司類ぶつ切れポッキーDAY 類が屋上で1人演出の構想を膨らませていると、奥の方で扉が開く音がする。
「類!」
そしてよく通る声をかけてきたのは友人兼恋人の司で、類は思わず手を止めて笑顔で振り向いた。
「やあ、司くん。昨日ぶり」
「会うのはな」
そう、昨夜も司の就寝時刻ギリギリまで通話を続けていたのだが、類はそれだけで満足できなかったらしい。そんな類の、司を視界に入れた時の表情の崩れ具合といったら、まるで天使……
「早速なんだけど、試したい装置が」
……悪魔のようであった。たった1日会わないだけで類の脳裏には凄まじい演出ストックが生まれ、それを司におみまいしたくて仕方ないらしい。よく見ると目の下に隈が出来ているような気もするし、おそらく通話を切った後も類は装置製作に熱を入れていたのだろう。
「待てい! その前に渡したいものがあるのだ!」
演出案を試したい。それは重々承知のことではあるが、今日は珍しく手で類の勢いを押し留め、もう一方の手であるものを取り出す。
いわゆる、◯ッキーである。
「司くんが学校にお菓子を持ってくるなんて」
「う、妹に渡されてだな……」
はて。今日は何の日だったか。そんな雰囲気を醸し出しながら、類は結局のところ今日が特別な11日であることに気づいていた。となれば、やることは一つしかないだろう。
正直類は司がこう直接物を手渡して無言の主張をしてくるとは思わなかったが、そのまま従うのはプライドが許さなかった。どうにかして司からの要求の言葉が欲しい。
「うん、ありがたく頂こうかな」
「一本一本大事に食べるといい!」
そう言う司はチラチラと類の手元、音を立てて開けた袋を気にしていた。一本取り出して口元に近づけると、焼けてしまいそうな視線が唇に刺さる。
「んー……司くん」
「な、なんだ?」
「食べさせてくれないかな?」
「ホワッ」
類がニヤリと笑っておねだりしてやると、司は飛び上がって奇声を発した。
「装置を試す前にどうしても書き切りたい設計図があるんだ。そうなると手を使えないから」
「そう、か……」
ゆっくり、目的の行為へ近づけていく。こうしてやれば司も抵抗感を失って、最終的に自分をゲームへ誘うことが可能になるのではないか。類はそう考えた。
設計図を書いていると、司がタイミングよく口にチョコレート部分を差し出してくる。
「やっぱり甘いものはいいね」
「食べながら喋るんじゃない」
「フフ、ごめんよ」
だが、しばらく似たような問答と行為が続く中、司は類の行動にいちいち恥ずかしそうにするだけで、核心であるゲームの話には移らない。司は腹を括れば押せ押せになるはずなのに、流れが滞っている。
「司くん、最後だよ」
ついに類は痺れを切らして、言葉にすることを決めた。本来の手順と違うが仕方ない。
「は!? そ、そんな、早すぎる!」
不機嫌そうに類が言うと、司はずっと赤い顔をさらに紅潮させて手をわたわたさせた。伝家の宝刀を抜くように、残った一本を取り出せば、司が震える。真っ直ぐ司に先端を向けて催促しようとした時、2人は同時に口を開いた。
「だから早く」
「だー!!! 食べさせ合いっこなど! 早い!」
「……ん? ポッキーゲームしようって話じゃ」
「は? ポッキーゲームだと!?」
「えっ」
ここで初めて誤解に気付いた。
「まさか司くん、」
……司は完全な善意でお菓子を渡したらしく、ポッキーがなんだ、ゲームがどうだ、とか全く思考の範疇になかったらしい。妹に貰ったというのもそのままの意味で。言い訳でもなんでもなかった。
(つまり、僕は、司くんとしたかったけど、恥ずかしすぎて、想像上の司くんへ思考を肩代わりしてもらっていたと……)
司がポッキーゲームをしたがっているように見えたのは、類自身がしたいと思っていたから。
恥ずかしすぎる。フィルターかけまくりの脳内で、勝手にしたいに決まっていると思い込んで、あまつさえ司のためにとおねだりして。
全部全部、自分がしたかったから。
「あああ……」
全てが自分に返ってきて、類は居た堪れなくなった。このまま屋上を飛び降りて、ずーっと落ちて、敷いたクッションで揺られたい。
そんな衝動に駆られた類の目の前に、なんとも言い難い表情の司がいる。喜んでいるような、何かを耐えるような渋顔。少なくともマイナスではなかった。
「……するか」
しばらく悶絶した後、司が堰を切った。