2021.12.11「不死身の長兄」web拍手お礼画面⑩ ぼんやりと目を開けると、まだ、体は重く、けだるい疲れが残っていた。
いまは何時だろうか。朝になったのか。
あれから、どのくらいの時間が経ったのか。
自分の置かれた状況を把握するのに時間がかかった。
少しだけ、目を動かしてみた。
私の隣に、ぬくもりがある。
私と同じベッドの上に寝かせられた、その小さな温かさを感じ、私は、胸がいっぱいになった。
よかった。夢じゃなかったんだ。
私が目をさましたのに気付くと、ベッドの脇に座っていたヒュンケルが、小さな声で私に呼びかけてきた。
「マァム。目が覚めたのか?」
「うん。」
「無理をするな。眠れる時に眠っていた方がいい。
・・・まだ、この子も眠っている。」
「うん・・・。」
ヒュンケルが、私の隣に視線を注いだ。とてもやさしい眼差しだった。
この目を、私は知っている。
いつも、私を見つめるときの眼差しだ。戦場で出会った頃には見せることのなかった、穏やかで、優しさにあふれた目。それがいま、私の隣に眠る小さな命にも注がれていた。
その眼差しで、彼がこの子を見つめてくれていることが、私にはたまらなく嬉しかった。
私も、隣に眠るこの子を視界に映した。
私は不思議な感覚で満たされていた。
常に私の中にあって、とてもよく知っているはずなのに、その顔を見たのはこの日が初めてだった。
小さな体。
小さな手足。
しわくちゃの小さな顔。
いまは、目は開いておらず、線になっていた。でも、つい数時間前、その大きな瞳、青みがかった白い目がまっすぐに私を見つめていたことを、私は覚えていた。
その閉じた目元のしわさえも、可愛らしく、愛おしい。
この世に迎え入れられたばかりの小さな命が、健やかな寝息を立てて眠っていた。
私は、ヒュンケルに尋ねた。
「母さんは?」
「いったん自宅に戻った。
また朝になったら来てくれるそうだ。」
ようやく、私は今が夜なのだと気付いた。
「まだ夜中なのね。」
「ああ。夜明け前だ。」
私は、彼のことが心配になった。
「ヒュンケルこそ、眠ってないでしょう?眠らなくて大丈夫なの?ずっと起きているんじゃない?」
「レイラさんが来たら、眠らせてもらう。それからで、大丈夫だ。」
すぐにそう答えると、彼は、私を気遣ってくれた。
「お前の方こそ、疲れただろう?ゆっくり休んだ方がいい。」
そう言って、彼は、そっと私の髪を撫でた。その手が優しかった。
私は、涙があふれそうになった。
そして、父親になったばかりの彼に呼びかけた。
「・・・ヒュンケル。」
「なんだ?」
「ありがとう。」
私は、言いたかった言葉を口にした。
すると、彼は少し驚いた顔になった。
そして、ふっと笑みを浮かべると、また愛おしそうな眼差しで私を見つめた。
「・・・それは、俺の言葉だ。」
私は、小さくかぶりを振った。
「ううん。
私も、あなたにお礼が言いたくて。
きっと・・・私ひとりじゃ産めなかった。」
私は、数時間前の激闘を思い出していた。
「陣痛って、あんなに痛いのね。私、痛みには強いつもりだったけど、想像の何倍も痛かったわ。
辛かった・・・いつ終わるのかしらって、もうどうしていいのかわからなくなって・・・。
泣きたくなって、我慢できなくて、叫んじゃったり。
でも、ヒュンケルが、私の手を握ってくれていた。
痛みがつらかったときに、その痛みを逃がすのも手伝ってくれた。
私を励ましてくれて、支えてくれて・・・。
だからきっと、私、耐えられたんだと思う。
あなたがいなかったら、ここにいてくれなかったら、私、産めなかった。
だから、ありがとうって・・・言いたかったの。」
私は、少しずつ、思いを言葉にしていった。
本当に辛かった。母の仕事の手伝いで、出産は何度も見てきた。それに、武闘家として、強い痛みを受ける戦いを何度も経験してきた。
しかし、体の中から突き上げてくるあの痛みは、独特だった。体が内部から引きちぎられるような、押し広げられるような、他には例えようもない痛みだった。何時間も続き、息をするのもつらいあの陣痛の苦しみは、今まで戦いの中で味わってきたものとは全く異なっていた。
母親と呼ばれる人たちは、みんなあの痛みを潜り抜けてきたのかと思うと、頭が下がる思いがした。
ヒュンケルは、私の言葉をじっと聞いてくれていた。
そして、その言葉を受け止めてくれたのだろうか。少しすると、私をねぎらうように、また私の髪をなでてくれた。
「俺は何もしていない。
長い痛みに耐えたのも、みんな、お前の力だ。お前が頑張ってくれたんだ。
だから、この子が無事に生まれた。
頑張ったな。
ありがとう、マァム。」
ねぎらいの言葉は、私の中に染みるように入ってきた。人生を共にするのがこの人でよかったと、私は心から思った。
私は、笑みを浮かべて彼に呼びかけた。
「これからは、三人ね。」
「そうだな。」
「育てる方がずっと大変だって、村のお母さんたちはみんな言っているわ。」
「・・・そうみたいだな。俺も言われた。」
「でも・・・楽しみね。」
「ああ。」
小さな声で、私は彼と会話をつづけた。この穏やかな眠りを妨げないように、と。
そして、この先も、この子が健やかでありますように。
私たち3人が、温かい気持ちで過ごせますように。
私は祈った。
マァム