こうふく このひとが幸せであればいいと思った。自分といることで幸せを感じてくれるというなら、その気持ちに応えたいと思った。
最初は、すべてあなたのためだった。あなたの希いを叶えられるのなら、それでよかった。
それなのに、いつからだろう。あなたといることが、自分の幸福になっていた。
心底たのしそうに笑う顔。うれしそうに此方を見つめる瞳。気の抜けた横顔。すこし甘えた物言い。
ぼくへと向けられる、ひたむきな信頼と愛情が、どうしようもなくうれしい。あいしている、と声に出さずとも伝わってくる、態度が、仕草が、どうしようもなくいとおしい。
いつでも手を離してあげられるよう覚悟をしていたはずのぼくは、気付けばあなたとの生活がいつまでも続けばいいと希うようになっていた。
ぜんぶ、あなたのせいだ。あなたが、ぼくのことが大切だって、いつだって示してくるから。すべて、あなたの蒔いた種だ。ぼくのことを甘やかして、あなたがいないとさみしいなんて、思うように仕向けるから。
「もう、離してあげられませんよ」
ふたりで上がり込んだひとり用の狭いベッドで、背景に天井を背負ったあなたに告げる。
静かな夜だった。クーラーの稼働音だけが響く部屋に、ぼくのなさけない声が溶ける。
「さいしょから、離す気なんてなかったよ」
この季節にはいささか熱いぬくもりが、ぼくをぎゅっと抱きしめる。やっと、ここまできてくれたな。そう呟いたあなたの声は、うっとりとしあわせそうに、すこしだけ震えていて。
どれだけぼくのこと好きなんだ、このひと。こんなの、降伏に決まっている。
「責任、とってくれますか」
広い背中に手を伸ばして、いとおしいあなたを抱きしめ返す。
「そんなもの、いくらでも。喜んでとるよ」
ぼくの軽口に、おおまじめな顔で間髪入れずに返すあなたに、思わず笑ってしまう。
ああ、ほんとうに、あなたは。
「言質、とりましたからね。……やさしく、してくださいね」
ほんのすこしのいたずらごころを込めて、こんなところまで端正な耳へ、吐息と一緒に声を吹き込む。途端、崩れ落ちて、えっちすぎる、だなんて呻くあなたの、底抜けにかわいいこと。
ぐりぐりと肩口に押し付けられるまあるい頭とやわらかい髪が、くすぐったくていとしくて、おそろしいほどに幸福だった。