手をとりあった先にあるのは、──────────
リンが勧めてくれた映画を、殆ど観ることのないままエンディングを迎えてしまった2人。
流れてゆくエンドロールを見つめながらセスは、首を押さえて耳を傾けながら呟く。
「…あー…、全然観てなかったな…。せっかくリンが勧めてくれたのに」
申し訳ないことをしちゃったな、と苦笑いをする様子の傍ら、しまった…、とアキラは思った。
今の今まですっかり頭から抜けていたが、そういえばリンに、映画の感想を求められていたのだ。
正直なところ、インターノットの口コミやレビューを見れば、“それっぽく”話を合わせる事だって容易に出来てしまうわけだが…可愛い妹相手に、そんなことをするのは少々忍びない。
それにそういうことは、隣にいるセスだって許さないだろう。
スマホで時間を確認すると、もうすぐお昼になるようだった。当然、小腹も空いてしまっている。
しかし1階に降りてしまえば店に立つリンと確実に顔を合わせるし、すぐさま映画はどうだったかと目を輝かせて訊いてくるに違いない。
そうとなるとやはり、素直に“もう一度観る”というのが最善か、とアキラは腕を組みながら小さく唸った。どうやらセスも同じことを考えていたようで、双方納得のうえで再び部屋に籠ることとなったのだ。
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「付き合わせてしまって悪いね。さすがに退屈だろう?」
抱き締めたクッションに顎を預けながら、ほんの数時間前にもきっと流れていたはずの、見覚えのないシーンを眺める。
「ううん、気にしなくていいよ。…それにオレは、まだキミと二人きりで居られるんだと思うと、すごく嬉しいし」
そう言いセスは少しだけアキラの方へ距離を詰め、自身の左肩を触れ合わせた。
「…!」
思わずアキラはセスの方を見る。しかし彼はテレビの方を真っ直ぐ見つめたままで、恥ずかしがるでも、照れるでもなく、アキラのものと同じデザインのクッションを抱き締めながら画面と向き合う。
「……ずるい、」
急に余裕を見せ始めたセスに、ほんのすこしだけいじけた態度をとってみる。彼の左肩にトン、と頭を預けると、やっとこちらに顔を向けたようだった。
「えっ?…オレ、なにかずるいこと言ったか?」
「今日はなんだか…僕ばかりが甘やかされている気がする…」
口を尖らせてみせるアキラの横顔を見るなり、セスは肩を揺らして笑った。
「あはは!そんなこと気にしてたのか?」
「気にするよ…僕の方が年上なのに…」
「ええ?そんなの、今更じゃないか?」
「む…それ、どういう意味だい?」
「ははっ、そう怒るなって。キミのそういうところも、オレは可愛いなって思うし…、それになんていうか……キミのこと、もっと好きになった。」
「…っ、…!!」
今日のセスは、一体どうしてしまったんだ…?
まぁ確かに、彼はいつだって素直でわかりやすいし、“思ったことを口にしてしまうタイプ”であることは、自分もよくよく分かっているけれど…そういうことではなくて。
例えるなら、甘いカフェラテにさらにどんどん砂糖を投入していくような、そんな感覚。
セスは元から、恋人相手にはこんなふうに甘やかな言葉をかけるひとなのだろうか。
しかし彼は、こんな気持ちになったのは自分が初めてだと話していた。
あの言葉に、嘘偽りは無いように思う。
…つまり彼を“そうした”のは、他でもない───
「…今、僕の顔を見ないでくれ……」
「えっ?なんでだ?」
「っ、…どうしても!」
ん~?、と言いながら顔を覗き込もうとするセスの口元は緩んでいて、すぐさまアキラはクッションに顔を埋めて視線から逃れようとするので、思わずセスは吹き出した。
「ふは、やっぱり可愛い。」
預けられたままの頭にキスを落としては、そこにそっと重ねるように少しだけ首を傾けて話を続ける。
「なぁアキラ、…よかったら、手を繋ぎながら観ないか?」
セスは右手でクッションを持ちながら、左手を前に差し出す。当然だがアキラには、それを断る理由なんてどこにもなかった。
ゆっくりと顔を上げ、そこに手を重ねればセスはすぐに指を絡め、恋人繋ぎの状態になる。
アキラ自身、元よりさほど怒っていたわけではなかったが、そうしているうちにとっくに機嫌は直ったようで、セスの手のひらをにぎにぎと遊びながら呟く。
「……君の手、すごくすきだな、」
「たしか、前にもそう言ってくれたよな。」
「うん、言った気がする。…僕ね、…君に触られるのが、すごく好きみたいだ。」
「ッ!…キミなぁ、」
「うん?そのままの意味だよ?」
お互い顔は見えないが、いたずらっぽい声色で、先程のお返しと言わんばかりにほんのちょっぴり煽ってみる。
「…すごく、嬉しかったんだ、」
「?」
「…君が、僕と同じように……僕を“そういう目”で見てくれてるってことがわかって。」
「…そういう、って…」
「…だから、その………エッチな目で、ってこと…」
「ッッ!!!……っそれは、そうだろ……好きなんだから…」
「ふふっ、うん。……だから…ね、…次はちゃんと、誰も居ない時に、続きがしたいな……なんて。」
…気が付けば、握り合った手のひらはしっとりと汗ばんで肌が吸い付き、その部分だけが異様なまでに熱を持ってしまっているように感じた。
さっきの、『続き』───。
その意味が分からないほど、セスは子供でも、無知でもなかった。
交際を始めてから2ヶ月ほど経った現在…2人は今日ようやっと深いキスを交わしたばかりで、それだけでも、あんなに胸が苦しくて、身体は燃えるように熱くなったというのに。
『続き』なんてしようものなら、この身は一体、どうなってしまうのだろう…?
そんなことをぐるぐる考えながら、ごくりと生唾を飲む。
「……ぷ、あはは!…っごめんごめん、困らせるつもりはなかったんだ」
「ち、ちが…ッ!そういうことをするのが嫌だとか、そういうわけじゃないんだ…!!」
「ふふ、うん、わかってる。」
「ごめん、オレほんとうに、経験が無いからさ…」
「うん。それは僕もおんなじだ。」
「…たまに、その言葉がウソなんじゃないかって、疑いたくなるときがあるよ……」
「あははっ、こんなことで嘘ついてどうするんだい?…つまりね、同じ初心者同士、少しずつ前に進んでいけたらなって思うんだ。…どうかな?」
「!! もちろん賛成だ。これまでみたいに、たくさん話し合って、経験して…そうして、ふたりで歩いていこう」
「…ッ、!うん…!」
────目と目を合わせなくたって、触れ合った部分から伝わる体温、そして送り合った言葉の数々が、2人の想いに偽りなど無いのだと説得力を持たせるには充分だった。