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    yae_suehiro88

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    現代まで陰陽師がいる世界線の自カプ+刀フォロ話。

    現代陰陽師パロ①1.螢惑星


     闇が深まる。
     その闇に、無数の星々が穿たれている。
     一つひとつの光が、天の裂け目から覗く神々の眼差しのように、冷ややかに地上を射抜いていた。
     その視線を一身に浴びて、一つの影が、小高い丘の上に立っている。夜に溶け込むような黒い装束に、月光色の刺繍が施された腕章を纏う少女だ。恐れも躊躇いもない瞳が、ただ真っ直ぐに夜空を仰いでいる。
    「──主。風邪を引いてしまうよ」
     その背に、静かに声が掛けられた。
     切り揃えた黒髪を揺らし、蒼い星を封じ込めたような瞳の男が、そっと彼女の肩を抱く。
     だが、主と呼ばれた少女は動かない。
     虫さえも息を潜める静けさの中、ぬるい熱を孕んだ風が流れる。
    「螢惑星の動きがおかしい」
     やがて、透き通る声で少女は言った。
    「螢惑星?」
     繰り返す男の眼が、夜空を素早く見渡す。
     南西の方角に、紅々と燃える星があった。
    「この時刻ならまだ西の位置にあるはずなのに、もう軌道を辿ってる」
    「誤差は?」
    「半刻」
    「……見習いの勘違い、と捉えられそうだね」
    「松井は信じてくれるでしょう?」
    「当然だ」
     何の迷いもない答えに、食い入るように星の動きを追っていた瞳がふっと和らぐ。
     その様子を見て、松井もまた、安堵の笑みを浮かべた。
     彼の手は肩から腰へと移り、少女を優しく抱き寄せる。
    「さぁ。ひとまず、天文博士に報告に行こう。この時間ならまだ起きているはずだから」
    「うん。もしかすると、もうお気づきかもしれないし」
     ふたりは、露に濡れた夏草を踏みしめながら丘を降りていく。
     その途中、松井はもう一度だけ空を仰いだ。
     赤い光は、不気味なほど昏くこちらを見下ろしている。
    「……月は、出づるか」
     松井の呟きに応えるように、草花が静かにざわめく。
     少女の腕章に記された太陰大極図が、細い三日月に照らされて、淡い光を帯びていた。



     星の動きが半刻ずれている。
     それを見抜いたのは、天文部門のいち見習いだった。
     星の乱れは、吉凶を大きく左右する。面倒を嫌う官僚達は、当初、所詮は見習いの戯言だと、報告を切り捨てようとした。
     しかし、少女の上役たる天文博士が軌道の異常を事実として認めた瞬間、陰陽寮は一気にざわめきに呑まれた。

     ──陰陽寮。
     平安より続く、内閣府外局の組織である。
     この小さな庁は、長官である陰陽頭を筆頭に、事務官僚と専門職で構成されている。
     専門職には、陰陽・天文・暦・漏剋の四部門が設けられており、それらに属する者はこう呼ばれていた。
     陰陽師、と。

    「天文部門の責任者が認めるのなら、一刻も早く陛下に報告すべきだろう」
    「しかし、吉兆なのか凶兆なのかも判明していないのだ。陰陽部門と暦部門の見解を待たねばならん」
    「そもそも時が正確だったのか、漏剋の調査も必要だ」
     あちらこちらで議論の声が折り重なり、ざわめきは更に広がっていく。
     その中にひとり、薄い笑みを浮かべる男がいた。
     不穏な囁きに満ちる回廊を、男はどこか、浮き世離れした軽やかな足取りで進んでいく。
    「鬼をも眠る三日月の夜に、螢惑星の動きあり、か」
     悠々と歩くその姿は、衆にあってなお際立っていた。
     すっと通った鼻筋に、長い睫毛に縁取られた瞳。濡羽色の髪には鮮やかなみどりが一筋流れ、匂うような色気を引き立てている。
     しかし、誰ひとり男に目を向ける者はいない。
     不意に、その肩が口論に夢中な官僚とぶつかる。
    「おっと、失礼」
     男は片手をひょいと上げた。しかし、官僚もその話し相手も、振り向くどころか目もくれず、何事もなかったかのように立ち去っていく。
     二人を肩越しに見送って、男は静かに笑みを深めた。
    「……ま、凝り固まらずいこうか」
     次の瞬間、歩みゆく男の輪郭が波のように揺らぐ。
     そして跡形もなく、消えた。



    「聞いた? 螢惑星の話」
    「聞いたもなにも、そのせいで徹夜が確定してるんですけど」
    「あはは、やえちゃん、それで怒ってるんだ〜?」
     朗らかに笑いながら身支度をする古備前信房を、布団の中からじっとりと睨む。
     時刻は朝五つを過ぎていた。
     小雀たちの囀りが、今朝はやけに耳に障る。
    「……怒ってないよ」
     私は、枕に顔を埋めながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
     天文部門に振り回されるのはいつものことだ。異変を発見した見習いの少女のことは、むしろすごいと思う。
     ただ──本音を言えば、もう少し早く気づいてほしかった。
     三日前に行われた、天文と暦の合同会議。あの場で星の動きに異常はないと報告を受けたからこそ、こちらは来月の吉凶を載せた暦を確定したというのに。
     これは、貴族達にどやされるだけでは済まない大失態だ。
    「赤い星は吉と出るか、凶と出るか。どちらだろうね」
    「これが吉兆のはずがない、絶対凶兆だ、少なくとも私には!」
    「そうかなあ。俺からすれば、悪くない話なんだけど」
    「え?」
     指貫姿の信房が、枕元に座り込んだ。
     案外骨太い指が、私の髪を梳くように撫でる。
    「大騒ぎのおかげで、堂々と朝まで一緒にいられる」
    「……はっ」
    「ね? そう思えば、案外いい波だよ」
    「そ、そうかも……」
    「よし」
     つむじに、ちゅ、と音を立てて優しい口づけが降ってきた。
     信房の一挙一動で、憂鬱な気持ちが嘘のように晴れるのだから、我ながら単純だ。ありがとう、天文の天才見習いさん。
     私がそんなことを噛み締めている間に、信房は準備を済ませたようだった。黒地に金の刺繍がさりげなくあしらわれた狩衣が、今日もよく似合っている。
    「はやく関係が公にできたらいいんだけどな〜」
    「とりあえず、今は仕事が優先だよ。有事に結束は大事だもんね」
     彼の口癖を真似ると、束の間丸くなった碧眼が柔らかく細められる。
    「めんこい」
     今度は耳に唇が触れた。昨夜、散々舌で弄られた場所だ。びくりと肩を鳴らすと、彼は微かな笑みを零し、衣擦れの音とともに立ち上がる。
    「先に行くから、ゆっくりおいで。今日はきっといい波に乗れるよ」



     暦部門の第一棟には、いつもながら墨と紙の匂いが濃く漂っている。
     人の声よりも紙を捲る音のほうがよく似合うはずの空間に、この日は珍しく、せわしない足音や指示の声が幾重にも交わっていた。
    「陰陽博士からの連絡はまだか」
     よく通る太い声が、ざわめきの只中を断つように響く。
     声の主はこの部門の最高責任者たる暦博士──すなわち古備前派の本家を継ぐ大包平様である。
     赤く燃える髪の下に宿る鋼のような眼光が、室内を鋭く見渡した。
     視線に触れた事務官は、慌てて一礼し、声を震わせながら答える。
    「それが……陰陽部門のあいだで意見が分かれているようで」
    「天文部門の見解はどうだ」
    「そちらも、割れているようでございます」
     凛々しい眉がぴくりと動いた。
     そのわずかな変化に、雷鳴の前触れを感じた私は思わず耳に手を添える。しかし、彼は顎に大きな手を当てて、ただ一言
    「そうか」
     と呟いただけだった。
     彫りの深い横顔は沈思の色を帯び、怒りの予兆よりもむしろ、張り詰めるような静けさを映している。
     私が思わず見入っていると、後ろから軽く肩を叩かれた。
     振り向けば、同じ古備前派の鶯丸様が、静かな笑みを浮かべて立っている。
    「……鶯丸様」
    「そうまじまじと見てやるな。あれでも色々考えているんだ」
     その声音には、軽い調子の中にも兄弟への確かな信頼と誇りが滲んでいた。
    「──何か言ったか、鶯丸!」
     大包平様の低く鋭い声が響く。
    「いや、お前がまた馬鹿をやるんじゃないかと心配している部下がいたんでな」
    「言ってません! そんなこと一言も!」
     ほとんど悲鳴のように叫ぶと、大包平様はぐっと眉間に皺を寄せ、
    「くだらん話をしている暇があるなら、手を動かせ」
     と一蹴した。
    「だそうだ」
     くすくす笑いながら立ち去っていく元凶、もとい鶯丸様の背を、唇を噛みながら見送って──言われた通り机に山積みの書類に手を伸ばそうとした、その時である。
    「オオチャン。俺、陰陽の様子を見に行ってこようか」
     ふいに伸びやかな声がして、私の視線は、そちらへ吸い寄せられてしまう。
     癖のある金髪をふわりと揺らし、信房が大包平様の前に立った。大包平様は、同派の彼を数秒じっと見上げた後、
    「頼む」
     短く、そう言った。
    「補佐を連れて行け」
    「りょーかい」
     軽やかに頷いて、信房がくるりと部署内を見渡す。そして、私と目が合った。
    「ねえきみ。ちょっと手伝ってくれる?」
    「は、はい」
    「ありがとう。助かるよ」
     声が上擦らないよう、なんとか抑えた。にこりと笑う信房は、今朝までの雰囲気をすっかり隠し、誰にでも見せるような爽やかな笑顔だけをまとっていた。
     信房の半歩後ろを歩いて、暦の棟を出る。
     冷たさを含む風が二人の間に吹いた。次の季節を最初に連れてくるのは、いつだって風だ。
     もう少し時が過ぎれば、あっという間に秋になる。
     その前に、なんとしても暦を完成させなければならない。
    「やえちゃん」
     肩越しにこちらを見た信房が、二人きりのときの呼び名を、優しく風に溶かす。
    「もうすぐ、荒波が来るよ」
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