都合の良いミオスレあの襲撃事件から数ヶ月経った。
ようやく色々な調査やら事情調査を終え学園に帰ってくることが出来た。
(クソ親父は経過良好らしい)
「間に合って良かった...」
改造を繰り返した親父の部屋、もとい今は私の部屋に入ると、日常のままのこの部屋があの時の出来事が嘘なんじゃないか?と語りかけてくる。
何か違和感があるな、と思い取り出したキーホルダーの金具が陽を受けてきらりと光って私の目を刺してくる。
『ミオリネさん!無事でよかった!』
(あれは誰だったんだろう)
わかっている。あれはスレッタ。
水星から来た、世間知らずで臆病で目が離せなくて...私の花婿になってくれた、大事な友達。
「わかっているのに...」
あの時の事を思い出すと───。
目の焦点が合わない、息が苦しい、ドキドキと胸の鼓動がうるさくなる。
私を助けてくれたのだってわかっているのに、あの子は私の為にあんな事をしてくれたのに、ただ怖いのだ。
あの赤黒い生々しい手といつものようにニコニコわらったあの子の笑顔が、怖い。
「...っふ...」
「ミオリネさん!」
無機質な扉が音を立てて誰かが入ってくる。
(シャディク...?)
違う、彼なら絶対に入ってこない。
「ミオリネさん!ミオリネさん、ミオリネさん...!」
呼吸が上手くできない、床が冷たい。
そんなのお構い無しに入ってきた人間は肩を揺らしてくる。
(そんなに何度も呼ばなくても、わかる)
「...とっ、...て」
「はい、はい!はい?!」
「...ふ、く」
「!わかりました」
何を思ったのか学校の制服をサッと開かれて空気が肌に触れる。
(違う!)
軽い過呼吸だとわかっていた為、袋を取って欲しかっただけだったのだが、不幸中の幸いとは言ったもので服から身体が開放されたぶん呼吸がしやすくなった。
「はぁ...っ」
肩で息を整えると視線が下に下がっていることに気付く。
どうやら床に座り込んでいたらしかった。
「ミオリネさん...良かっ、た...!」
陽だまりの中にあるようなオレンジがかった赤色が目に、鼻をすする音が耳に入る。
水星では皆こうなのだろうか、だいぶ強い力で抱きしめてくる彼女、スレッタを震える手で撫でる。
(顔が見えなくて良かった)
赤黒い色を思い出さないように彼女の肩に顔を埋める。
「...もう、大丈夫、だから...」
「わ、わ、私、なんかが助け、ちゃって、ごめんなさい...」
「謝ら、ないで...」
「でも、怖くて、私、ミオリネさん居なくなって、謝り、たいのに、会えないから、追いかけたら、部屋に入って...死...」
「勝手に殺...っ」
安心させたいのに、ヒュウっと息が詰まって言葉を続けられなかった。この臆病な身体は彼女に悟られる形で反応してしまう。
(違う...!)
「!ご、ご、ごめんなさい」
顔は見えなくてもわかる。青ざめた顔をしたスレッタにドン、と突き放された。
「今みんなを...!」
「呼、ばなくて、良い...!」
「でも...!」
ガタガタと震える手で彼女の腰に縋り付くとその時やっと彼女の顔が見えた。
(いつものスレッタだ...)
制服を着て、ふわふわとした柔らかそうな髪が風に揺れてる、ボロボロと泣き出しそうな真っ青な顔をした太眉の彼女がそこに居た。
赤黒い生々しい色は、どこにもなかった。
ないのに。
(どうして言葉が、出ないのよ...!)
ハァ...ハァ...と浅い息を調えるだけで精一杯だった。部屋に自分の呼吸音だけが響いてしばらく経ったかと思うとスレッタが口を開いた。
「ミオリネさん、私、の事、怖いです、よね...」
「...っ」
「だって、ひ、人...」
殺しちゃったから、と続けようとしたのを察して今度は自分から彼女を強く抱きしめた。
彼女に震える私のように、同じかそれ以上に手を震わせている。そこでやっと彼女だって怖かったのだと、その言葉に嘘はないと気付く。
「言わないで...!」
それまで彼女が怖かった気持ちが少しだけましになり、そして自分を恥じた。
人を殺して平気だなんて───。
(そんな訳、ないじゃない...!)
彼女だって怖かったのに、助けてくれた。なのに安心して、というように笑ってきた彼女を攻めてしまった。蔑んだ。
怖かったから、彼女が。
人を殺しても平気に見えたから。
そんな言い訳をしながら彼女を攻めたのだ。助けられた私が。
(しっかりしろ、ミオリネ...!)
まだ怖いけど、しっかりと顔を見つめる。あの時と違い笑顔には程遠い彼女の顔だ。
「あんたは、私を助けた」
「...はい」
「なら、私は」
背負うべきだ。覚えておくべきだ。
「それを覚えておくから」
たとえ今までと同じく接する事はすぐには難しくても。私にとって怖いだけの存在じゃないのだとわかってもらうために、もう一度ギュッと腕に力を込めた。
「っ、はい...」
私に影が落ち、2人で震えるお互いを抱きしめ合いながら、気付けば部屋は真っ赤な夕焼けに染っていた。