Afternoon 午後、そろそろ15時となる頃。
午前中は何をしていたかと言えば朝食を終えて片付けをし閣下の身だしなみを整えてさて、業務連絡はどうなっているのかと端末を手に取った所でその手を閣下の手に掴まれた。
「今日はオフでしょう?」
「そうですが念のため確認を……」
「だめ。君は確認と言いながら仕事をしてしまうから、今日はこれは没収だよ」
ひょいと軽々端末を取られてしまう。いや待て、せめて今来ているメールだけでも確認させて欲しい。そう思って手を伸ばすが時は既に遅く、届かない所にあった。爪先を伸ばしても閣下が腕を上げて空振り、意地でもと閣下の肩を片手で使っても容易に逃げられる。そういった攻防を繰り返して要約時間の無駄であることを悟って、やめた。
「随分と子供じみたことをしてくれますね」
「だって茨は端末を相手にすると私のことが見えなくなるじゃない。だから邪魔者は退かさないと」
「ご自分の事を棚に上げていませんか?」
日和殿下あたりに聞かれたら「痴話喧嘩が始まったね!」と言われそうだ。いや、あの方の事だ。きっと閣下の肩を持つに違いない。「仕事ばかりしている茨が悪いね!」なんて言うはず。ならばこちらは殿下に振り回されているジュンを味方につけてやろうと思うが。
『茨って仕事人間ですよねぇ。まあ、あんたの立場を考えたらマネジメントにレッスンにって忙しいんでしょうけど?』
『何が言いたいのかハッキリしてくれます?』
『ナギ先輩の奇行、つったらあれですけど茨が仕事を置いてナギ先輩を探しに行ったり迎えに行ったりするようなことを態とすんのは何でか、少し考えた方が良いですよ』
……ああ、そういうことか。
なんて今になって理解した。自分を困らせたいのかと思ったこともあったがこれは要するに構って欲しいという合図だ。弓弦しかり、つむぎ陛下しかり。仕事人間なんて身近にいるし自分はまだマシな方だと思っていたが、以前に閣下が共演した縁からか朔間零氏に「たまには道端の花に目を向けてみるが良い」と言われたこともあった。
ジュンの言葉も朔間氏の言葉も、全部、閣下のことをもう少しよく見ろと言う助言だったんだ。
「……茨?」
じっと見下ろされる。以前よりも自我が出て考えて行動するようになった閣下だが、まだ発展途上。感情面も、精神年齢もまだ成長途中なのだからこういう時どうしたら良いのか、考えた結果だったのだろう。これはもう、自分の計算ミス。ただでさえ、この人とこういう関係になったこと自体が計算外である。自分だって初めてのことなのだから相手にばかり言うのは間違いなのだろう。
「わかりました。今日は端末には手をつけません。あなたとゆっくり過ごします」
「……うん、オフなんだから仕事ばかりしていたら休まらないよ」
「それで、何をしたいんですか?」
ゆっくり過ごすと聞けばどこか嬉しそうに微笑む様子にらしくなくドキリとする。たぶん、自分にしか見せない顔……なんだろう。じゃあ、と言いながら見せてきたのは様々なジャンルの映像ディスクだった。
「これは……」
「今度ドラマティカでね。神話に纏わる話を演じることになったんだけど神話と一言で言っても様々あるでしょう?だから神話を題材にした映画やドラマ、アニメまで幅広く集めてみたから見たいなぁって」
「脚色とか凄そうですけどね。ゲームもあるんですか」
以前遊び部が共有スペースのテレビを使ってプレイしていたゲームのディスクを見つけた。確かこれは日本神話とかがモチーフだったか。その時はラスボス戦の大一番という場面だったらしく、遊び部全員がボロ泣きしながら見ていたはず。コントローラーはジュンの手元にあって「こんなんでプレイできるわけないじゃないですかぁ!」と言っていたのを覚えている。蓮巳氏と「なんなんだこれは」という会話もしていたはずだ。
「なるほど、大神とオオカミをかけたんだ……」
「他にもありますね」
「こっちは北欧神話かな。邪神ロキが人間の世界で子どもの姿で探偵を名乗っていて……」
やれやれ、モチーフとは言えこんなにもあるのかと思ってしまう。ちゃんとした神話に沿ったものはあまりないものの、少なくとも名前は覚えられそうなくらいだ。とにもかくにもこうして午前中は過ごし、昼食をとってソファーで何故か抱き抱えられながら別のDVDを観ていた。そうしていた時だ。
「茨、少し外に出たいな」
「はあ……、構いませんが……。何処へ?」
「せっかくだから、日和くんに教えてもらったカフェでアフタヌーンティー……なんてどうかな」
上を向けば見惚れるほど綺麗な顔があってそう言って微笑んだ。殿下が選んだところであれば、まあ、色々と心配は要らないだろう。どちらにせよ、夕飯の買い出しも必要だと思っていた。
「わかりました。ですが口にするものは最低限ですよ」
「もう、すぐそういうことを言う。せっかくのアフタヌーンティーなんだから少しは許して欲しいな。摂取した分、運動すればいいよ」
「今日はオフですが〜?」
運動……、レッスンもないというのに何を言うのかと思いながらそう言ってやれば閣下の指が唇を撫でる。あ、これは。と、思ったところで吸い寄せられるように唇が重なった。
「うん、オフだからオフにしか出来ない運動……だよ」
「……明日のこと考えています?」
「明日は午後からレッスンでしょう?大丈夫、問題ないよ」
「はっはっは!閣下が良くても自分がですねぇ……んぅ!」
それ以上は聞かないというように塞がれる。これは拒否を許さないというものであることはすぐに理解出来た。啄むように口付けられてそれを受けるしかできない。やっと離れていけば瞳を細めて微笑む閣下。
「茨だって、あれだけで足りるはずがないよね?」
「……ッ」
ぞくり、と腰が震えた。
はてさて、今夜はどうなることか……。と、少しだけ期待してしまう自分を殴りたくなりながら、閣下と外に出たのだった。