サムネホイホイ アイソレによって揺れ動くウェーブがかけられた髪。カメラに表情を最後まで残し、後ろを向きながら息を吐く。俯きながら顔に影を作り、曲に合わせて鬼気迫る表情を。ウィンクも飛ばし、観覧席に来てくれたファンへのサービスも惜しまない。
上手くいっている。この調子。リハを確認したときに指摘された部分は全部全部クリアしたはずだ。喜びを顔に出さず、曲終盤の激しいステップを踏む。身体に染みついた動きは間違えることはない。いける、いけるかもしれない。
フィガロと向かい合う瞬間、榛の瞳の奥はやけに温かかった。気のせいかもしれないが、踊り出した瞬間鋭い表情に変わっていたのだ。
多分、褒められた。まるで祝福を受けたみたい。今日はうんと上手くいっている。嬉々した表情は隠し、息切れを隠し己のパートを歌い切る。
曲の終盤、緩いターンをしながら最後のポジションに移動していく。
きっと、油断していた。上手くいきすぎていて、有頂天になっていたのかも。
曲が終わり、拍手が鳴り響く。いい音に耳を澄ませながら息を吐いて。隣に立つフィガロから伸ばされた手に気付くのがほんの少し遅れてしまった。
頬に触れたほてった指先。顎下をそっと持ち上げられ、小さく美しい顔が迫る。見開いた目いっぱいに広がる彼の姿。
音のない声で「かお」と指摘され、ファウストは慌てて眉に力を寄せる。しまった、気の抜けた表情をしていたのだろうか。力を入れた筋肉たちは目の前のフィガロの微笑みにつられ、再び緩んでしまった。
プツンとマイクが切れる音。絡まる髪を払う振りをしてフィガロは風防を軽く弾き、呆気に取られるファウストの顔を両手で包み込む。
割れんばかりの黄色い声が上がった。
「おい……まだ……!」
「すごくよかったよ」
褒められた、嬉しい。なんと単純。思考が停止して、口を開けたまま固まってしまう。
「あはは」
なんと爽やかな笑顔だろうか。
フィガロがファンに向かってひらひらと手を振り、指先を合わせハートを作る。いつの間にか悲鳴に変わった歓声に呼応するようにウィンクをして、指先を唇にそっと付けた。
ファンサービスのはずのハート。そんな愛の印は何故かファウストに飛ばされ、彼は目を大きく見開いた。
好きな顔なのだ。憧れの人なのだ。フィガロを追いかけてきたのだ。おかしくなりそうだ。
プロ意識の放棄への懺悔、根深いオタク心。
幸いなことに熱くて眩しい光と熱量がここがステージであると教えてくれる。現実に戻してくれる。危なかった。
エンディング、ファウストにカメラが向けられる。クールな表情でポーズを取るが、耳に熱が集まっていく感覚が分かった。隣のメンバーにツンツンと耳を突かれるぐらいには目立っていたのだろう。
「かわいい」
後ろからの甘い声。我が子のように見守る温かな視線。仲間からのくすくすと笑う声には嫌味はなく、庇護に似た深い友愛に複雑な気持ちになる。
ただのオタクを拗らせただけなのだ。恥ずかしい。嬉しい。
「……勘弁してくれ」
照れ隠しからか崩した表情はあまりにも美。立ち会ったファンは神に感謝をするべくキンと耳鳴りがするような悲鳴が上がる。
数時間後にはトレンドに上がり、ネットニュースになり、世間から大注目。ファウストは自分の醜態に頭を抱えることになった。
動画再生数においてサムネは命。本人の恥や照れ臭さなど関係ない。
耳が真っ赤になりながら口を緩め、幸せそうに目を細めるファウストのサムネの動画が公開され、いつもの何倍ものスピードで動画が回った。
こうして、ファンの間で語り継がれるレジェンドステージになったとか、ならなかったとか。