転生(さ)しす私は幼い頃のある時、本来ならば持たないはずの記憶を得た。
「ねぇ、母さん」
「うん?どうしたの、すぐる」
此方の顔を覗き込んだ母の顔がはたと凍りつく。
2日に1回の買い物帰り。
急に虚空を指して何とやつかぬ顔をする子供は、当時母の目にはどう映ったのだろうか。
「ぁ、あれ、なに」
幼い頃、絵本で見るよりも、テレビアニメで見るよりももっとずっと恐ろしい風体をしたバケモノが、誰かの家の塀に張り付いていた。
震える声で初めて自身の体が震えていることに気付いた、のと恐らく同時だったと思う。
「-------ぅ、…ぁ」
「傑?どうしたの、傑!!」
今思ってもあれは本当に意味が分からなかった。理解が追いつかなかった。重機にでも引かれたみたいな衝撃が頭蓋に走って、それを知覚出来ないまま倒れ伏した。
「かぁさっ、っ、」
酔ってしまうほど点滅する視界の中で母が喉元に血管を浮かばせて叫ぶのが見えた。どうにも痛くて苦しくて、応えることも出来ない。幼い心は只管に母の助けを求めて泣いた。そんな私のようす、母の目にはどう写ったろうか
───つァ〜…」
真っ黒な空を見留めて色の濃い机にくたりと伏した。学校の机は埃なのか木なのか黒鉛なのか、よく分からない匂いを醸している。
未就学児の時にそれがあって以来、慢性的な頭痛に悩まされる事となった私は、年々酷くなる痛みに頭を抱えた。まあ、他の子供やら大人やらから離れたい時の免罪符にもなってくれるから悪い事ばかりでは無いのだけど。
「よォ、また死にかけてんじゃん」
「……硝子」
「調子は」
「まじでしにそう…」
「はは、夏油サマァ折角のゴソンガン真っ白だよ〜」
硝子とは小一の秋頃に再会した。
その時だって頭痛に苛まれて意識を失いかけていた。
''えっ、は?夏油じゃん''
放課後の校庭で蹲って呻いていた私を抱え起こして、こちらの顔を認めた時の驚いた顔と言ったらなかった。
平常なら転生した相手の記憶の有無も確認せず名前を呼ぶなんて失態は犯さないだろう彼女が私の名を呼んだのは、一重に精神の幼児化からなのか。
''っはは、硝子、久方ぶりだね。凄い顔。驚いた?''
折角の再開だと言うのにこんなに惨めなことは無かった。無理をして話せば当然頭に響いたし次の瞬間からの記憶は抜け落ちていた。
そんなこんなで私の症状は色々あって全て親から硝子に共有された。小一の女の子になんでそんな事話したんだ。硝子はまだ信用できるから良いけども。
次いでに学校での私の様子も親に共有された。私の他人嫌いが親に露呈した瞬間だった。なんで言うの、放課後も元気一杯にあそびにいってるふうに装ってたのに。
もしや放課後も頭痛でどこかで蹲っているのでは、などと心配する私の両親に「他の子から話しかけられたら凄い嫌そうな顔してる」だとかなんとか嬉々として話す硝子はチラチラと私の顔を見ていた。絶対面白がってただろ。
「明日は休めよ、台風来るから」
「ああ、今日のはそれか」
まぁそれからというもの、学校でも私の世話なんてしてくれる人が出来てしまった。随分と頼もしい、姉御肌のおともだち
中学に上がってもその関係性はさほど変わりなかった。硝子は相変わらずぶっきらぼうだが、なんだかんだで世話を焼いてくれる。強いて言えばクラスメイトは小さい頃に比べて私に構わなくなってきたことくらい。
1度、小学校中学年の時頃に何故それ程私を気にかけるのかと聞いた事があった。その時だって夏のゲリラに見舞われてとんでもない痛みに疲弊しきっていた。
「お前、私の事なんだと思ってんの?」
お前が分かんないわ、とでも言いたげな不思議そうな顔で言われた。そんな顔久々に見たなぁ、などと呑気に思っていたら、
「私らが今更子供と仲良しこよし出来るわけないじゃん」
まぁ、確かに。硝子って私達にクズだって言うけど、それに付き合ってる硝子も大概同類だよね。なんて思ってしまったのは口には絶対出せなかった。