eyes on me 見られている。
気づいた時にはすでに視線があった。だからいつからなのかはわからない。だって沢山の視線を集めてんだ。そのひとつひとつに意識までは出来ない。
なのに、何故だ。
あいつの視線が引っかかって、気にするようにしてみたらいつも俺を見ていることに気が付いた。
同じ部隊のときだけじゃない。
敵でも、試合外でも、こうして打ち上げの時も。
他人が気付かない程度に、でも確実に見られていると感じる。
だからといって、俺がトイレに立っても着いてくる訳じゃない。目で追うでもなく、またカウンターに目を流してグラスに口付けている。
用を足して、薄暗い空間に裸電球でスポットされた鏡を見る。
そこに映るのはどうってことないいつもの俺だ。
俺が気になるからじゃなくてあいつの元来の監視癖のようなものなのかもしれない。
席に戻る気になれずにそのまま帰った。
明日も早い。
─────
翌日のドロップシップで背中に視線を感じて振り返ると、派手なジャケットに金のドレッドを束ね、発光する足元とカラフルないで立ちとは裏腹に、俺に向ける視線は落ち着きと静けさに包まれている男がいた。
見つめ返そうともその視線に戸惑いは見られず、その双眸に吸い込まれそうで思わず口が動いた。
「…俺の顔に何かついてるか?」
「……いや。今日は同じ部隊らしい よろしく」
「おお」
興味があるのかないのか、静かで睨むでも微笑むでもない視線から感情は読み取れなかった。それが妙に胸をざわつかせる。
いつも見られているような気がして落ち着かない。
ただ、あいつが俺を見ている事でいいこともあった。それは試合がとてもやりやすいことだ。
何を指示するでもなく俺のしたいことを察して動くあいつのサポートは気持ちいいくらい敵に刺さる。俺は好き勝手動けば良い。飛び込もうとパッドを繰り出すと、ドローンが横からすり抜け先んじてアーマーを割っていく。それを俺がサクッといただく。思わず雄叫びを上げながら、倒れていく敵を蹴飛ばした。
「やべーよ!お前のバックアップ!サイッコーだぜ!!」
「勝つ為だ」
短く答えると俺の拳に軽くグータッチしてはにかんだ。
「あのさ、あんたってすげー人のこと見るよな」
「そうか」
「なんか俺に言いたいことでもあるのかと思ったけど」
「別にない」
随分と素っ気ない。そもそもクールで秘密主義だし、そんなものかと軽く肩を叩いて礼を言って立ち去ろうとした背中に声が掛かる。
「ストリーマーだろう 注目されて違和感を持つのか?」
「だって…お前はファンじゃねーだろ」
「何故わかる?」
「流石に…それ位の違いはわかるぜ 馬鹿にしてんのか?」
「そんなつもりはない が 動画は見たし、良いと思った」
一瞬伏せた目。一重で切れ上がった瞼が瞬くと、やや顔を傾けたまま瞳だけが俺を見る。
「マジか」
ちょっと熱が上がる感覚。少なくとも敵意じゃないことがわかってホッとしたのかもしれない。
「じゃあさ、もうちっと笑うとかしろよ。相手女の子だと泣いちまうぜそれ」
「余計なお世話だ …何故そう思った?」
「……?」
言葉の意味を自分で反芻して耳が熱くなるのを感じた。
「…………」
クリプトは何か言葉の代わりに、意味を含ませるように微笑んだ。
ゴーグル越しに俺の目を捉えたような感覚がして、動揺で視線を逸らした。
「……これでいいか?」
「ん、良いんじゃねえか?…おれ帰るわ」
いたたまれなくなって逃げるように帰った。
それから時々クリプトは、俺が視線を絡ませると微笑む時があった。
俺が笑えよって言ったのにそうされるとどうにも居心地が悪くて目が泳いだ。そんな様子もじっと見てくる視線を感じる。
特にスキンシップもないのに、その視線だけで何か意味を持っているようで、勘違いしそうになる。
勘違い?何をだ。
わからないが、敵意じゃない視線、だとしたら…。
勝手に一人で結論を出す領域じゃない。
そんな気がして、考えるのを放棄した。
先に飛び込んでダウンした俺を、部隊を片付けたまま回復もせずに起こすその腕の力強さ。背中を抱く腕の逞しさや迷いのなさに、そんな時にも俺をじっと見つめる視線に、何かをぐらぐらと煮詰められているような気持ちになる。
「サンキュ、」
声が掠れてうまく言えなかったのに、クリプトは屈んで揺れた前髪の隙間で微笑んで「ああ」と言った。
回復している横で装備を整えるクリプトの姿をじっと見ていた。
俺たち、いいタッグだよな。
そう言えば済むのに、何故か口が動かずにそのまま沈黙が流れた。
こいつが言葉が少ないのにつられてしまうのか、俺も選びきれず黙ってしまうことが何度もあって…
先にダウンして起こされる瞬間が、二人の気に入りのような瞬間になっていたと感じていた。
時には怒ったように、ある時は呆れた目で溜息混じりに…でも、何があってもクリプトは俺を起こしてくれる。バナーになろうと必ず回収してくれる。
それは信頼でもあり、甘えでもあったのかもしれない。
いつもより深追いしすぎてかなり仲間と離れた所で二人を討ち取り、残り一人って所でダウンと同時に敵のこめかみが爆ぜた。
倒れそうに四つ這いで腕も義足も震えたまま、真っ白な雪原に血溜まりが吸い込まれて奇妙なマーブル柄を作る。失血が速まる中で、スナイパーライフルを背に担いだクリプトが転がるように駆け寄り息を荒げて俺を引き起こす。
「暴れすぎだ…!」
汗を垂らし、ぜえぜえと息を吐きながら紅潮した顔のクリプトが、遠のいてぼやける視界いっぱいに翳を落とした。
はは、焦ってやんの
喋ろうとしたら何か液体が詰まって咽せた。クリプトが何か叫んでるが、さっきの銃撃で耳が遠くなってるようで、篭って聞き取れない。
口元の締め付けから解放されて冷えた風が鼻と喉に通ると、激しく咳き込む。
霞んだ視界じゃゴーグル越しのクリプトは見えなくて、強張った手で額へ上げると、クリプトは目を細めて俺に限りなく近づいていた。
「あ」
同時に口から錆びた味の体液を強く吸い上げられる感覚がして、「しっかりつかまれ」
促されるままジャケットを思い切り握りしめると、クリプトの清潔な白が泥と血で汚れた。
「ん…ゔ」
何度か強く吸われて口の中が空になった時には、かなり意識が回復してクリプトの顔が良く見れた。
口元は血が擦れたように広がり、汗びっしょりで髪は乱れ、深刻そうに眉を寄せて俺の様子をじっと見て、
「平気か?」
その瞳はただの好奇でも、探るような観察でもなく、俺を案じた目のように思えて、
「無理」
そんな目で見られて平気でいられるか、
へろへろの喉で悪態を吐くと、
「次のリングに行くまで、準備も含めてあと30秒…俺にくれるか」
今までで一番辛そうな、切羽詰まった表情で見下ろしたクリプトが急に可愛く見えて、焦らすように沈黙で答えた俺を待ちきれないように唇を重ねてきた。
30秒どころかかなりロスをしたのは、あいつの意外な一面だったし、試合後ももつれ合うように二人きりになれる場所へ行った事も、情熱的な部分を視線からなんとなく感じ取ってた俺の想像は、間違ってなかった。