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    igarashi65

    ツイッターに上げる漫画の途中経過が多いと思います。
    倉庫になる可能性も出てきました。

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    igarashi65

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    「今日のご飯どうやった?」
    「もう満点。ヘルエスタ王族五つ星!」
    「ふふ、おおきに。ヘルエスタ王族専属シェフにしてくれる?」
    「それはだーめ、とこちゃんは私専属なので」
    「それって、お嫁さんにしてくれるってことぉ?」
    「ふふ」

     とこちゃんが与えてくれる愛情は、途方もない。

     たとえば視線、指先、声。
     その何気ないしぐさの隅々にまで、とこちゃんは愛情を込めている気がする。私が話していると細められる瞳、指のはらで肌の産毛をなぞるようにふれる体温、リスナーや同僚に話しかけるより、ほんの少しだけ甘さをふくんで高くなった、声。言葉。
     その一つたりとも、他の人に向けられているのを見たことがない。そこに含まれる甘さや優しさはただ私にだけ向けられているもので、とこちゃんはそれが当然であるかのように、たくさんの特別を与えてくれた。
     たくさんいる中の一人じゃなく、私にしか与えられてないもの。ラッピングされた愛情は、たまらなく心地がいい、嬉しい。

     最初の頃は気恥ずかしさもあった。とこちゃんは愛情を向けることを臆さない人だから。深紅と黄金のオッドアイでそれこそ真っ直ぐに見つめてくる瞳から、意識的に目をそらしてしまっていたこともあった。とこちゃんがどんな気持ちで私を見つめているか、とこちゃんの瞳にどんな私が写っているのかが気になって、恥ずかしくて、まっすぐに目を見つめられなかったから。
     恋なんて一生しないんだろうなと漠然と思っていた私は、なんてことはない、あっさりと落ちてしまう。好きな人に見つめられるのが、あんなに恥ずかしいことだったなんて。
     
     だけどとこちゃんは、私が目をそらすとそのやさしい指先で頬にふれて。甘い声で「ィゼ、こっち向いて」とささやく。時には甘い声で、時には、まるで狩りをする前の狼を連想させるような、低い声で。
     そんな風に名前を呼ばれるともう私の身体はだめで、ゆっくりゆっくり、とこちゃんの指先に吸い寄せられるよう、その瞳を見つめていた。そこでとこちゃんは笑う。
     「やっとこっち向いてくれた」って。


     とこちゃんが与えてくれる愛情は、途方もない。


     誕生日だった。にじさんじという企業に所属して、三度目。とこちゃんと出会って、三度目の。
     誕生日配信を終えて部屋を出た私を一番に抱きとめたのは、ふわふわの大きなしっぽをぶんぶん振るケルベロスだった。人とは違う力で私が潰れてしまわないように、それでもいつもより少しだけ強く抱きしめながら「誕生日おめでとう、リゼ」と花束のような言葉をくれる。一番に、生の声でおめでとうと言ってくれた人。好きな人から一番に言葉をもらうのが嬉しいということも、とこちゃんを好きになってから知ったことだ。
     夕飯のオムライス、ハート型のケチャップ、髪を乾かしてくれる優しい指先。
     そんな些細なところにまで、とこちゃんの愛情は、にじむ。


    「お歌、どうやった?」
    「うれしかったよ」
     ベッドに入って、まどろみが訪れるまでの時間。とこちゃんと向き合って、他愛ない話をする。出会った頃のこと、二人で朝まで話した日のこと、好きだって気付いた季節のこと、昨日の歌枠で最後に歌った曲のこと。

     目まぐるしいライバー生活の中で、同期だからといって必ず何かしなくちゃいけない理由なんてない。だけどとこちゃんは必ず特別をくれる。手紙を書いて、私の口に入らないとしてもタルトを作って、私のために、歌をうたって。
     機材の調子が悪くてもやめなかった理由も、最後に歌った曲の意味も。その理由がわからないほど、私はもう鈍感ではない。とこちゃんが歌った曲、マネをするように、私が二月に歌った曲。私が好きだと言った、とこちゃんの――。
     嬉しくないはずない。だって私は、とこちゃんの歌が大好きなのに。

     本当に、とこちゃんが与えてくれる愛情は途方もない。

     みんなが愛するとこちゃんが、私だけを愛して、私だけに特別をくれる。とこちゃんはそれを迷いなくやってしまう。この世界で、特別なのはィゼだけ、って言うように。言葉や、態度や、歌で。伝わらない想いがただの一つも生まれないように。

     以前の私なら、きっとこんな風には思えなかっただろう。自分が特別をもらえてるなんて、あの歌が私のためにあるなんて、口が裂けても言えなかった。
     でもそう言えるほど、与えられてしまった。
     とこちゃんの途方もない。深い深い、深海だって敵わないほどの愛情を。


    「な、ィゼ」
    「んー?」
     ベッドの中で、とこちゃんの声が部屋の甘い空気をゆらす。わざと少し低めに出された声が鼓膜をゆすって、心地いい。
    「実は今日な」
    「うん」
    「戌亥の、世界で一番大切な人の誕生日なんよ」
     知ってた?
     言われて、閉じていた瞳を開ける。ぱちりと瞬きをする先で、とこちゃんがいたずらっ子のような表情をしている。口の形が、本当にわんちゃんみたい。
     何を言っているかわからないほど、私はもう子供でも、愛を知らないわけでもなかった。きっと三年前の私だったらとこちゃんの言葉の真意をくみ取れなくて、とこちゃんは私が好きだったんじゃなかったっけとか、誕生日が同じ他の誰かのことを言ってるのかなとか、付き合ってたんじゃなかったっけ、なんてぐるぐる考え混乱してたんだと思う。だけど今更、そんなこと。
     だってとこちゃんの一番って、私のことでしょ?

    「……ふふ、そうなんだ。どんな人?」
    「あんな、とにかくかわいくて、声が宝石みたいなんよ。それから手がちっこくて、戌亥より体温が低い」
    「とこちゃんは体温高いから、大抵の人はとこちゃんより低いんじゃない?」
    「そう? あとな、お歌が上手! 本人はそんなことないっていつも言っとるけど、努力してるん、戌亥知っとんの」
    「……うん」
    「誰に対しても優しくて、そゆとこちょっとヤキモチなんやけど、頑張り屋さんで、」
     そこまで話したとこちゃんが、オッドアイの両目がこちらを見た。射抜くような真っ直ぐな瞳で、それでも怖さはない。一瞬間をおいて、その色がやさしく細められたから。

    「素敵な人なんだね」
    「そりゃあもう! 戌亥が初めて、こんなに好きになった相手なんやから」
    「きっと相手の子、すごく幸せだよ」
    「ほんま? じゃあその子も戌亥のこと、好きかなぁ?」
     茶番だって思う。それでもやめられなかった。とこちゃんの言ってる人が誰だかわかっていて、それでもとこちゃんの口から「好きな人の話」を聞きたかった。

    「うん。……世界で一番、とこちゃんが大好きだと思うよ」

     頬がなでられ、とこちゃんの鼻先が私の鼻先をかすめた。布の擦れる音がして、体重が少しだけ重なって、二度三度、小鳥がさえずるようなリップ音がする。唇の先で溶ける体温が心地いい。
     ほら、途方もない。こんな軽いキス一つに込められてる、愛情でさえ。

    「誕生日おめでとう、リゼ」
    「……ありがと、とこちゃん」

     ね、今度その子連れてきてよ。そんな素敵な子、会ってみたいな。
     私の言葉にとこちゃんはまた目を細める。そのまなじりに、溢れんばかりの愛情をにじませるみたいに。

    end
    20210526
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    igarashi65

    DONE学生→数年後、TS🐶、同棲と呑み会と。
    【100推し 42/100】tκ1zちゃん
    一人称ぼくTStκちゃんがブーム
    騒がしいところは好きじゃない。生まれ持ったこの耳は音を集めることに長けていて、たとえば恋人の泣きそうな声を拾うことだって造作ないけれど、聞きたくないような音までたくさん集めてしまうから。何百人もいる人々の足音、話し声、ビルの上の大きなスクリーンから流れる音。求めてない情報が耳から強制的に入ってくるのは、あまりいい気分じゃない。
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