消えない音世界が破れる音がした。
ロン・ベルクさんが修理してくれた武器を彼に渡すこと。
それはただの運搬で、誰がやったっていいはずの事だった。
ただの受け渡し。
なんでもない事。
そう思うのに、まるで彼自身を抱きしめるように、愛おしげに両腕の中へ槍を納める彼女の姿が脳裏から離れない。
胸のざわめきは止まらず、鼓動は激しく脈打ち続けた。
囚われの身ではなくなった彼に、彼女が近づく。
ただ武器を渡そうとしただけ。
それなのに、何故かそれがひどく怖かった。
大魔王との決戦を前にして――
戦いや死の恐怖とはまるで違う、味わったことのない未知の恐怖がそこにあった。
その正体もわからぬまま、私は二人のやりとりを見つめる。
白く女らしい指先が、槍を包む紙をつかむ。
――ビリ。
乾いた破裂音が空気を裂いた。
「ーー!?」
体の芯から一気に熱が引いていく。
それは本来なら彼の手で響かせるはずの音――戦士の復活を告げる響きだった。
けれど今、それを鳴らしたのは彼女の手。
背筋を冷たい汗が伝い、呼吸は詰まる。
胸の鼓動は自分のものじゃないように乱れる。
彼女の手が、彼より先に魂とも言える武器に触れた。
彼の掌に渡るはずの初めての瞬間を、彼女が奪った。
心臓の奥に細い刃が突き刺さり、呼吸が止まる。
刃は全身に広がり、冷たい鎖となって私を締め上げた。
動けない。声も出せない。
封を解いた槍を捧げ持つ彼女の姿は、
まるで、彼と槍の絆を取り次ぐのは私だと宣言しているかのようで
私はただ凍りついたまま、彼が槍に手を伸ばす姿を見ていた。
その武器に重なる彼女の影を――消すこともできずに。