アイベル原稿進捗① ザワザワと賑やかな喧騒の中を、行くアテもなく一人フラフラと歩く。昔から人混みは苦手だが、この身体になって改めて強く思う。なぜ人はこうも群れたがるのだろう。
「いらっしゃーい! 新鮮な魚だよ! ──おっ! そこの美人な姉ちゃん、一匹どうだい?」
小さいながらも港町なだけあって、妙に活気がある。これなら嫌でもミラの情報が集まるかもしれない──そう思いながら、ベルベットはちらりと声の主の方へと視線を向けた。
「っかぁ──っ! 目が合ったらますますべっぴんさんだ! オマケにもう一匹つけちゃおうかな!」
漁師風の男は聞いてもいないことをペラペラとやたら饒舌に語り出す。こんなリップサービスをしなければならないほど、売り上げが芳しくないのだろうか?
ベルベットが半ば憐れみの目で見つめると、何を勘違いしたのか男は照れたように頭をかきはにかむ。
──いい歳した親父が一体何を考えているのやら。
女性の一人旅は危険だと言われたことがあるが、そんなもの相手にしなければどうということもないだろう。
(それに、あたしはもう普通の女じゃない)
包帯の下にある腕(バケモノ)を想像して、ベルベットは思わず舌打ちする。
「──大変だ! 魔物が出たぞ!」
けれどベルベットの負の思考は、そんな切羽詰まったような男の声で打ち消された。
(魔物……こんなところで?)
街道や森ならともかく、人の多い町中に魔物が現れるのは珍しい。
「……金髪が……って、こっちに……っ」
「──ッ!!」
金髪。
その言葉を聞いて、ベルベットは弾けるように走り出した。逃げ惑う住民たちをかき分けて、街の入り口へと向かう。
「ミラっ……!」
人目をはばかることなく、名前を叫んだ。
──けれど。
「……っ?」
目の前に飛び込んできた光景に、ベルベットはピタリ、と動きを停止した。
──そこには、見知らぬ男がいた。
男は黒のロングコートを風にはためかせ軽やかに宙を舞い、魔物と死闘を繰り広げている。陽の光を受けて眩く輝くその髪は確かに金色だが、明らかにミラではない。
「──助っ人か?」
固まるベルベットに、男が問いかけてくる。
「……そんなところよ」
まさか人違いでした、とも言えず、曖昧にそう答える。すると男は「助かる」と少しだけ表情をゆるめた。