ああ、運命のあなた 風にたなびく白のお召し物を見たとき、私は運命だと思いました。
その日、私の村に賢者の魔法使いたちがやってきました。どうやら、この辺りで起こる事件について調査しにきたとのことです。
私は不機嫌でした、ええ、朝から前髪がうまくまとまらなかったんですもの。それでも、あの方を見たらこの沈んだ気持ちが一気に晴れていきましたの。
藍色の染物のような趣のある髪、微笑みを常に讃える美しい冬の海のような瞳、余裕のある大人の振る舞い。おまけに人々を助ける慈悲深いお医者様。
彼は私に優しげに微笑むと、お気に入りの一張羅を褒めてくださいました。嬉しい、嬉しい、嬉しくて飛び跳ねてしまいそうです。思わず照れてしまった私に、彼はかわいいと言ってくださいました。
彼はしばらくこの村に泊まっていくそうです。会いに来て、なんてお願いをしてみると、彼は楽しそうに笑い頷いてくれました。
約束通り、その日の夜に彼は会いに来てくださいました。星空の下、彼が聞かせてくれたのは私の知らない世界の素敵な話です。日が昇るまで、彼はずっと一緒にいてくれました。
次の日も、次の日も、彼は会いに来てくれました。髪型を変えれば似合っていると言ってくださり、香水をつければいい香りとにこやかに笑ってくださいます。
楽しい、もっと彼の話を聞きたい。会えば会うほど、彼が来る夜が待ち遠しくなり、会いたい気持ちがどんどん高まります。
そのとき、私は思ったのです。ずっと彼と一緒にいたい。ずっとここにいてほしい。
きっと、彼も同じ気持ちのはずです。だって、そうでなければ、初めて会った私にあんなにも優しくしてくれるはずがありません。
私は、その夜彼に言いました。どうぞ、ここにいてください。一緒にいてください、と。
初めて、彼は顔を曇らせました。まさか断られるなんて、私は思わず涙を流します。彼は、そんな私の涙を拭ってくれました。
聞いてほしい。彼は小さな声で私に言います。
彼には、恋人がいるそうです。そして、その人の元に帰らないといけないというのです。
じゃあ、私が恋人になります。ええ、ええ、なります。そういうと、彼は初めて困った顔をしました。
そのときでした。
木の影に人の気配がします。私と目があった彼女は、彼の名を呼びながらゆっくりとこちらに向かってきました。
黒の帽子に茶色のメガネ、黒の重たげな長いワンピース。ふわりとしたロングヘアを揺らしながら、その女は私の前に立ちます。
彼の眼差しをみて、私は確信しました。ああ、ああ、この女がきっと彼の恋人でしょう。
私の方がかわいいのに。私の方が綺麗なのに。私の方がずっとずっといいのに。どうして彼は私を選んでくれないんでしょうか。
ああ、きっと彼が優しすぎるからでしょう。きっとそうでしょう。ええ、ええ、きっと、付きまとわれて迷惑をしているのでしょう。
じゃあ、私が彼のためにこの女を殺してしまえばいいのです。
私が手をかかげると、彼は女を庇うように前に立ちます。どうしてでしょう、彼が別人のように見えました。
ねえ、お願い。お願いです。
そんな冷たい目で私を見ないで。
「おまえ、ふざけるなよ」
キラキラとした無数の粒は、光を帯びながらファウストの周りを取り囲む。肩幅は広がり、胸は平らになり、髪はサラサラと消えていく。
呪詛化した魔女を祓う任務のため訪れたそこは、巨大化した彼女の思念に取り込まれていた。あと一日遅ければ手遅れだっただろう。
フィガロは村から自分に意識を向けさせ、徐々に村に広がる呪詛の力を弱めていく。日を重ねるにつれ、さすがのフィガロも呪詛からの穢れで精神をすり減らしていた。
最後の日。冷や汗をかきながらも呪詛を受け続けるフィガロを、ファウストはついに見ていられなくなった。思わず駆け寄ろうとしたとき、フィガロの魔法により魔女にされる。
そして、何故か色恋沙汰に巻き込まれた。
結局、呪詛はフィガロの呪文一つで弾け消えた。朝日が登ると、真っ黒な霧は晴れ、清々しい空気が辺りにスッと通っていく。
「あはは、やっぱり諦めてくれなくてさ」
「当たり前だろ。あんなにもお前に執心してたんだぞ、無理に決まってる」
最後まで、あの女はフィガロに手を伸ばし続けていた。痛々しいほどに、愛を信じていたのだ。
「うーん、そうかなあ?」
フィガロに恋をするなんて、なんてかわいそうなのだろう。
呪詛に同情する気はない。それでも、ファウストは心の底から憐れに思った。