機嫌な五条を盗み見ていると
「あ、まだ近くにいて良かった!」
先程の精肉店の店主が走って来た。忘れ物?お釣りは受け取った筈だが何事かと二人して首を傾げると
「はい、福引きの引き換え券だよ。2枚あるからこの先の中央エリアでやってるからね。一等はなんと温泉旅行だよ!頑張って。」
店主はニコニコ笑いながら元来た道を戻って行った。それぞれ引き換え券を受け取った二人。とりあえず和菓子屋も中央エリアにある為、歩き出した。
『タイムリーですね。』
「お前結構ワクワクしてるだろ?」
『べ、別にそんなんじゃないです。』
「ゲームとか催し物はいいと思うんだけど、なんかね〜。」
『夢があるじゃないですか?』
「普通に温泉行けば良くない?自分の好きな場所、宿も温泉も自分で決められるし、豪華賞品とかもそうだよ。家電も買えばいいしね。」
『・・・・』
○○は五条を細目で見つめながら、お金持ちやお坊ちゃん気質の考えだと言葉を失った。しかしそれと同時に、
『五条さん福引きをした事ないんですか?』
「くじ引きはあるけどこう言うコテコテなのはないかな?」
『それは可哀想です。』
「あ?」
『経験しないで否定するのは何か悲しくないですか?確かに最初から手にする喜びの方が良いに決まってますけど、でも外れる悲しみも当たる喜びもそう言うのを実際に味わうのも悪くないですよ。』
五条はポカンと口を開けたまま○○を見つめた。
『要らないなら私が貰ってもいいですか?』
「引く。」
『え?』
「僕が引く。」
『は、はぁ。』
福引きの券をしっかり握りしめると目的の和菓子屋を通り過ぎ五条は福引き会場へ向かった。
「言っとくけど僕は運あるから、引いちゃうから、負けるはずないから。」
『誰と張り合ってるんですか?』
子供のような態度を取る五条に苦笑いした。
「お前、信用してないね。なら一等が当たったら荷物持ちとして旅行に着き添えよ。」
『はいはい、分かりましたよ。とりあえず引き換え券渡しましょうね。』
ムキになる五条が何故だか面白く口元の笑みを隠しながら2枚の引き換え券をスタッフに手渡した。五条はガラガラの前に立つと徐に目隠しをズラした。福引コーナーを担当している商店街のマダムたちが五条の美しい瞳にまぁ〜と歓声を上げる中、○○は首を傾げた。六眼を使っているようには見えない。むしろ『それ意味あるの?』と内心ツッコミを入れていた。何はともあれ五条さんがあんなに真剣になるなんてと驚いていた。
ガラガラガラガラ、コロン...[白]
「あらまぁ〜残念ポケットティッシュ。」
マダムたちがあらあらと慰めの声を出しながら慣れた手つきで五条にポケットティッシュを渡していた。○○はポケットティッシュを受け取る虚無の五条を見て耐えられなくなり吹き出した。
「あ、お前完全に馬鹿にしてるよね?」
『いや、そんなに落ち込むと思わなかったので。ポケットティッシュを馬鹿にした罰ですね。』
「ムカつく〜。これって買い物したら引き換え券貰えるんだよね?僕なんか適当に買って来る!」
「ちょっとちょっとお兄さん。まだお連れさんが引いてないよ。」
『本当ですよ。急にムキになって〜。』
とスタッフのおじさんと笑いながらガラガラの前に立つ○○。どうぞと言われると特に緊張した面持ちもなくガラガラを回した。
ガラガラガラガラ、コロン...[金]
「あ、金玉だ。」
『言い方やめて下さい、金の玉です。』
二人してその金色の玉をマジマジと見つめていると
「おおおおおおお!」
スタッフたちが歓声を上げるとおじさんがハンドベルを手に取りカランカランと商店街中に響き渡るような大きな音を鳴らした。○○と五条は一瞬何が起きたか分からずに唖然としていると
「おめでとう〜〜大当たり〜!」
「一等が出ました。温泉旅行が当たりましたよ〜〜!!!」
『へ?・・・え!一等!?これ一等なんですか!凄い!私すごい!』
ようやく当たりと分かり○○はキャッキャと飛び跳ね喜ぶと五条も同じようにテンションを上げていた。
「え?なに?これが噂のうるさいベル?すげー!一等だよ!」
ドラマでしか見た事ないような光景に二人はお互いの関係も忘れ向かい合うと両手を取り合いピョンピョンと飛び跳ねた。
『鳥肌やばいです!』
「僕もやばいよ!お前なんなの!?おもしろ!」
こう言うのは恥ずかしがらずに嬉しい気持ちを存分に表面に出した方が良いとお互い同じ気持ちだったようだ。
「いつなら休み取れるかな?」
『え?』
五条の一言に○○はピタリと動きを止めた。
「今がベストシーズンよ。」
「温泉最高だろうね〜。」
「楽しんでおいで〜。」
完全に二人で満喫して来いと言う雰囲気だ。○○はそんなつもりはないと訂正し辛い空気になっていた。元は五条の奢りだ。つまり五条に旅行の権利がある。スタッフの方たちの折角のご好意、無駄にせぬようここでは喜び、車に戻ったら旅行券を渡そう。何より一等が当たった事が素晴らしいんだと気持ちを切り替える事にした。
大勢の人たちの祝福を受けながら笑顔で手を振り商店街を後にした。終始上機嫌な五条は和菓子も抹茶ラテの存在も忘れていた。コインパーキングにつき出発の準備をすると○○は旅行券を五条に手渡した。五条は後部座席でキョトンとしながら受け取ると
「僕こう言うの無くしそうだからお前が持っててくんない?」
『え?私物ですよ。ご自分で管理して下さいよ。』
「お前のものでもあるでしょ?」
『え?』
ミラー越しに会話をしていたが何故?と振り返ると五条はニヤリと笑った。
「あれ〜?付き添うって約束したの忘れたのかな〜?」
『ちょ、ちょっと待って下さい!五条さんが引いたのはポケットティッシュですよね?それは私が引いたんですよ!』
そのニヤつきに冷や汗をかきながら慌てて言い返すと
「僕がなんて言ってないよ。」
『は?』
「"僕が"引いたらなんて言ってない。」
『っ!?そ、そんなの聞いてないです!』
「言ってないしね。」
口先でも到底敵わない五条に○○は絶望的な表情を浮かべた。再び寝る体制に入った五条は目隠しを少しズラして先程よりも更にニヤけた表情で
「よろしくね、荷物持ち。」
『・・・・・い、』
『嫌だぁぁぁぁぁぁぁ』と○○は五条を高専に送り届けると午前の仕事を終えた伊地知へ泣きついた。